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「中世の騎士のために勇気を出して~『ゴーストの騎士』~」【YA86】

『ゴーストの騎士』 コルネーリア・フンケ 著 浅見 昇吾 訳 (WAVE出版)
                          2024.8.24読了

今回の紹介する本は現代におけるファンタジーではありますが、実際にあった歴史的事実や実在したヨーロッパの王侯・貴族などについても多く書かれています。
主人公やその周辺の人物はすべてフィクションですが、彼らが関わる出来事がすべて史実に基づくものですので、そこはきちんと調査され、おまけに著者がこれまで実績を残している有名なファンタジー作家ということで、安定感があり奥深いものとなっています。
 
有名な作家と書きましたが、『魔法の声』『どろぼうの神様』などの著作がありますが、実は私は彼女の作品のうちそれまで読んだことのある作品は『サンタが空から落ちてきた』というクリスマスの冒険物語の1冊しかありませんでした。
本来なら児童書界隈で有名な前述の2冊は押さえておきたいのですが、その前に今回図書館のYA棚で目についたこの本を借りてきました。



11歳のジョンは尊敬する父親を亡くしましたが、母親が“顎鬚”とジョンが密かに呼んでいる男性と付き合っていて面白くないし、絶対に“顎鬚”のことが好きになれない。

おまけに亡き父が通っていたソールズベリー・カテドラル・スクールの寄宿学校に自分を入れてしまい、母に対しても腹を立てていました。すぐにでも帰りたいと思っています。

その寄宿学校の庭で夜、馬に乗ってはいるけどボロボロになった血の気のない騎士たち複数の幽霊を見てしまい、なぜかその幽霊はジョンのことを狙っているようなのです。
他の人たちにはその幽霊たちが全く見えていません。
それはなぜなのか?
そのジョンを狙っている特別恐し青白い大きな騎士が、ジョンの母方の性である“ハートジル”という名前でジョンを呼ぶのですが、そこにどうやら意味があるようです。
 
ジョンの、誰にも見えていない幽霊に追いかけられ逃げる様子が校内で話題になったのを聞きつけてジョンに近づいてきたのが、エラという同級生のかわいい女の子でした。
彼女は、祖母のゼルダが観光客相手に「ゴーストツアー」のガイドをやっているちょっと不思議な感じの家の子で、ジョンが見た幽霊についていろいろと詳しいことを聞きだそうとします。
そしてどうやら幽霊一般に詳しいようで、ゼルダにもっと詳しく聞いてもらうためジョンはエラの家に招待されるのでした。
 
ジョンから、“ハートジル”と幽霊から母方の性を呼ばれたことを聞いたゼルダは追いかけてきた幽霊は1557年にソールズベリーの中央広場で絞首刑に処されたストートン卿に違いないと教えてくれます。

祖先のハートジルとストートン卿の因縁の話を聞いたエラは、校内にある大聖堂に眠るウィリアム・ロンジェスピーという騎士のことを調べてきて、ジョンとともに夜中こっそりとロンジェスピーの霊を呼び出すことを提案しました。
 
このウィリアム・ロンジェスピーとは、かつてヘンリー2世の愛人の子でリチャード獅子心王の弟でした。しかし十字軍の遠征後帰国して「これまでの恥ずべき行いを償うために、弱き者たちや無垢な者を邪悪で強き者から助け、そうすれば我が魂が清められ平穏がもたらされるだろう」という誓いの言葉を発した直後突然亡くなったという史実が残っていることをエラは調べていたのです。
だから彼をこの世界に呼び出して、ジョンをストートン卿から助けてもらおうと提案したのでした。
 
ロンジェスピーの彫像の前に跪き、自分のことを悪い幽霊から助けてほしいと願うと、ジョンの前に光り輝く立派な騎士が立っていたのでした…。


リチャード獅子心王はロビンフッドの物語の中で出てくる王様で知っていましたが、その他の中世における歴代王様や王侯貴族に騎士、そして様々な事件などは英国の歴史を本格的に学んでいないのでもちろん私などは知る由もなかったことです。
 
しかし本書の巻末の方でこれらの歴史的な出来事や人物の解説がなされておりますので、この物語の背景などは知ることができます。
 
このお話は、祖先にまつわる歴史的事件のせいでまさかの恐ろしい幽霊から命を狙われる羽目になってしまったジョンという、まだ甘えん坊気質が抜けない年頃の少年の成長物語でもありますし、
エラというどこか度胸のすわった頼もしいけれど見目麗しい女の子との初恋物語でもあります。
(恋に関してはさほど突き詰めて描かれてはいませんが、さらっと書くことにより、物語のその後も幸福感の余韻の度合いが違う気がします)
 
そして、寄宿学校の同部屋で寝食を共にするふたりの同級生の男の子たちとの友情も描かれていますし、母親が再婚するにあたり素直になれないため気持ちにすれ違いが起きてしまう親子の問題。
何と言っても昔の騎士と契りを交わすまでに勇気を持つことができたジョンがこの冒険を通して大人になっていく過程を見られて、読者もほっと一安心できるのです。
 
忘れてはいけないのが、騎士ロンジェスピーと最愛の女性であるエラとの崇高な愛情物語ともなっている点でしょう。ちなみに“エラ”という名前は、この歴史上の女性は実在し、ジョンと仲良くなった女の子はあくまでもフィクションでわざと同じ“エラ”という名前をつけたようです。
その命名のエピソードなどは、作者自身にあとがきに書かれていますがとても興味深い身近なものです。
このロンジェスピーとエラというすでに亡くなっている二人の愛をつなぎとめるために、ジョンにロンジェスピーから託される使命を、勇気を出して行動に起こしていく姿に、11歳の少年が大人へのステップをしっかり踏んでいく様子が頼もしいです。
 
コルネーリア・フンケはドイツ出身の作家で原書もドイツ語で書かれていますが、アメリカに住み、英語圏での人気もありますので英語で出版もされています。図書館でのこの本の配置棚はドイツ語作家の分類になります。
でもこの本はしっかりイングランドが舞台の、英国文化の匂いがプンプンする王道のファンタジーです。
ハリー・ポッターにも少なからず影響を受けているもよう。

本のページ数はそこまで多くないので(読むのがすごく遅い私は別として)、誰でも気軽に読めるのではないでしょうか。幽霊は出てきますが怖がりの私でもすんなり読めてしまうので、あまり苦手意識なく手に取ることができるでしょう。


 
 


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