「繊細な子に乗り移った人物はいったい…~『弟の戦争』~」【YA㉟】
ロバート・ウェストール 作 原田 勝 訳 (徳間書店)
2006.10.20読了
イギリスに住むトムとアンディの仲のいい兄弟。
3つ違いの弟アンディは幼い頃からちょっと不思議な子でした。
よく夢を見てうわ言を言っていたし、急に何かに惹きつけられるとそれに執着し続けたし、何か小さい動物がケガをしたりすると、そのケガを誰かが治療してやるまでゼッタイにゆるしてくれなかったほどでした。
あるときは新聞に、飢えたエチオピアの女性と子どもの写真が載っているのを見て、じ~っと見つめたまま動かず、あげくに「助けてやって!」と父さんにすがり、銀行から寄付をさせたくらいでした。
小さい頃から寂しがり屋の兄のトムはそんな弟が最初からかわいくて仕方なかったので、アンディのことを『フィギス(たよれる奴という意)』とニックネームで呼んでいました。
ある日イラクで湾岸戦争が起きました!
そのときから、フィギスはとても変わってしまいました。
夜中に突然起きて何か知らない言葉で叫び声をあげ、ひどくおびえているのです。
何度かそういうことが続いたとき、トムはフィギスに「おまえはだれなのか」と聞いてみました。
フィギスは「ラティーフ!」と言い放ちました。
ラティーフはフィギスとあまり変わらない年齢の少年のようでした。
「ラティーフ」の名を連呼してあげると、すぐフィギスは我に返りました。
でもフィギスはそれまでのことは、はっきり覚えていないらしいのです。
戦況が現地でますますひどくなるにつれて、その『ラティーフ』であるフィギスの様子が激しく変わってしまいます。目はギラギラとし常にキョロキョロしながら怯え、棒状のものを片膝立てて体をあずけ、時々「アクバル!」と誰かに声をかけているのです。
とうとう家の外でもその奇行が出始め。ついにフィギスは隔離された病院に入院することになってしまったのですが…。
すごく重い内容の本ながら、ウェストールの文章は読むものをぐいぐいひきつけてあっという間に読み終えらせます。
湾岸戦争が背景ながら、戦が起きるたびに常に犠牲となる弱者へのいたわりが感じられ、また欧米社会に根強く潜む人種差別にも触れていて、読み応えのある作品となっています。
今回もこだわりのある戦時中の物語です。
ややミステリー&ファンタジー仕立てながら、現実におこった事象をうまく混ぜ込み問題提起しているところが大変秀逸で、イギリス国内では、子どもたちによってその年の最も支持され選ばれた優秀な本の賞を受賞した作品です。
このような優れた本はまず大人が読まないと、なかなか子どもたちに勧めたり手渡すことができません。
すこし前に出た本ではありますがテーマ自体は全く古くなく、今も現実に起こっている戦争や内紛、侵略やクーデターなどで犠牲になってしまう子どもたちなど弱者へ、温かい目が向けられることを望みます。