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「ファンタジーと見せかけて社会問題を突く名手~『クリスマスの幽霊』~」【YA㊿】

ロバート・ウェストール 作 ジョン・ロレンス 絵 坂崎麻子・光野多恵子 訳 (徳間書店)
                          2006.4.24読了
 
ぼくの父さんはソーダ石灰や炭酸ナトリウムを作る工場で、機械を点検して回る仕事をしている。
ぼくはこの工場は父さんの王国だとおもっている。
 
 
その工場はオットーというユダヤ人が最初に始めた工場だ。
彼は順調にいっていた工場で、はじめて事故で従業員が死んだという事実をずっと気にかけていたらしい。
 
 
そしてオットーはかなり前に工場で亡くなった。
 
 
オットーの工場には幽霊がでるといううわさがあった。
クリスマス・イブの日、ぼくはお弁当を忘れた父さんのために工場へ届けることになった。
ワクワクするけど、怖い。
 
 
すすだらけの工場はなんだか暗い。
父さんを探して、粉砕棟にいると教えられたぼくはエレベーターに乗り込んだ。
オットーがお屋敷で使っていたものを取り付けたというこのエレベーターは、汚い工場にはとても似つかわしくないほど豪華なつくりだった。
 
 
 切子細工を施された鏡をふと見ると、そこになんとサンタクロースが映って見えた!
 
 
 
でも何かが…どこかサンタとは違う…。
それはあのオットーの顔だった!
従業員によると、以前ある一人の従業員が工場内の事故で亡くなったときも、このオットーの顔を見たという。
これは死の前兆なのか?
 
どうやらこの日も誰か死ぬらしい…!


作者ウェストールの子ども時代の思い出をまさしく反映させた内容のこの本。
最後のほうに未公開の回想録が2編収録してあります。
 
その回想録からもわかるように、ほとんどのエピソードが事実に近いとのことです。
(幽霊の話はもちろん創作でしょうが)
 
 
20世紀初めの頃の、イギリスでの労働者たちの生活がいきいきと描かれています。
また当時、きつい仕事をしていた労働者たちに対する作者の尊敬のまなざしや、逆に威張ってばかりで机に座ってずるいことしか考えてない役人や偉い人たちへの憎悪が、いかに作者の心にあったかがわかります。
 
 
それは彼の父親がまさにその労働者だったからです。
またそうやって毎日一生懸命働いているにもかかわらず、あいにくの事故で命を落とし、残された遺族はつらい日々をすごすしかないという現実を目の当たりにした彼の中には、この世におけるあまりの不条理に「神」の存在への疑惑の念をも多少生じているようです。
 
 
この物語をクリスマスという季節を選びだしたのが非常に意味ありげで興味深く読みました。
 
 
キリスト教圏の国でクリスマスは、本来誰でも公平に幸せな中でおくる日なのではないかしら。
幸福と安寧をもたらしてくれる神様の子が生まれた日を喜び感謝する日なのですから。
 
 
しかし実際はそうではないことを、ウェストール自身が身をもって知っているからこそ、この格差社会が遠い昔から現在もなくならないことに、いくらかいらだちを覚えていたに違いありません。
 
 
そのために、自分はペンという武器を使ってこの世の支配者と言える人々への反発を、ヤングアダルトという分野にて告発のような形で発言する機会をじゅうぶんに活用したのではないかと思います。
 
 
そのような効果として、まさしく大きな影響がでているのではないでしょうか。
 
 
ウェストールは活躍していた時期からすでにイギリス国内では子どもたちに愛される人気作家でした。
彼の物語を読み育った子どもたちは今、イギリスを支える労働者となり未だ改善されない労働環境を憂い、そして自分たちで声を上げることを厭いません。
 
 
ご存じの通り現在イギリスでは不況がひどく、労働者たちのデモが続いていることが報道されています。
その中にはきっと、ウェストールの愛読者が含まれているのではないでしょうか。
デモに参加しながらこの世が心配で天国から見守っているだろうウェストールに向かって報告しているのかもしれませんね。
 
「自分も声をあげているよ」と。
 
 

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