拝啓 あみ様(作詞のおすすめ)7

【これはシンガーソングライターの卵である「あみ」さんに、作詞のアドバイスをしたものです。ちなみに、私は別にプロの作詞家ではありません。】

宇多田ヒカルはやらないと言ってましたが、ちょっと気が変わって、やってみます。
私がなぜ宇多田ヒカルが好きなのか、考えてみました。たぶんね、それは「かしこい人の歌」だからなんですね。こういう言い方をすると誤解を与えるかな? つまりね、インテリさん特有の、感情を抑制した表現なのですわ。私はお芝居の台本とか書きますけど、基本的に「臭い」表現が苦手。泣いたり叫んだりするのを好まないし、いかにも「さあ、泣いて下さい」みたいな「お涙頂戴」系の表現を見るとしらけてしまうのです。
その点、宇多田さんの歌詞は、意識的にそういう「あからさまな感情表現」を避けている。まあ、たぶん、私と似たような感性の人なんでしょう。
例えば、朝ドラのテーマソングだった「花束を君に」という曲があります。

普段からメイクしない君が薄化粧した朝
始まりと終わりの狭間で 忘れぬ約束した
花束を君に贈ろう 愛しい人 愛しい人
どんな言葉並べても真実にはならないから
今日は贈ろう 涙色の花束を君に

毎日の人知れぬ苦労や淋しみも無く
ただ楽しいことばかりだったら 愛なんて知らずに済んだのにな
花束を君に贈ろう
言いたいこと 言いたいこと きっと山ほどあるけど
神様しか知らないまま
今日は贈ろう 涙色の花束を君に

両手でも抱えきれない 眩い風景の数々をありがとう

世界中が雨の日も 君の笑顔が僕の太陽だったよ
今は伝わらなくても 真実には変わりないさ
抱きしめてよ、たった一度 さよならの前に
花束を君に贈ろう
愛しい人 愛しい人 どんな言葉並べても
君を讃えるには足りないから
今日は贈ろう 涙色の花束を君に

この曲は、自殺で亡くなったお母さん(藤圭子という有名な歌手です)に捧げた歌です。「普段からメイクしない君が薄化粧した」という冒頭のフレーズは、「これは死に化粧のことだ」と話題になりました。
読んでもらったらわかると思いますが、この人は、お葬式の時に、棺桶に取りすがって泣いたりしない人です。たぶん、そんなことはできない。ひょっとしたら涙も流さないのかもしれない。そういう人、どう思います? 「冷たい人だ」と思いますか? たぶんね、泣けた方が楽なのです。「泣く」という行為は、カタルシスと言って、感情を一気に解放して楽になれるように作られた心の安全システムなのです。だから、泣けない人は、すっきりしない。すっきりできない。泣かないからって悲しくないのではなくて、むしろその反対で。泣いたくらいで解決しない深い悲しみだから、そのことを知っているから泣かないのですね。
そういうことがわかる人にとっては、この歌は切ない。そう、「悲しい」じゃなくて「切ない」。私はいつもそっち系の表現を選びますね。まあ、単なる好みなんですが。
そもそも「お母さん」という言葉が1つも出てこないこと自体が切ないですよね。どうして「君」なんて言葉を使うのかな? どうしてそんなに他人行儀なのかな? これもね、おそらくすごく繊細な人だから、「お母さん」なんて言っちゃうと、自分が壊れちゃうんですよ。自分の感情を支えきれなくなっちゃうんですよ。だから、恐くて使えない。必死で、お母さんと、それからあふれそうになる自分の感情との間に距離を取ろうとしている。だから、泣かない。その代わりに「涙色の花束」を贈るんですよね。ううっ、辛い!
そして、彼女の最大の感情表現が、「抱きしめてよ たった一度 さよならの前に」なんですよね。死んだお母さんに抱きしめてもらえるはずはないですよね。でも、だからこそ、抱きしめてほしい。たぶんね、お母さんもインテリさんだったから、思いっきり抱きしめてくれることがなかったんじゃないかな? それで、死んじゃったんだから、もういいじゃない? かっこつけなくても、やせがまんしなくてもいいじゃない? 思いっきりベタな親子でいいじゃない? だから、思いっきり抱きしめてよ! 私も思いっきり泣くから! でも、お母さんの目はもう開かない。ううっ、辛い!!! インテリさんは不器用で悲しいですね。

こういう世界との(あるいは自分との)距離の取り方は、初期の大ヒット曲「First Love」にも、既にはっきりと出ています。当時、まだ16歳。生意気な子ですね。

最後のキスはタバコのflavorがした ニガくてせつない香り
明日の今頃にはあなたはどこにいるんだろう 誰を想ってるんだろう
You are always gonna be my love いつか誰かとまた恋に落ちても
I’ll remember to love You taught me how You are always gonna be the one
今はまだ悲しいlove song 新しい歌 うたえるまで

立ち止まる時間が 動き出そうとしてる 忘れたくないことばかり

明日の今頃にはわたしはきっと泣いてる あなたを想ってるんだろう

「初恋」の歌のはずなのに、いきなり「最後のキス」ですからね。そして「タバコのflavor」です。この彼氏は、いきがってタバコを吸ってるヤンキーなんかじゃない。大人の人です。彼女の精神年齢が高いから、子供とは付き合えない。「初恋」なのに、もう恋を知り尽くして疲れてるみたいな歌。どこまでも生意気です。まあ、その辺が、おじさんから見たら、背伸びしててかわいいんですけどね。
そして、私が注目するのは、「明日の今頃にはわたしはきっと泣いてる」です。自分のことなのに、「明日の今頃」で、「きっと泣いてる」なんです。おいおい、今泣かないの? 泣けないんです。こういう人は。そして、明日もきっと泣かない。
こういうのを、ちょっと難しいけど「自己の相対化」って言うんです。自分のことなのに、そこから離れて自分を見ているもう1人の自分がいる。そいつがいつも醒めた目で見ている。「おいおい、お前、まさか悲しくて泣いちゃうんじゃないだろうな?」って醒めた言葉が聞こえてくる。そうなると、ちょっと泣けませんよ。まあ、簡単に言うと、いつも自分に醒めてるんですよね。自分に夢中になれない。我を忘れられない。楽しい時も、悲しい時も。だから、こういう人はいつもバカみたいに「わあーーーーー!!」と泣き叫びたいって願望を強く強く持ってる。でも、一生そんなことはできない。たとえ、自分が死ぬ時でさえ。ほんと、不器用なんですわ。
そんな自分の不器用さが、イヤでイヤでたまらない。どうしてもっとフツーにやれないのか? 泣きたい時は泣けばいいじゃない? 笑いたい時は笑えばいいじゃない? いつもすましたような顔をしている自分、落ち着き払っている自分、困ったような苦笑いしかできない自分、そんな自分が嘘くさく思えて、大嫌いで、「もっと素直に、自然になりたい!」ってもがいている。

うるさいほどに高鳴る胸が 柄にもなく竦む足が今
静かに頬を伝う涙が 私に知らせる これが初恋と
I need you, I need you I need you, I need you I need you, I need you I need you, I need you
人間なら誰しも当たり前に恋をするものだと ずっと思っていた だけど
もしもあなたに出会わずにいたら 誰かにいつかこんな気持ちにさせられたとは思えない
うるさいほどに高鳴る胸が 勝手に走り出す足が今
確かに頬を伝う涙が 私に知らせる これが初恋と
I need you, I need you I need you, I need you I need you, I need you I need you, I need you
どうしようもないことを 人のせいにしては
受け入れてるフリをしていたんだ ずっと
もしもあなたに出会わずにいたら 私はただ生きていたかもしれない
生まれてきた意味も知らずに
言葉一つで傷つくような ヤワな私を捧げたい今
二度と訪れない季節が終わりを告げようとしていた 不器用に
欲しいものが手の届くとこに見える
追わずにいられるわけがない 正しいのかなんて本当は誰も知らない
風に吹かれ震える梢が陽の射す方へと伸びていくわ
小さなことで喜び合えば小さなことで傷つきもした
狂おしく高鳴る胸が 優しく肩を打つ雨が今
こらえても溢れる涙が私に知らせる これが初恋と

                     宇多田ヒカル「初恋」

この歌は、2018年の比較的最近の歌です。宇多田ヒカルも35歳。
「First Love」と「初恋」。ほぼ同じ題名なのに、ずいぶん違いますね。
この歌の中で、彼女が一生懸命否定し、乗り越えようとしているものこそが、「First Love」の宇多田ヒカルなんですよね。
今、私は「First Love」を捨てて、「初恋」をするのだと。あんなわかったような顔をしてキザに歌う「恋」なんて、本当の恋じゃなかったんだ。私は、本当は恋なんて知らなかったんだって。だから35歳にして「初恋」なんですよね。
でもね、悲しいかな、そう思えば思うほど、フツーになんかなれないのですよ。一生フツーになんかなれないんです。おじさんは年寄りだから知ってるんです。
うるさいほどに私の胸は高鳴ってる! 自然に涙が頬を伝ってる! ほら、今私はナチュラルなんだ! フツーなんだ! これが本当の恋なんだ!  私はフツーにフツーの恋をできるフツーの人になったんだ! ってことなんですが、そうなのかな? 「私に知らせる これが初恋と」でしょ? フツーの人は、そんなに理屈っぽく恋なんかしませんよ? 気づいたらもうそれが恋なわけで。「人間なら誰しも当たり前に恋をするものだ」なんて考えませんよ。考える前に恋をしてるわけで。恋はいつでも「Don't think! Feel.(考えるな!感じろ!)=ブルース・リーの言葉」ですからね。
でも、考えちゃうんです。こういう人は。感じる前に考えちゃうんです。だからとっても偽物くさい。ウソくさい。作り物くさい。「どうしようもないことを 人のせいにしては 受け入れてるフリをしていたんだ」そうそう、そういう生き方しかできないんです。でも、やっぱり「生まれてきた意味」なんか考えちゃう。違う。違う。フツーの人はそんな小難しいことは考えない。だから、「言葉一つで傷つくようなヤワな私」になりたい。その気持ちわかります。痛いほどわかります。でも「追わずにいられるわけがない 正しいのかなんて本当は誰も知らない」って。いや、そうじゃないから。まず「正しいのか」なんて考えちゃダメ。何にも考えずに追ってるんですよ。それがフツーなんです。ナチュラルな人間なんです。

とこういう一人芝居をしてると、どうして宇多田ヒカルを解説したくなかったのか、わかってきました。なんかねぇ、自分の不器用さ、不自然さを見せつけられているみたいで、辛いんですよね。わかりすぎて辛い。いや、別に、私が宇多田ヒカルをわかってる、宇多田ヒカルの理解者だなんて言ってるんじゃないんですよ。ただ、同じタイプの人だなあって。同じ匂いがするなあって。
そういえば、この人、以前、「人間活動に専念します」とか言ってましたよね。フツー「人間」は「人間活動」なんかしませんよ? 「早くフツーの人間になりたーい」? 妖怪人間なのかな?
そうなんです。フツーの人間になれない妖怪人間なんです!
ああ、辛い!辛い!辛い!

辛いからこの辺でおしまい。

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