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誰も見えない廃墟の空に青い鳥はなぜ行った【戯曲】

【これは、劇団「かんから館」が、2024年6月に上演した演劇の台本です】

やや、遅ればせながら、昨今流行の「転生」「タイムスリップ」ものの台本を書いてみました。なぜかホモサピエンスの話になりました。

  〈キャスト〉

   愛  アイ  荻原朔太郎


     河原の土手。
     少女と老人が並んで座っている。

アイ   そやから‥‥じめーって感じ?
朔太郎  じめー?
アイ   いや、もっともっと。じめじめーって感じ?
朔太郎  じめじめー?
アイ   うーん、ちょっとちゃうな。
朔太郎  えー? ‥‥どこが‥‥違うの?
アイ   うーん、言葉ではうまく言えへんねんけど、何かちゃうんやなあ。
朔太郎  えー。
アイ   ‥‥まあ、あれか。
朔太郎  え?
アイ   朔太郎には無理やな。
朔太郎  え。‥‥何だよ、それ。
アイ   そやから‥‥表現力みたいなん? いや、想像力かな? ‥‥ま
あ、どっちもか。
朔太郎  何だよ、それ?
アイ   そやから‥‥。
朔太郎  年寄りだから?
アイ   え? 何なん、それ?
朔太郎  いや、だから‥‥年をとるとみずみずしい感受性が失われるとか‥‥。
アイ   へー。‥‥そんな風に思てんの?
朔太郎  いや、思ってないけど。
アイ   え? 何なんそれ?
朔太郎  いや、だから、世間じゃそんなこと言うやつが結構いるからさ。
アイ   ふーん、世間ねぇ。
朔太郎  うん。‥‥だから、別にオレがそう思ってるんじゃなくて。
アイ   ふーん。‥‥何かめんどくさいねんな。
朔太郎  ああ‥‥まあ‥‥そうだな。

     二人、しばし、前方の風景を見ている。
     アイが、足下の石ころを拾って投げる。

アイ   ポッチャーン。

     アイ、もう一つ投げる。

アイ   ポッチャーン。‥‥朔太郎も投げてみたら?
朔太郎  (ほぼ同時に)実を言うとさ、
アイ   え?
朔太郎  ああ‥‥ああ、別に投げてもいいんだけど、その前に実を言うと
さ、
アイ   え? 何言うてんの?
朔太郎  まだまだ若いもんには負けんとか‥‥。
アイ   はあ? ‥‥そやから、何言うてんの?
朔太郎  まあ、それこそステレオタイプな老人みたいで何なんだけどさ、そんな風に思ったりもして‥‥。
アイ   何なん、それ?
朔太郎  そういうの、何か情けない感じで嫌いだったんだよな。オレは年とっても、老人っぽい老人なんかにはならないってずっと思ってたんだけどね‥‥。
アイ   ‥‥‥。
朔太郎  でもさ、そんな風に意地張ってかっこつけようとするのが、むしろ老人くさくてかっこ悪いんじゃないかなって、気づいてさ。
アイ   ‥‥‥。
朔太郎  自分の老いを受け入れられないみたいな感じでさ。
アイ   ふーん。
朔太郎  それで、素直に老人をやろうと思ったわけ。
アイ   素直に‥‥老人をやる?
朔太郎  うん。素直に老人をやる。
アイ   ふーん。‥‥変なの。
朔太郎  それで、素直に言えるようになった。まだまだ若いもんには負けんって。
アイ   え? え? ‥‥何でそうなんの?
朔太郎  え? わかんない?
アイ   全然わからんわ。何かこんがらがってるで。
朔太郎  そうかな? いや、だからさ‥‥。
アイ   ああ、言わんでもええし。別にわからんでもええから。全然わかりたいとも思わんし、そういうの。
朔太郎  ああ、そっか。‥‥そうだよな。
アイ   ‥‥投げたら? 石。
朔太郎  ああ。

     朔太郎、石を拾って投げる。

アイ   ポッチャーン。
朔太郎  ‥‥‥。

     朔太郎、もう一つ投げる。

アイ   ポッチャーン。
朔太郎  ‥‥‥。
アイ   坊ちゃんって‥‥夏目漱石やったよね?
朔太郎  え? ‥‥ああ、そうだけど。
アイ   やっぱり、そうか。
朔太郎  うん。‥‥それが、何?
アイ   いや‥‥別に。‥‥ちょっと似てんなあって。
朔太郎  え?
アイ   ボッチャーン。
朔太郎  え? ‥‥もしかして、ダジャレ? フトンが吹っ飛んだみたい
な?
アイ   まさか。そんなおじさんみたいな。
朔太郎  いやいや。オヤジギャグじゃん。まごうことなく。
アイ   ちゃうわ!
朔太郎  ‥‥‥。ま、どうでもいいんだけどさ。

     朔太郎、また石を投げる。

アイ   ボッチャーン。
朔太郎  ‥‥‥。
アイ   あたしらな、
朔太郎  うん?
アイ   どう見えてんのやろ?
朔太郎  え? どうって?
アイ   知らん人があたしら見たら、どんな風に見えんのかなって。
朔太郎  ああ‥‥。そうだな‥‥。仲良し親子?
アイ   それはないわ。‥‥少なくとも親子とちゃうし。‥‥おじいちゃんと孫やで。
朔太郎  ああ‥‥そうだな。
アイ   それに、仲良しって何なん?
朔太郎  え? 仲良しじゃないの?
アイ   いや、仲良しでもええんやけどな。
朔太郎  だろ? 一緒に石ころ投げてんだからさ。今時、こんな親子はあんまりいないぜ。
アイ   そやから、親子ちゃうって。
朔太郎  ああ。ごめん。‥‥でも、おじいちゃんと孫って長くて言いにくいじゃん。
アイ   まさか、パパ活とは思わへんやろね。
朔太郎  え? オレたちパパ活だったの?
アイ   ちゃうの?
朔太郎  うーん。
アイ   トシの離れた男と女が一緒にブラブラして、ご飯とか食べて。そーゆーのパパ活やろ?
朔太郎  え? おじさんがご飯をごちそうしたらパパ活になるの?
アイ   おじいちゃん。
朔太郎  え。もう、そこはおじさんにしといてよ。いちいちおじいちゃんって言われたら、ちょっとねぇ。‥‥自動変換しといて。
アイ   やっぱし、傷つくわけ? そういうお年頃?
朔太郎  あんまり気分はよくないよな。
アイ   ふーん。
朔太郎  でもさ‥‥ちょっとパパ活っていうのは違うんじゃない?
アイ   え? 何で?
朔太郎  いや、だからさ、パパ活っていうのはさ‥‥
アイ   セックス?
朔太郎  え? いや、そんなにストレートに言わなくても。
アイ   でも、そういうことやろ?
朔太郎  まあ‥‥そうなんだけど。‥‥イマドキの女の子って、すごいな。そんな風にあっけらかんと言うんだ。
アイ   別にイマドキの女の子の話とはちゃうかもね。
朔太郎  え? どういう意味?
アイ   あたしだけがそうなのかもしれへんし。そうとちゃうのかもしれんけど。
朔太郎  ああ‥‥そうなんだ。
アイ   うん。

     アイ、石を投げる。

アイ   ボッチャーン。
朔太郎  ‥‥‥。
アイ   パパ活、串カツ、トンカツ、チキンカツ。
朔太郎  え?
アイ   何か似てるやん。おもろいな。
朔太郎  ああ、そう言えば、そうだな。
アイ   就活、婚活、妊活、終活。‥‥朔太郎は、終活とかしてるん?
朔太郎  え? シュウカツ?
アイ   終わる方の終活。
朔太郎  ああ‥‥そっちの終活ねぇ。
アイ   うん。
朔太郎  どうなんだろ?
アイ   どうなんだろって?
朔太郎  考えたことなかったから。
アイ   へぇ、そうなんや。
朔太郎  うん。‥‥でも、そんなの必要なのかな?
アイ   え? あたしにそんなこと聞かれてもわかるわけないやん。
朔太郎  ああ、まあ、それはそうだ。
アイ   イマドキの女の子ですから。
朔太郎  それは‥‥そうだ。
アイ   ほな、ちょっと行って来るわ。

     アイ、立ち上がる。

朔太郎  行って来るって、どこへ?
アイ   ご不浄。
朔太郎  え?

     アイ、公衆トイレに行く。

朔太郎  ‥‥変なヤツ。

     朔太郎、しばし前の風景を眺めている。
     やがて、思い付いて、石を投げる。

朔太郎  ボッチャーン。

     のをあある とをあある やわあ
     「犬は病んでいるの? お母さん。」
     「いいえ子供 犬は飢えているのです。」

     朔太郎、リビングのような場所へ移動する。

朔太郎  ただいまー。

     愛が出て来る。

愛    おかえりなさい。今日は早かったですね。
朔太郎  うん。
愛    ‥‥お茶でも入れましょうか?
朔太郎  ああ‥‥今はいいよ。さっきコーヒー飲んだから。
愛    ああ、そうなんですか。
朔太郎  缶コーヒーだけどね。
愛    缶コーヒー? お義父さん、そんなのお飲みになるんですか?
朔太郎  まあ、なかったらね。あれでも、一応、コーヒーだからさ。
愛    へえ。‥‥てっきりレギュラーコーヒーしかお飲みにならないのかと。
朔太郎  まあ、そりゃ、そっちの方が良いに決まってるけど。‥‥なんだかんだ言って、結局カフェインが入ってりゃいいんだよ。
愛    へぇ。
朔太郎  酒やタバコとおんなじだ。左党とかタバコ通とか気取っててもさ、要するにアルコール中毒とかニコチン中毒にすぎないんだよな。だから、コーヒー通なんてのも、詰まるところはただのカフェイン中毒なんだよ。
愛    へぇ。‥‥お義父さん、ちょっと変わられましたよね。
朔太郎  え? そうかな?
愛    そうですよ。以前は、絶対そんなことおっしゃいませんでしたも
の。
朔太郎  ああ、そうだったかな?
愛    酸味のない、苦いだけのコーヒーはコーヒーじゃない、とか。
朔太郎  それは‥‥今でもそう思ってるよ。
愛    ああ、そうなんですか。‥‥それを聞いて、ちょっと安心しまし
た。
朔太郎  安心って?
愛    どこか、体の具合でもお悪いんじゃないかって‥‥。
朔太郎  ああ。‥‥それは、どうもありがとう。
愛    いえいえ。
朔太郎  ‥‥‥。
愛    でもね、
朔太郎  え?
愛    ほんとのことを言うと、このうちに来るまでは、コーヒーの酸味なんて、考えたこともなかったんですよ。
朔太郎  ああ、そうなんだ。
愛    私も結構飲む方ですけど、コーヒーって苦みの飲み物だと思ってましたから。
朔太郎  そういう人の方が圧倒的に多いよ。酸味は人気がないから。
愛    そうみたいですねぇ。
朔太郎  うん。‥‥だから、喫茶店のブレンドコーヒーなんか、どこの店でもひたすら苦みばっかりだ。
愛    ああ‥‥確かにそうかもしれませんね。
朔太郎  まあ、でも、今じゃ喫茶店そのものが絶滅危惧種になりつつあるけどね。
愛    ああ‥‥ほんとにそうですね。喫茶店って、ほんとに見かけなくなりましたよね。
朔太郎  でも、スタバとかのトッピングだらけの飲み物は、やっぱり飲む気にはなれないよなあ。苦みや酸味以前に、あれはコーヒーとも思えない。
愛    私もそう思います。
朔太郎  あ、そうなの? 若い人は、ああいうのが好きなんだと思ってた。
愛    いやいや、もう若くなんかありませんよ。
朔太郎  え? そうかなあ?
愛    そうですよ。もう、四十五ですよ。
朔太郎  そっか、四十五になるか。
愛    いくつだと思ってらっしゃったんですか?
朔太郎  時の経つのは早いもんだな。
愛    そうですねぇ。
朔太郎  まあ、こうやってスタバとかの悪口なんか言ってるのも、老人の繰り言なんだろうけどね。
愛    え? そうですか?
朔太郎  そうだよ。こんなこと言ってたら、「また昭和世代がなんか言ってるよ」って笑われるのがオチだ。
愛    あの、私も昭和世代ですけど?
朔太郎  ああ‥‥それはお気の毒に。‥‥でも、愛さんは、ほとんど覚えてないだろ? 昭和の風景なんてのは。
愛    いえ、結構覚えてますよ。もう小学生でしたから。
朔太郎  ああ、そうなんだ。
愛    はい。
朔太郎  それは意外だったな。
愛    そうですか?
朔太郎  ああ、うん。
愛    ‥‥だから、私も一応昭和世代なんですよ。端っこの方ですけど。
朔太郎  なるほどなあ‥‥。降る雪や明治は遠くなりにけり、だな。
愛    ああ、そんなのありましたね。‥‥でも、もう明治生まれなんて人はいないんじゃないですか?
朔太郎  そうだなあ。‥‥そう言えば、いくつになるんだろ? 明治生まれは。
愛    ひゃく‥‥ごじゅっさい?
朔太郎  そこまで行くかな?
愛    さあ?
朔太郎  そこまで行ったら、完全に絶滅だな。
愛    そうですね。
朔太郎  ‥‥まあ、遠からず、昭和生まれも絶滅するけどな。
愛    いや、でも、そんなにすぐには。
朔太郎  だから、遠からずだよ。遠からず、近からず。
愛    ‥‥遠からず‥‥近からず、ですか。うまいことおっしゃいます
ね。
朔太郎  ‥‥降る雨や昭和は遠くなりにけり。
愛    ‥‥そう言えば、もう梅雨入りですよね。
朔太郎  そうだな。
愛    私、雨はそんなに嫌いじゃないんですけど、洗濯物がねぇ。‥‥それと、お風呂場のカビとか。
朔太郎  梅雨だけは、健在だよなあ。梅雨だけは毎年きちんとやって来る。
愛    え? それ、どういう意味です?
朔太郎  ほら、地球温暖化か何か知らないけど、最近、春も秋もほとんどなくなってるだろ?
愛    ああ‥‥そう言えば、そうですね。
朔太郎  秋なんか、二週間あるかないかって感じだ。
愛    ああ、そうですね。確かに。
朔太郎  こないだネットのニュースに、日本の四季はなくなって二季の国になるだろうって書いてあった。
愛    ニキ? ニキって何です?
朔太郎  夏と冬しかないから二季。
愛    え? ‥‥ああ、春、夏、秋、冬の四季じゃなくて、夏と冬の二季ですか?
朔太郎  そうそう、その二季。
愛    それ、ほんとですか?
朔太郎  さあ、ネットニュースだからねぇ。‥‥でも、当たりそうな感じがしないでもないだろ?
愛    まあ、それは‥‥そうですね。残念ですが。
朔太郎  残念だよなあ、全く。
愛    そしたら、花見も紅葉狩りもなくなっちゃうのかしら?
朔太郎  うーん、どうだろ? よくわかんないな。
愛    わかりませんねぇ。
朔太郎  花見は花見でも、ハイビスカスの花見なんかになったりして。
愛    え。そこまで暑くなりますか?
朔太郎  さあ? よくわかんないけど。‥‥でも、九州でも咲いてるんだから、あり得ない話でもないんじゃないかな?
愛    ‥‥ハイビスカスの花見‥‥ねぇ。
朔太郎  うん。ハイビスカスの花見。

     二人、ハイビスカスの花見を想像して、前方を眺める。

朔太郎  ダメだ。やっぱりイメージできない。ハイビスカスの花見なんてのは。
愛    そうですよねぇ。

     二人、顔を見合わせて、笑う。

朔太郎  何、馬鹿なことやってんだろ。いいトシして。
愛    ほんとですねぇ。
二人     アハハハハ。
朔太郎  ‥‥ま、それだけ我が家は平和だということかな。
愛    そうそう。‥‥平和が一番ですよ。平和が。
朔太郎  そうだな。

     しばしの間。

愛    やっぱり、お茶入れてきますわ。
朔太郎  いや、だから‥‥。
愛    私、おしゃべりしてたら、のどが渇いちゃって。お義父さんもお飲みになるでしょ?
朔太郎  ああ‥‥そうだな。
愛    冷たいのでもよろしいですか?
朔太郎  ああ‥‥そうだな。
愛    おーいお茶ですけど?
朔太郎  おーいお茶? 綾鷹とか伊右衛門はないの?
愛    すみません。
朔太郎  うそうそ。どうせただのカフェイン中毒だから。いや、水分中毒かな?
愛    水分中毒? そんなのあるんですか?
朔太郎  ああ‥‥それはないけど、水中毒っていうのはあるよ。
愛    水中毒? 水って中毒になったりするんですか?
朔太郎  うん。飲み過ぎると死んじゃうんだって。
愛    えー。水で死ぬんですか。
朔太郎  らしい。‥‥まあ、むちゃくちゃにたくさん飲む人がいるんだっ
て。なんか、一種の精神疾患らしいよ。
愛    へえ‥‥水で死ぬんですかあ。‥‥人間、何で死ぬかわかりませんねぇ。恐いですねぇ。
朔太郎 だねぇ。

     愛、去る。
     朔太郎はボーっと座っている。

朔太郎  幾時代かがありまして
     茶色い戦争ありました

     幾時代かがありまして
     冬は疾風吹きました

     サーカス小屋は高い梁
     そこに一つのブランコだ
     見えるともないブランコだ

     ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

     愛が、茶を持って戻って来る。

愛    また、朔太郎ですか?
朔太郎  いや、中也だ。中原中也。
愛    へえ。‥‥どうぞ。
朔太郎  ありがとう。

     二人、茶を飲む。

愛    何で、今日は中原中也なんですか?
朔太郎  朔太郎と来たら中也だろ?
愛    え? どういう意味です?
朔太郎  中也と来たら朔太郎。そういうもんだ。
愛    そう‥‥いう‥‥もんなんですか?
朔太郎  ああ、そういうもんだ。
愛    へぇ。
朔太郎  ‥‥‥。
愛    あの。
朔太郎  ん?
愛    以前うかがったような気もするんですが。
朔太郎  え? 何を?
愛    どうして朔太郎なんでしたっけ?
朔太郎  え? ハギワラ? オギワラ?
愛    オギワラ。
朔太郎  ああ‥‥。親父が詩が好きでね、どうも若い頃、詩人になりたかったらしいんだけど。
愛    はあ。
朔太郎  それで、うちの名字がオギワラなもんで、オギワラサクタロウが良いと思ったらしい。
愛    ああ、確かに似てますね。
朔太郎  似てるなんてもんじゃないよ。口で言ったら、まだ違いがわかるけど、漢字で書いたら、もうおんなじだ。世の中にオギとハギの区別なんかできるヤツはいないから。‥‥それで、しょっちゅう「ハギワラサクタロウ?」って間違えられて、いい迷惑だよ。
愛    ああ、確かに。違いなんかわかりませんよね。
朔太郎  だろ?
愛    アハハハ。‥‥でも、迷惑っておっしゃってるわりには、朔太郎がお好きじゃありません?
朔太郎  だからさ、ガキが詩なんか読むわけないんだけど、自分の名前にされちゃってるから一応興味持つじゃない? 萩原朔太郎って何なんだ?って。
愛    ああ、まあ、そうですね。‥‥ああ、それでミイラ取りがミイラってことですか?
朔太郎  まあ‥‥そんな‥‥感じ、かな?
愛    だったら、それだったら、いっそのこと詩人におなりになったらもっとよかったのに。ハギワラじゃない詩人のオギワラサクタロウだぞって。
朔太郎  からかってるの?
愛    すみません。
朔太郎  ‥‥考えたこともあったよ。若い頃にね。
愛    え? 考えたって、詩人になろうって?
朔太郎  ああ。
愛    へえ。‥‥だったら、お父様と一緒じゃないですか。‥‥やっぱり血は争えませんねぇ。
朔太郎  結局なれなかったというところもね。
愛    あ。‥‥はあ‥‥まあ‥‥そうですね。
朔太郎  ‥‥‥。ところでさ。
愛    え? はい。
朔太郎  ハギとオギって、どう違うんだろうな?
愛    え? どう違うって?
朔太郎  どっちも植物だろ?
愛    ああ‥‥そういえば、どんな植物なんでしょうね?
朔太郎  名前はよく聞くんだけどな。‥‥ちょっと調べてみる。(とスマートフォンを取り出してググる)
愛    ‥‥‥。
朔太郎  あ。
愛    え?
朔太郎  これだよ。これがハギで‥‥。
愛    ‥‥‥。(スマホを見る)
朔太郎  こっちが、オギ。
愛    あ。‥‥全然違いますね。
朔太郎  全然違うよな。
愛    オギって、ススキなんですね。
朔太郎  だよなあ。ススキだよなあ。
愛    へぇ。
朔太郎  こんなに違うのに、何でまぎらわしい名前なんか付けるんだろう
な?
愛    はあ‥‥まあ。
朔太郎  特に漢字な。嫌がらせとしか思えない。
愛    はあ。
朔太郎  ‥‥‥。(立ち上がって)ちょっと行って来る。
愛    え?
朔太郎  トイレ。
愛    ああ、はい。

     朔太郎歩いて行き、公衆トイレに入る。
     愛、しばしボーっとしている。

愛    のをあある とをあある やわあ
     「犬は病んでいるの? お母さん。」
     「いいえ子供 犬は飢えているのです。」

     公衆トイレからアイが出て来て、河原の土手に座る。

アイ   お母さん。お母さーん。

     愛が声を聞きつけて、土手にやって来る。

アイ   お母さーん。
愛    はいはい。どうしたの?
アイ   あ、お母さん。
愛    どうしたの?
アイ   恐い夢を見たの。
愛    恐い夢? どんな夢?
アイ   何かね、おっきな犬がやってきたの。
愛    おっきな犬?
アイ   うん。黒くてとってもおっきな犬。その犬がね、おっきな声でほえたの。
愛    犬がほえたの?
アイ   うん。ワオーン。ワオーン。ワオオオーン。
愛    (声を合わせて)ワオーン。ワオーン。ワオオオーン。
アイ   あ、まねっこだ。
愛    うん、まねっこだね。
二人     アハハハハハ。
愛    もっぺんやろうか?
アイ   うん!
二人   ワオーン。ワオーン。ワオオオーン。アハハハハ。
アイ   まねっこだ。
愛    まねっこだね。
アイ   それからね、それからね、
愛    うん。
アイ   おっきな犬が私の方に近づいて来てね。
愛    うん。
アイ   よく見たら、お父さんだったの。
愛    え。
アイ   それで、お父さんは私をじっと見て、それから、
愛    何か言ったの?
アイ   ううん。そこで目が覚めちゃった。
愛    ‥‥‥。あ、そうなんだ。
アイ   うん。
愛    そっかあ。
アイ   うん。
愛    ‥‥‥。
アイ   あのね、お母さん。
愛    え? なあに?
アイ   お父さんって、お星様になったんでしょ?
愛    え? ‥‥ああ、そうよね。
アイ   お星様になるって、死ぬってことなんでしょ?
愛    え。
アイ   ジョンがそう言ってたよ。
愛    ‥‥‥。ああ‥‥そうなの。
アイ   ねぇ、お母さん。
愛    ‥‥なあに?
アイ   死ぬってどういうこと?
愛    え?
アイ   ねぇ、ねぇ、どういうことなの? 死ぬって。
愛    ‥‥‥。そうねぇ。それは、ちょっと難しいわねぇ。
アイ   むつかしい?
愛    ほんとはね、お母さんにもよくわからないのよ。
アイ   えー。どうして?
愛    だって‥‥だって、お母さん、死んだことないから。
アイ   え? お母さん、死んだことないの?
愛    うん。
アイ   そうなんだ。
愛    うん。‥‥だからね、
アイ   うん。
愛    お母さん、一度死んだら、教えてあげる。
アイ   え、ほんと?
愛    ほんとよ。
アイ   ほんとにほんと?
愛    ほんとにほんとよ。
アイ   約束だよ。‥‥ねえ、いつなの? お母さん、いつ死ぬの?
愛    そのうちね。
アイ   そのうちって、いつのそのうち?
愛    そんなに遠くないそのうちよ。
アイ   じゃあ、約束だよ。ほんとにほんとだよ。
愛    はいはい。それじゃ、ゆびきりしようか?
アイ   うん。ゆびきりしよう!
二人   ゆびきりげんまん、うそついたら針千本のーます。
アイ   ゆび切った!

     アイ、フリーズ。
     公衆トイレから、朔太郎が出て来る。

朔太郎  9・11の時、愛さんはいくつだった?
愛    二十二ですね。大学生でした。
朔太郎  そっか、二十二か。
愛    はい。‥‥そして、お腹に子供がいました。
朔太郎  そっか。
愛    はい。
朔太郎  今から思うと、全てがあの時から始まったような感じがするな。
愛    全てが始まった?
朔太郎  9・11が起こって、アフガニスタン紛争が起こって、イラク戦争が起こって、イスラム国が生まれて、ウクライナ侵攻が起こって、ガザのジェノサイドが起こって‥‥
愛    ああ‥‥戦争。
朔太郎  そうやって、二十一世紀が始まり、新しい時代が始まったんだな。
愛    ‥‥‥。
朔太郎  修司は、どっちにいたのかな?
愛    え? ああ、ワールドトレードセンターですか?
朔太郎  ああ。
愛    南棟です。
朔太郎  南棟‥‥後からやられた方か。
愛    はい。
朔太郎  そっか。‥‥たぶん、オレが見たのは、そっちの方だな。
愛    え? ご覧になったんですか?
朔太郎  いや、テレビだけどさ。
愛    ああ、テレビ。
朔太郎  確か、ニュースステーションだった。
愛    ニュースステーション?
朔太郎  うん、久米宏がやってたやつ。
愛    ああ、久米宏の。
朔太郎  番組が始まってすぐだった。だから夜の十時過ぎかな?
愛    ああ。
朔太郎  久米宏が「ニューヨークで大変なことが起こりました」って言ってる最中に、飛行機がビルに突っ込んだんだ。
愛    ‥‥そうだったんですか。
朔太郎  よく覚えてるよ。‥‥まるで映画みたいだったとか言う人もいるけど、そんなんじゃなかったな。‥‥スローモーションみたいな感じで、ビルの中に飛行機が吸い込まれて行ったんだ。不思議っていうか、夢を見てるみたいな感じだった。
愛    ああ。‥‥そうだったんですか。
朔太郎  ああ、うん。
愛    そうですか。
朔太郎  ああいう時って、飛行機に人が乗ってることとか、ビルの中に人がいることとか、全く想像もできないんだよな。悪いけど。
愛    ‥‥‥。
朔太郎  原爆のきのこ雲の映像を見ても、広島の人を想像できないのと全くおんなじだよな。
愛    ああ‥‥そうですね。
朔太郎  ‥‥そういえばさ。
愛    え?
朔太郎  陰謀論があるじゃない?
愛    陰謀論?
朔太郎  ほら、9・11は、本当はアメリカ政府の自作自演だとか。
愛    ああ‥‥ありましたね。そういうの。
朔太郎  ああいうのって、結局わからないんだろうな。そういう風になってるんだろうな。
愛    ああ‥‥そうかもしれませんね。‥‥でも、
朔太郎  でも?
愛    そんなのどっちでもいいんです。
朔太郎  え?
愛    誰がやったにしても、あの事件であの人が亡くなったということだけは事実ですから。
朔太郎  ああ‥‥。確かに‥‥そうだな。
愛    ええ。
朔太郎  うん。

     しばしの沈黙。

アイ   幾時代かがありまして
     茶色い戦争ありました

     幾時代かがありまして
     冬は疾風吹きました

     屋外は真ッ闇(くら) 闇(くら)の闇(くら)
     夜(よ)は劫々(こうこう)と更けまする
     落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルヂアと
     ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

     指切った!

     あははははははは。あはははははは。

     アイが走って去る。

     音楽。
     暗転。


     河原の土手。
     アイと愛が並んで座っている。
     アイが石を投げる。

アイ   ボッチャーン

     愛が石を投げる。

アイ   ボッチャーン。

     アイが石を投げる。

アイ   ボッチャーン。

     愛が石を投げる。

アイ   ボッチャーン。
愛    ねぇ。
アイ   え?
愛    どうして、ボッチャーンなの?
アイ   え?
愛    ポチャンかチャポンでしょ?
アイ   え?

     愛、石を投げる。

愛    ほら。
アイ   ああ。
愛    そんなにおっきな石でもないんだし。
アイ   えっと、それは‥‥。
愛    第一、かわいくないじゃん、ボッチャーンって。音が。
アイ   ああ‥‥。だよね。
愛    でしょ?

     愛、石を投げる。

アイ   ‥‥‥。
愛    あれ? 言わないの?
アイ   ‥‥‥。ポチャン。
愛    よろしい。
アイ   よろしいって、何なの、それ?
愛    よろしいは、よろしいよ。何だっていいじゃん。
アイ   何、それ! へーんなの!
二人   あはははははは。

     しばしの間。
     二人遠くを見ている。
     愛が立ち上がる。

愛    君はひとりぼっちじゃない。
アイ   え?
愛    ‥‥みたいな歌とか最近よくあるじゃない?
アイ   ああ‥‥かな?
愛    人は一人では生きて行けないから、とか。
アイ   ああ。それは聞いたことある。
愛    でしょ?
アイ   うん。
愛    あれって、ほんとなんだって。
アイ   え? それ、どういう意味?
愛    だから、人は一人では生きて行けないのよ。
アイ   いや、だからどういう意味?
愛    そういう風にできてるんだって、人間は。
アイ   できてる?
愛    人間っていうか、ホモ・サピエンスのDNAがそういう風になってるんだって。
アイ   DNA?
愛    むかーし、むかしね、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人っていうのがいてね。
アイ   ああ、それ、学校で習った。
愛    昔は、ネアンデルタール人が滅びて、その後からホモ・サピエンスが出てきたみたいに考えられてたんだけど、どうもそれは違ってたみたいなの。ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは同じ時代に一緒にいたらしいんだって。
アイ   へえ。
愛    それで、交雑とかもあったんだって。
アイ   コウザツって何?
愛    だから、子供を作ってたのよ。
アイ   え? その、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの子供?
愛    そう。
アイ   えー、マジ?
愛    人間のDNAを細かく調べたら、現代の人間のDNAの中にネアンデルタール人のDNAが混ざってるのがわかったんだって。
アイ   へえ。‥‥DNAって、そんなことまでわかるんだ。へえ。
愛    とにかく科学の進歩ってすごいよねぇ。‥‥何でそんなことがわかるのかってのは、全然わかんないんだけどさ。
アイ   だよねぇ。‥‥だったらさ、現代にもネアンデルタール人の混血の人がいるってことなの?
愛    そう思うでしょ?
アイ   うん。
愛    でも、そうじゃないんだって。‥‥ネアンデルタール人は完全に滅びて、ホモ・サピエンスだけが生き残ったんだって。
アイ   えー? 何で?
愛    それはわかんない。まだよくわかってないんだって。
アイ   なーんだ。
愛    よくはわかんないんだけど、ひょっとしたら、ホモ・サピエンスは「一人じゃ生きて行けない」から生き残ったんじゃないか、って言う学者さんとかがいるのよ。
アイ   え? ‥‥何、それ? ‥‥一人じゃ生きられないから生き残るって?
愛    なんかね、その人が言うには、ホモ・サピエンスは、たくさんの人数で集まって生活する習性があったんだって。
アイ   たくさん集まるって‥‥どのくらい?
愛    最大で百五十人ぐらいだって。
アイ   うーん、ちょっと微妙な数字だね。
愛    なんかね、一人の人間が把握できるのは、そのぐらいが限界らしいよ。
アイ   百五十人?
愛    うん。ほら、親戚とかで考えたらさ、おじいちゃんがいて、おばあちゃんがいて、お父さん、お母さん、兄弟姉妹、自分の子供、おじさん、おばさん、いとこの子とか‥‥なんか、それぐらいになるんじゃない?
アイ   ああ‥‥まあ、昔は子供がやたらと多かったしね。十人兄弟とか。
愛    そうそう。
アイ   まあ、確かに、千人とかいたら、もう、誰が誰だかわかんないよねぇ。名前どころか、顔もわかんない。
愛    でしょう? だから百五十人なんだって。‥‥で、その百五十人というのが、どうもネアンデルタール人より生き残るのに有利だっんじゃないかって。
アイ   ネアンデルタール人は、子供が少なかったのかな?
愛    さあねぇ。‥‥でも、ホモ・サピエンスよりはかなり少ない集団で生活してたのは確かみたいよ。
アイ   ふーん。ひょっとして、ネアンデルタール人は核家族だったのか
な?
愛    まさか。それはないでしょ?
アイ   そりゃ、そうだ。‥‥でもさあ‥‥たくさんだと、何で有利なの?
愛    さあ? ‥‥ほら、例えば、知識とか技術を伝えるのに便利だったとか?
アイ   ああ、なるほどねー。そっか。
愛    ほんとのところは、まだよくわかってないみたいなんだけどね。
アイ   ふーん。
愛    でも、別の学者さんの研究では、ホモ・サピエンスが恐ろしく凶暴で、おとなしいネアンデルタール人を皆殺しにしちゃったんだ、なんて説もあるんだけどね。
アイ   あちゃー‥‥。
愛    案外、そっちかもねぇ。‥‥だって、人間は大昔からずーっと戦争ばっかりやってんじゃん?
アイ   ああ‥‥なるほどねぇ。それって、確かにものすごく説得力あるよねえ。
愛    でしょう?
アイ   うん。‥‥あたしもその皆殺し説に一票‥‥かな? ‥‥何だかちょっと悲しいけどねぇ。
愛    だよねー。
アイ   ‥‥‥。

     アイ、石を投げる。

愛    ポチャン。
アイ   ‥‥‥。
愛    だからさ、
アイ   え?
愛    「さみしさのDNAで人類は生き残った」ってことにしとこうよ。
アイ   さみしさのDNA?
愛    人殺し、皆殺しのDNAで生き残ったんじゃ、ちょっときついからさ。
アイ   ああ‥‥。たしかに。‥‥だよねー。
愛    「さみしくって死んだウサギ」の反対でさ、「さみしくって生き残った人類」の方が、ちょっとロマンチックじゃん。
アイ   ああ、なるほど。‥‥それいいね。
愛    でしょ?

     アイ、石を投げる。

アイ   ‥‥さみしくて生き残る‥‥か。
愛    そう、さみしくて生き残る。
アイ   だったらさ、「人は一人では生きて行けない」ってのは当たり前なんだなあ。
愛    まあ、運命っていうか、宿命だね。
アイ   ふーん。‥‥あ、そっか。
愛    え、何?
アイ   だったら、だったらさ、
愛    うん。
アイ   あたしがさびしんぼうなのも、それなのかな?
愛    それって?
アイ   だから、その‥‥さみしさのDNAの運命? 宿命?
愛    え? ああ‥‥たぶん。
アイ   やっぱ、そっかあ。
愛    うん。‥‥たぶん。

     アイ、石を投げる。

アイ   ポチャン。‥‥君はひとりぼっちじゃない。
愛    え?
アイ   君はひとりぼっちじゃない。
愛    ああ‥‥。君はひとりぼっちじゃない。

     二人、顔を見合わせる。

アイ・愛  君はひとりぼっちじゃない。あははははは。

朔太郎の声 さびしいのはお前だけじゃな。
アイ・愛  え?

     二人が振り向くと、公衆トイレから朔太郎が出て来る。

朔太郎  いよっ、ご両人。お元気ですかな?
アイ・愛 ?
朔太郎  いやあ、これは、失敬、失敬。
アイ・愛    ‥‥‥。
朔太郎  さびしいのはお前だけじゃな。これ、さびしいのはお前だけじゃない、の言い間違いじゃないんだよ。さびしいのはお前だけじゃな。
アイ・愛    ‥‥‥。
朔太郎  さびしいのはお前だけじゃな。いやあ、これはけだし名言だよな
あ。そうお思いになりませんかな?
アイ・愛    ‥‥‥。
愛    ‥‥何が言いたいんですか?
アイ   いやがらせ?
朔太郎  いやいや、これはオレの言葉じゃなくて、枡野浩一というふざけた歌人の本のタイトルだ。
愛    歌人? ‥‥詩人じゃなくて?
朔太郎  まあ、短歌も詩も似たようなもんだ。
愛    いいかげんだなあ。
朔太郎  まあ、これはいろいろとアレンジや応用ができるよな。たとえば、えーと、「悲しいのはお前だけじゃな」とか「君はひとりぼっちじゃな」とか。
アイ   やっぱり、いやがらせだ。
愛    確かに。
朔太郎  いや、作りようによっては、ポジティブなのもできるよ。えーと、例えば「君が死んだら地球がなくなるわけじゃな」とか。ほら。
アイ   えー。何か無理やりな感じ。
愛    そもそも、君が死んでるし、地球がなくなってるし、どこがポジティブなわけ?
朔太郎  まあ、この枡野という人は、ふざけたおもしろいおっさんなんだけど、なぜかネガティブな歌に名作が多くてな。
アイ・愛    ‥‥‥。
朔太郎  毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである
ね、いいだろ?
アイ   ん‥‥どういう意味? よくわかんない。
朔太郎  じゃ、これは?
     嘘でしたでも愛でした始まりのなかった嘘に終わりはあって
アイ   ああ‥‥それは、何かわかる感じがする。
朔太郎  ポジティブな歌もあるよ。
     こんなにもふざけたきょうがある以上どんなあすでもありうるだろう
     さようならさようならまた会いましょう また別れたら また会いましょう
愛    ‥‥うーん。それって、ポジティブなのかなあ?
朔太郎  お、良いところに気がつきましたね。‥‥ま、あれだな。本当におもしろい人っていうのは、本当のさみしさを知っている人なんだな。
アイ   ‥‥それ、何か、無理やり名言を言おうとしてない?
朔太郎  あれ、ばれちゃった?
アイ   そんなのバレバレだよ。
朔太郎  でも、バレたぐらいでめげてたら、そこで試合終了ですよ。
アイ   え? 何、それ?
朔太郎  だから、名言! ‥‥のパクリ。
アイ   何なのよ、それ!
朔太郎  へっへっへ。
愛    ところで、お義父さん、どこへいらしてたんですか?
朔太郎  まあ、ちょっとそこまで。
愛    そこって、どこですか?
朔太郎  まあ、六十年ばかし先かな?
愛    え?
アイ   六十年先?
朔太郎  正確に言うと、二〇八二年。
アイ・愛  えー!
朔太郎  冗談だよ。冗談。‥‥なわけないだろ。
アイ   なーんだ。‥‥言うんだったら、もうちょともっともらしいウソを言ってよ。
朔太郎  だよなー。ごめん、ごめん。
アイ   まあ、確かに、最近タイムスリップとか流行ってるもんね。ドラマとかアニメとか小説とか。
朔太郎  そうそう、それそれ。ちょっとイマドキの感じでさ。
アイ   でも、じいさんが若者の流行に乗ろうとかしない方がいいよ。
朔太郎  え? そうなの?
アイ   うん。とっても痛い感じになっちゃう。
朔太郎  あ、そうなんだ。
アイ   うん。無理してる感じが、とっても痛い。
朔太郎  なるほどねぇ。‥‥あ、そう言えば、オレの時にもそういう教師とかいたな。
アイ   え? 教師?
朔太郎  中学とか高校の時にさ、深夜放送ってのが流行ってたの。深夜放送って知ってる?
アイ   深夜放送‥‥だから、深夜に放送してるテレビ?
朔太郎  それが、ラジオなんだよ。ラジオ。
アイ   え? ラジオ?
朔太郎  オールナイトニッポンとかセイヤングとかパックインミュージックとか人気番組があってね、受験生とかが勉強しながら聞いてたの。
アイ   へー。
朔太郎  人気DJってのがいてさ、あ、DJって言ってもクラブのDJじゃないよ。えーっとねぇ、そうそう今で言うラジオパーソナリティーかな?
アイ   へー。人気DJねえ。
朔太郎  で、それをほとんどの高校生は聞いてたんだけど、そういう話を授業中にしたら受けるだろうって、必死で毎晩聞いてた教師がいたわけ。それが、四、五十のおっさんでさ。
アイ   へー。
朔太郎  で、流行ってる音楽の話とか、ラジオで流行ってるギャグとかを言うわけよ。授業中に。
アイ   へー。
朔太郎  どうなるかわかるだろ?
アイ   痛いおじさん? 気持ち悪いおじさん?
朔太郎  ピンポーン! すばり、それだ!
アイ   なるほどねぇ。‥‥まあ、そういう、時代に取り残されたおじさんの涙ぐましい努力は、いつの時代にもあるわけだ。
朔太郎  うん。そーゆーこと。
アイ   でも、その「ピンポーン」ってのも、やめた方がいいんじゃない?
朔太郎  え?
アイ   古いよ。さすがに。
朔太郎  ガビーン。
アイ   もう!
朔太郎  まあ、縄文時代のギャグということで。
アイ   何よ、それ!
愛    ‥‥それで、どうでした?
朔太郎  え? 何が?
愛    その、六十年後の世界は。
朔太郎  え‥‥。
アイ   え? ‥‥それ、どういうこと?
愛    いや、ちょっと気になって。
アイ   え? 何で六十年後の世界が気になるの?
愛    いや、ちょっと‥‥どうなってるのかなあ、とか。
アイ   はい? だから何言ってるの?
朔太郎  ‥‥‥。
愛    これ‥‥言わないでいようと思ってたんですけど‥‥。
アイ   え? 何を?
愛    ホントは言わない方がいいんですよね、たぶん。‥‥ずっとね。
朔太郎  さあ‥‥どうだろ?
アイ   あのー、話が見えないんですけど‥‥。
朔太郎  ‥‥‥。
愛    実はね。‥‥実は、私、難民なんです。
朔太郎  え‥‥。
アイ   難民?
朔太郎  ‥‥そっか。‥‥難民なのか。
愛    ええ。
アイ   え? 何なの? 難民って何?
愛・朔太郎  ‥‥‥。
アイ   だから、さっきから全然わけわかめなんだよ。‥‥わかるように説明してよ。
朔太郎  ああ。‥‥そうだな。‥‥昔、タイムトラベラーってのが流行ってただろ?
アイ   タイムトラベラー?
朔太郎  まあ、昔でもないか。今でも使うか。
アイ   だから、そのタイムトラベラーがどうしたの?
朔太郎  タイムトラベルなんて言うとさ、何かポジティブって言うかかっこいい感じがするじゃない? 時間旅行者ってさ。
アイ   ああ、うん。
朔太郎  まあ、旅行にもいろいろあるよね。豪華客船の船旅もあれば、飛行機の旅も、自動車の旅も。
アイ   うん。
朔太郎  でもさ、全然そういうのじゃない旅行もあるんだよね。
アイ   そういうのじゃない旅行って、どんな旅行?
朔太郎  たとえば、中東からヨーロッパへ、ポロポロの船に定員の二倍とか三倍のぎゅうぎゅう詰めで乗って、命がけで行く旅行とか。
アイ   え? 何それ?
朔太郎  まあ、そういうのは普通旅行とは言わないよな。移民とか難民だよな。途中で船が沈んで死んじゃったりもするわけだから‥‥。ちょっとトラベラーのイメージとは違うよな。
アイ   ああ‥‥それは、そうだね。
朔太郎  でもさ、現実のタイムトラベラーってのは、そういうのが相当に多かったりするわけなんだ。
アイ   え?
朔太郎  だから、この愛さんも、そういうタイムトラベラーの一人だっていうことなんだろうね。
アイ   えー。‥‥ちょっと待ってよ、ちょっと。‥‥そういうタイムトラベラーって、そんなこと、あっさり言わないでよ。
朔太郎  いや、あっさりも何も、事実だからさ。
アイ   いやいやいやいや、あんたたちおかしいよ。頭がどうかしてるの? ‥‥ひょっとして、あたしにドッキリをやろうとしてる?
愛・朔太郎  ‥‥‥。
アイ   えー! 黙ってないで答えてよ!
朔太郎  いや、話すとかなり長くなるからさ。
アイ   長くても何でもいいじゃん。自分が何言ってるか、わかってんの? まるでタイムトラベラーが実在するみたいなこと言ってんだよ?
朔太郎  えー、そこからなの? まあ、その辺はいいことにしといてよ。
アイ   全然よくないって!
朔太郎  えー。困ったな。そんな説明してたら、話が進まないよ。
アイ   何言ってんのよ! ふざけないで!
朔太郎  だってさ‥‥ほら、旅行の話をするのに、自動車がどうやってできたのかとか、ライト兄弟の話なんかいちいち言わないでしょ? それとおんなじだよ?
アイ   全然おんなじじゃない! 自動車とか飛行機じゃなくってタイムトラベルだよ?
朔太郎  あー、わかった、わかった。‥‥じゃあ、こうしよう。‥‥オレとこの愛さんは実は頭がおかしい人で、自分が未来から来たとか、タイムトラベルをしてると思い込んでる。で、君はその頭のおかしい人の妄想に付き合ってあげている。‥‥これでどうだ?
アイ   何、それ?
朔太郎  もう、その辺で手打ちしてよ。‥‥ほら、タイムトラベルのことなんかより、難民の話の方が気になるでしょ?
アイ   どっちもわけわかんない。
朔太郎  だったら、難民の話でもいいよね?
アイ   えー。
朔太郎  ほら、昔々、第一次世界大戦ってのがあったじゃない?
アイ   ‥‥‥。応仁の乱じゃなくて?
朔太郎  うん。応仁の乱じゃなくて。
アイ   教科書で習ったような気がする。
朔太郎  オッケー。で、その後に、第二次世界大戦っていうのもあったでしょ?
アイ   関ヶ原の戦いじゃなくて?
朔太郎  関ヶ原の戦いじゃない。
アイ   ヒットラーとかがいたやつだよね。
朔太郎  そうそう、ヒットラーがいたやつ。‥‥ここまでいいかな?
アイ   ‥‥いいよ。
朔太郎  で、その後、しばらくしてから第三次世界大戦というのもあったよね。
アイ   日露戦争じゃなくって?
朔太郎  うん、日露戦争じゃなくって。
アイ   えーっと、第三次世界大戦だから‥‥ええっと、ええっと。
朔太郎  ‥‥‥。
アイ   え? ‥‥第三次世界大戦だよね?
朔太郎  そう。第三次世界大戦だよ。
アイ   そんなのあった?
朔太郎  ‥‥あったんだよ。君はまだ知らないかもしれないけど。
アイ   ‥‥それって‥‥ひょっとして、未来の話?
朔太郎  残念だけど、未来の話じゃない。現在進行形の話だ。
アイ   え? 現在進行形?
朔太郎  二十世紀の冷戦の時代に、第三次世界大戦の危機というのがよく語られてた。小説とかマンガとか映画なんかでも、かなりメジャーなテーマだった。それは、アメリカとかソ連という超大国による全面核戦争という話だったから、第三次世界大戦って言えば、イコール、地球が破滅して、人類が全滅するってイメージだった。
アイ   それは、聞いたことがある。
朔太郎  でも、そうじゃなかったんだ。
アイ   え? そうじゃなかったって?
朔太郎  それはね、たぶん、世界大戦のイメージがずれてたんだな。
アイ   世界大戦のイメージがずれる? ってどういうこと?
朔太郎  ほら、第一次世界大戦も、第二次世界大戦も、四、五年で終わったもんだからさ、何となく、世界大戦というのはそのくらいの長さのものというイメージができちゃってたんだよ。
アイ   ああ。‥‥ああ、それは確かに。
朔太郎  何十年も続く戦争があるってことを忘れてたんだよな。
アイ   え? 何十年も続く戦争?
朔太郎  昔はね、そういう戦争もあったんだよ。ほら、世界史の授業で百年戦争って習わなかった?
アイ   百年戦争? 習ったような習わなかったような‥‥。百年も戦争をやってたの?
朔太郎  うん。大昔にヨーロッパであった戦争だ。他にも三十年戦争なんてのもあったし、日本の応仁の乱だって十年以上続いてた。戦国時代全体を大きな戦争って考えたら、これも百年戦争って言えるかもしれない。
アイ   へー。
朔太郎  だからね、全面戦争だけが世界大戦じゃないんだよ。確かに、全面核戦争にはならなかった。まあ、やるからには勝ちたいのが戦争だからね。絶滅したんじゃ勝てなくなっちゃう。
アイ   ああ。それは確かに‥‥。
朔太郎  毎日爆弾やミサイルが頭の上に降り注いで来るわけじゃない。で
も、いつもどこかで戦ってる。ずーっと平和じゃない時代、ずーっと真綿で首を絞め続けられてるような戦争。それが第三次世界大戦だったんだ。
アイ   ‥‥じゃあ、そういう状態が、何十年も続いたわけ?
朔太郎  続いているよ。今も。‥‥いつ終わるのかもわからない。終わりがあるのかどうかもわからない。
アイ   今って‥‥ひょっとして六十年後の今?
朔太郎  ああ、そうだ。
アイ   そっか。‥‥そうなんだ。
朔太郎  そういう時代に生きてるとね、まあ、特別に悲惨だとは思わない。だって、生まれた時からそんな時代だからね。それに、自分が今日、明日にも戦争で死んでしまうという切迫した恐怖感があるわけでもないし‥‥。
アイ   ふーん。
朔太郎  でもさ、学校の歴史の授業とかで、休戦期があったことを習うと
さ。
アイ   休戦期?
朔太郎  ああ、第二次大戦と第三次大戦の間の時代をそう呼ぶんだよ。
アイ   へー、そうなんだ。
朔太郎  戦争のない日常ってどんなものなのか、興味が湧くわけよ。やっぱり毎日戦争をやってる世界に生きてると、精神衛生にもよくないからさ。いくら慣れてるって言ってもさ。
アイ   そんなものなのかな? ‥‥よくわかんないけど。
愛    そんなの、わかんないのが良いのよ。良いに決まってる。
アイ   え?

愛    ♪平和が終わって僕らは生まれた
     平和を知らずに僕らは育った
     大人になって歩き始める
     平和の歌を口ずさみながら
愛・朔太郎 僕らの名前を覚えてほしい
     平和を知らない子供たちさ

アイ   何、その歌?
愛    一九七〇年頃に流行った「戦争を知らない子供たち」という歌の替え歌。休戦期の時代の歌ね。これ、すごくヒットしたのよ。そういう超懐メロのパロディみたいなのが今、流行ってるの。
アイ   へー。‥‥おもしろいって言っていいのかな?
愛    いいんじゃない? 私たちだっておもしろがってるんだから。
朔太郎  まあ、自虐的、自嘲的とも言うけどな。
愛    ‥‥自分のことを悲劇のヒロインとは思わないけど、それでもやっぱり逃げ出したくなる時はあるのよ。「なんでこんな時代に生まれちゃったのかなー」って感じは、みんな漠然と持ってると思うわ。
アイ   ‥‥‥。
愛    ‥‥なんでこんな時代に生まれちゃったのかな?
アイ   ‥‥なんでこんな時代に生まれちゃったのかな?
愛    え?
アイ   ‥‥あたしだって、たまに思う時があるよ。
愛    え? ‥‥どうして?
アイ   うーん、どうしてかな? ‥‥ていうか、どんな時代に生まれたって、そう思うんじゃないかな?
愛    え?
アイ   「こんな時代に生まれて、私はラッキーだなあ!」なんて思う人、いたりするのかな?
愛    ああ‥‥なるほど。
アイ   ちょっと想像できないよ。
愛    確かに。‥‥言われてみたら、そうだよね。
アイ   でしょ?
愛    うん。
アイ・愛  フフフフフ。

愛    幾時代かがありまして
アイ   茶色い戦争ありました

     途中から静かな音楽。
     ゆっくりと照明が変わって行く。

愛    幾時代かがありまして
アイ   冬は疾風吹きました

愛    幾時代かがありまして
アイ   今夜ここでのひとさかり
愛    今夜ここでの一と殷盛り

アイ   サーカス小屋は高い梁(はり)
愛    そこに一つのブランコだ
アイ   見えるともないブランコだ

愛    頭さかさに手を垂(た)れて
アイ   汚れ木綿(もめん)の屋根のもと

アイ・愛 ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

     アイと愛、河原の土手にすわる。
     所在なく思い出したように石を投げる。

朔太郎  死んだ男の残したものは
     ひとりの妻とひとりの子ども
     他には何も残さなかった
     墓石ひとつ残さなかった

アイ   あのね、お母さん。
愛    え? なあに?
アイ   お父さんって、お星様になったんでしょ?
愛    え?     ‥‥ああ、そうよね。
アイ   お星様になるって、死ぬってことなんでしょ?
愛    え。
アイ   ナンシーがそう言ってたよ。
愛    ‥‥‥。ああ‥‥そうなの。
アイ   ねぇ、お母さん。
愛    ‥‥なあに?
アイ   お父さんのお星様ってどれ?
愛    そうねえ。
アイ   ねえ、どのお星様なの?
愛    そうねぇ。
アイ   えー、それじゃわかんないよ。そうねえじゃわかんないよ。
愛    そうねえ。
アイ   もー、そればっかり!
愛    そうねえ。
アイ   ‥‥そうねえ。
愛    そうねえ。
アイ   そうねえ。
アイ・愛  アハハ。アハハハハハ。

朔太郎  ♪死んだ女の残したものは
     しおれた花とひとりの子ども
     他には何も残さなかった
     着もの一枚残さなかった

愛    たぶんね、あの星よ。(空を指さす)
アイ   え、あのお星様なの?
愛    たぶん、そう。
アイ   えー、お母さん、どうしてわかったの?
愛    アイちゃん、以前あの白い星が好きだって言ってたでしょ?
アイ   ああ、うん。ピカピカ明るいもん。
愛    だったら、あの星よ。
アイ   えー、どうして?
愛    だって、アイちゃんが好きな星だったら、お父さんも好きな星だから。
アイ   え? 何、それ?
愛    アイちゃん、お父さん好きでしょ?
アイ   うん。大好きだよ。‥‥会ったことはないけど。
愛    お父さんもアイちゃんのことが大好きだから、だから、アイちゃんの好きなあのお星様が、お父さんのお星様よ。
アイ   そっかー。そーなんだ。
愛    そうなのよ。
アイ   へー。‥‥だったら、私、もっともっとあのお星様を好きになる
よ。
愛    そうね。そしたら、お父さんもお空の上で笑って下さるわよ。
アイ   え? お父さん、お空の上で上で笑ってるの?
愛    そうよ。アイちゃんを見て、笑ってる。
アイ   おーい。‥‥おーい! ‥‥お父さーん!
愛    ‥‥‥。
アイ   お父さーん! ‥‥聞こえるかな?
愛    そりゃ、聞こえてるわよ。そんなにおっきな声で呼ばれたら。
アイ   だよね。おーい、おーい、お父さーん。聞こえますかー!
愛    聞こえてるぞー。
アイ   ええ? 何で? お母さんはお父さんじゃないよ。
愛    お母さんにはねえ、聞こえるのよ。お父さんの声。
アイ   え! ほんと!
愛    ほんとよ。‥‥だって、アイちゃんは、お父さんとお母さんの子供じゃない?
アイ   そっか! ‥‥おーい、お父さーん。
愛    はいはいー。何ですかー?
アイ   私の声が聞こえてますかー?
愛    はいはい。聞こえてるよー。
アイ   私の顔が見えますかー?
愛    はいはい。見えてるよー。
アイ   わー。すごいすごい。
愛    ほんとね。すごいすごい。
アイ・愛  アハハハハハ。

朔太郎  ♪死んだ子どもの残したものは
     ねじれた脚と乾いた涙
     他には何も残さなかった
     思い出ひとつ残さなかった

アイ   ねえねえ、お母さん。
愛    なあに?
アイ   お母さんも死んだらお星様になるの?
愛    うーん。どうかな?
アイ   私も死んだらお星様になるの?
愛    うーん、どうかな?
アイ   お空にはお星様がいっぱいだね。
愛    うん、そうだね。きれいだね。
アイ   うん。きれい。

     二人、しばし星を見つめる。

アイ   みんなみんな、死んじゃったのかな?
愛    え?
アイ   みんな死んじゃって、お星様になったのかな?
愛    ‥‥うーん‥‥どうなんだろうね?
アイ   いっぱいいっぱい死んじゃったんだね。お空いっぱい死んじゃったんだね。
愛    うーん。そうかなあ? そうかもしれないね。
アイ   そっか。
愛    ‥‥‥。
アイ   ‥‥どこから来て、どこへ行くのか。
愛    え?
アイ   ううん。何でもない。
愛    あ‥‥そう?
アイ   うん。‥‥クシュン。
愛    どうしたの? 寒い?
アイ   ううん。平気。
愛    まだ、夜になるとちょっと冷えるわね。お昼は暑いのにね。
アイ   うん。そうだね。
愛    何か、羽織るもの持って来ましょうか?
アイ   ううん。大丈夫。
愛    そう?
アイ   うん。
愛    ‥‥でも、もう、すぐに夏になるわ。
アイ   うん。そうだね。
愛    ‥‥♪夏が来れば思い出す
アイ   何、その歌?
愛    昔々の歌よ。お母さん、学校で習ったの。
アイ   へー。‥‥何を思い出すの?
愛    え?
アイ   夏が来れば思い出す。
愛    ああ‥‥。そうね。‥‥何かな?
アイ   え? わかんないの?
愛    まあ、いろいろね。‥‥いろんなことを思い出すのよ。
アイ   へえ、そうなんだ。
愛    生きてるとね、思い出すことがいろいろと増えて行くのよ。
アイ   へえ。
愛    ‥‥思い出したいこともいっぱいあるし。思い出したくないこともいっぱいあるし。
アイ   へー、そうなんだ。
愛    うん。‥‥アイちゃんも、大人になるとわかるわ。
アイ   へー、そうなんだ。‥‥思い出したくないことって何?
愛    まあ、いろいろね。‥‥いろいろあるのよ。いろいろ。
アイ   へー。
愛    うん。

朔太郎  ♪死んだ兵士の残したものは
     こわれた銃とゆがんだ地球
     他には何も残せなかった
     平和ひとつ残せなかった

アイ   ねえ、お母さん。
愛    なあに。
アイ   クシュン。
愛    あら、やっぱり寒いのね。
アイ   かな?
愛    そろそろ帰りましょう。
アイ   うん。
愛    風邪ひいちゃいけないから。さ、もう帰りましょう。
アイ   ねえ、お母さん。
愛    え?
アイ   どこに帰るの?
愛    え? おうちよ。おうちに帰るのよ。
アイ   そっか。おうちか。
愛    え? アイちゃん、何言ってるの?
アイ   私たちの帰るおうち。
愛    そうよ。私たちのおうち。
アイ   どこにあるのかな?
愛    え?
アイ   ううん、何でもない。
愛    そう?
アイ   ♪おうちがだんだん遠くなるー
愛    え? そんな歌、どこで覚えたの?
アイ   ジュンちゃんに教えてもらったの。
愛    へえ。‥‥よくそんな歌知ってるわね。
アイ   おばあちゃんに教えてもらったって言ってたよ。
愛    へえ、そうなんだ。‥‥ジュンちゃんのおばあちゃんっておいく
つ?
アイ   百歳!
愛    え!
アイ   うそうそ。よくわかんない。‥‥でも、すっごいしわくちゃのおばあさんだよ。
愛    ああ、そう。
アイ   うん。
愛    じゃあ、帰りましょ。
アイ   うん。帰ろ。

     二人、立ち上がって、歩き始める。

アイ   ♪おうちがだんだん遠くなる 遠くなる
愛    ♪今来たこの道帰りゃんせ 帰りゃんせ
二人   あはははは。

     二人、去る。

朔太郎  ♪死んだかれらの残したものは
     生きてるわたし生きてるあなた
     他には誰も残っていない
     他には誰も残っていない

     死んだ歴史の残したものは
     輝く今日とまた来る明日
     他には何も残っていない
     他には何も残っていない

     一瞬暗転。
     ゆっくりと朔太郎が浮かび上がる。

朔太郎  ロボット三原則というのをご存じですか? 私はSFファンではないので、あまり詳しくは知らないのですが、子供の頃、鉄腕アトムか何かで聞いたことがあります。
これは、ソ連のSF作家のアイザック・アシモフが作ったルールで、元々は、自分のSF小説に登場するロボットについてのルールだったのですが、いつのまにかロボット全般のルールみたいになりました。
一番有名なのは、「ロボットは人間に危害を加えてはならない」というヤツですね。これが確か第一原則です。それから、「ロボットは人間の命令に従わなければならない」だったかな?
これは、法律でも何でもないのですが、不思議なことに科学者たちは長い間、不文律のように守って来たみたいです。
でも、AIが登場して、状況は一変しました。なにせ、AI兵器なんてのができちゃいましたからねぇ。兵器に「人を傷つけてはいけないよ」なんて言ってたら、それこそサルバドール・ダリもびっくりのシュールリアリズムですよねぇ。
‥‥前置きが長くなりました。実は、別にロボットの話をしたいんじゃないんです。
このロボット三原則と似たような、タイムトラベルのルールってありますよねぇ。これはSFドラマでもよく使われてるんですが、「過去を改変してはいけない」とか「歴史に痕跡を残してはいけない」とかあるでしょう? 一番重要なのは「自分の親とか先祖を殺してはいけない」というヤツで、そりゃそうですよね。親を殺した瞬間に、自分の存在がなくなっちゃうんだから、これはヤバすぎる。こういうのをタイムパラドックスって言うのだそうです。
でもねー、ちょっと半分寝ながら考えてみたんですが、このルールってどうなんでしょ? 「過去や歴史をいじるな」とか言ってもね、考えてみたら、いじった瞬間に、もう、それが新しい歴史になってるわけですよね。だったら、歴史をいじったとか歴史が変わったいう事実さえ存在しなくないですか? 例えば、誰かが織田信長を本能寺から脱出させたとしたら、ひょっとして、織田さんの子孫が天皇になってるかもしれない。なってたとしても、もう、それが現実なわけで、ヒロノミヤ君とか、もうどこかにいっちゃってるんだから、誰も「前はこうじゃなかった」なんてわかんないじゃないですか? だったら、ひょっとしたらもう毎日いじくられまくってるのかもしれないなーとか、不謹慎なことを考えたりして。
それで、これも半分寝ながら考えたんですけど、もし、タイムマシーンがあったら、絶対にボロもうけできるなって。よく、タイムマシンで未来に行って、宝くじの当たり番号を見ちゃうとか、当たり馬券をインサイダーするとかという話がありますが、そんなの小さい小さい。私だったら、二十年前に行って、液晶テレビを売っちゃいますね。二十年前って言ったら、大型の液晶テレビは確か百万円以上してたから、もう濡れ手に粟ですわ。それから、十年前に行って、新型のアイフォンを一千万円で売るとか。
‥‥とかとかろくでもないことを考えてたら、えぐいことを思い付いちゃいまして。
例えば、百年、二百年前のご先祖さんの世界って、文明の進化のレベルから言ったら、完全に後進国、いや、未開の国じゃないですか? たとえアメリカなんかでもそうですよ。だったら、それを植民地にしちゃうとか、更にはご先祖さんたちを奴隷にしちゃうとか、できちゃいますよね?って考えたら、すごくないですか? グッドアイデアだ!って一瞬思ったんですけど、でも、そうしたら、私たちも未来人の奴隷になる可能性があるわけで、更に、そのもっと未来の人間が軍隊を送り込んで来るとか‥‥もう、わけがわかんない。これこそタイムパラドックスですわ。怖いですねー。寝られなくなっちゃいますよ、ホント。‥‥まあ、半分寝ながら考えたんですけどね。
あー、怖い、怖い。‥‥怖い、怖い。

     朔太郎、公衆トイレに去る。
     入れ替わりに、アイが公衆トイレから出て来る。
     財布を取り出して、公衆電話に硬貨を入れる。
     ダイヤルを回す。
     話し中の音。電話を切る。
     しばらく、アイは待っている。
     再び、電話をかける。
     電話がかかる。

電話の声  おかけになった電話番号は、現在使用されておりません。番号をお確かめの上、もう一度おかけ直し下さい。おかけになった電話番号は、現在使用されておりません。番号をお確かめの上、もう一度おかけ直し下さい。
(ツー、ツー、ツー。)

     突然、外国語の声が聞こえ始める。
     アイはそれを聞いている。

     愛が出て来る。

愛    何してるの?
アイ   あ。(電話を切る)
愛    ‥‥懐かしいわねえ。公衆電話なんて。
アイ   ああ‥‥そうね。
愛    最近の若い人は、かけたことないから使い方がわからないって聞いてたけど‥‥。あなたは使えるのね。
アイ   ああ‥‥うん。一応。
愛    ‥‥どこにかけてたの?
アイ   ああ‥‥ちょっとね。‥‥友達‥‥かな?
愛    そうなんだ。‥‥ふーん。
アイ   ああ、うん。
愛    ‥‥別に切らなくてもよかったのに。
アイ   いや‥‥ちょっとびっくりしちゃって。
愛    え? ‥‥私?
アイ   ああ、うん。‥‥誰もいないって思ってたから。
愛    ごめんなさいね。‥‥もう真夜中だもんね。そりゃ、びっくりするわよね。
アイ   いや‥‥別に、いいんだけど。
愛    私のことは気にしないで、かけたらいいよ。
アイ   ああ‥‥。
愛    友達なんでしょ?
アイ   ああ‥‥うん。
愛    もしかして‥‥彼氏さん?
アイ   彼氏‥‥じゃない‥‥かな?
愛    そうなんだ。‥‥ま、いろいろあるわよね。私も若い頃はいろいろあったわ。
アイ   ‥‥そうなんだ。
愛    まあ、若くなくてもいろいろあるけど。‥‥でも、いろいろの濃さが、ちょっと違うかな? 若い頃と今じゃ。
アイ   いろいろの濃さ?
愛    あはは。ちょっとかっこつけて言っちゃった。‥‥ちょっとレトリック。
アイ   いろいろの濃さ‥‥か。ちょっとかっこいいね。わかる気もする。
愛    でしょ?
アイ   うん。

     しばしの間。

愛    あのさ。
アイ   え?
愛    こんなこと聞いてもいいかな?
アイ   え? どんなこと?
愛    アイちゃんは‥‥アイちゃんだよね?
アイ   え?
愛    私も愛だしさ。
アイ   ああ。
愛    何か、他人とは思えないんだよね。単なる偶然なのかもしれないけど。
アイ   ああ‥‥それは、あたしも思ってた。何となくだけど。
愛    ああ、そうなんだ。やっぱり。
アイ   まあね。
愛    ‥‥私の愛は、「恋愛」の愛。ラブの愛だけど、あなたは?
アイ   私は、カタカナ。カタカナの「アイ」。
愛    ああ、そうなんだ。それは思わなかったわ。‥‥音だけで聞いてるとわかんないわね。
アイ   そうだね。‥‥あたしも今、初めてわかった。
愛    そうなんだ。
アイ   そう。‥‥へーんなの!
アイ・愛  あはははは。

     しばしの間。

愛    ‥‥さっき、私、難民だって言ったでしょ?
アイ   ああ‥‥うん。
愛    難民って言っても、時空の難民、タイムトラベルの難民だけどさ。
アイ   ああ‥‥。
愛    とにかく、戦争ばっかりの時代っていうのに耐えられなかったの
よ。とにかく戦争のない時代に行きたいって、十代の頃からずっとずっと思ってたの。
アイ   ああ、そうなんだ。
愛    で、とにかく過去へ行こうって決めちゃったんだけど。‥‥ほんとは、もっともっと前の時代に行けばよかったんだろうけど、難民の私には、そんなの細かく選べないからさ。
アイ   うん‥‥。
愛    結局、戦争の始まりの時代に来ちゃってね。‥‥ちょっと失敗したかなって‥‥そう思い続けて。でも、どうしようもないからさ、もう、こっちに来て長くなっちゃったし。
アイ   ふーん。
愛    それで、アイちゃんに出会って、これは他人とは思えないなーっ
て。
アイ   ああ‥‥そうなんだ。
愛    ‥‥あのさ。
アイ   え? 何?
愛    あなたは私かもしれない。‥‥とか言ったら、頭のおかしいおばさんだって思う?
アイ   え? ‥‥うーん。
愛    思わない?
アイ   うーん。

     しばしの間。

愛    ‥‥ねえ、アイちゃんは、生まれ変わりとか、リ・インカネーションとか、輪廻転生とか信じるタイプ?
アイ   ああ‥‥、実はね、あたしも今、そういうことを言おうかなって思ってたの。
愛    え、そうなの? マジで?
アイ   うん。マジで。
愛    そっかー。そーゆーことってあるんだね。
アイ   みたいだねー。
愛    だったら、やっぱり、あなたは私よ。ちょっと無茶苦茶だけど、そうだわ、きっと。
アイ   やっぱりそうなのかなー?
愛    まあ、生まれ変わりって言ったら、どっちかが死んでるはずなんだけど、何せ、私は時空の難民で、その辺の時系列ってやつ? それがもう初めからグチャグチャだから。
アイ   うーん。何かわけがわかんないけど、そういう強引さは好きだな。かえって信じられるって言うか、説得力がある感じがする。
愛    うんうん。不合理故に我信ずってやつだね。
アイ   え? 何それ?
愛    えー、知らないの?
アイ   知ってるわけないじゃん。
愛    あー、そういうキッパリした開き直りは好きだな。
アイ   やっぱり、そう思う?
愛    うん、思うよ。
アイ   気が合うね。
愛    そりゃ、あなたは私で、私はあなたですもの。
アイ・愛  アハハハハハ。

     音楽。(「廃墟の鳩」ナターシャ・グジー)

朔太郎  私が小石を投げる
     小石は水面に刺さります
     水面はまあるく波紋を広げます
     ゆっくりとゆっくりと ゆらゆらとゆらゆらと
     水面は揺れて
     波紋はだんだん大きくなって
     やがていつの間にか見えなくなって消えていきます
     私はそれを見ています
     飽きもしないで見ています いつまでもいつまでも
アイ   私が また 小石を投げる
     小石は 小さなしぶきをあげます
     小さな音をたてて水面(みなも)に刺さります
     それはあまりに小さいので
     誰にも見えないかもしれません
     誰にも聞こえないかもしれません
愛    小さな波はまたゆらゆらと揺れます
     そして消えて行きます
     それを私は見ています いつまでもいつまでも
     ゆっくりとゆっくりと ゆらゆらとゆらゆらと
朔太郎  これまでいくつの石を投げたでしょうか
     水底にはいくつの石が沈んでいるのでしょうか
     それは誰も知りません
     ただただ繰り返す 飽きもしないで
アイ   朝が来て 昼が来て 夜が来て
     また朝が来て 昼が来て 夜が来て
     私は小石を投げるのです
     ただただ繰り返す 飽きもしないで
愛    春が来て 夏が来て 秋が来て 冬が来て
     また春が来て 夏が来て 秋が来て 冬が来て
     私は小石を投げるのです
     ただただ繰り返す 飽きもしないで
朔太郎  いくつの悲しみと いくつの喜びと いくつの退屈と
     いくつの恥じらいと いくつの後悔と いくつの怒りと
     いくつの愛と いくつのためらいが 沈んでいるのでしょうか
アイ   いくつの時代と いくつのあやまちと いくつの生と
     いくつの死が 沈んでいるのでしょうか
愛    いくつの道を歩けば人は人になれるのでしょうか
     いくつの弾(たま)を打ては戦いをやめられるのでしょうか
     何度見上げれば空が見えるのでしょうか
     いくつの耳があれば悲しみが聞こえるのでしょうか
     何人の人が死んだら人は気付くのでしょうか
朔太郎  それでも今日も 私は小石を投げる
     飽きもしないで
三人   ゆっくりとゆっくりと
     ゆらゆらとゆらゆらと
     水面は揺れて
     波紋はだんだん大きくなって
     やがていつの間にか見えなくなって消えていきます
     水面はいつもの静けさに戻ります
     まるで何もなかったかのように
     ただ繰り返すのです
     ゆっくりとゆっくりと

     とりあえず 私は今、生きています
     ゆらゆらと ただゆらゆらと
     ただ繰り返しています 飽きもしないで
     飽きもしないで

愛    ねえ。
アイ   え?
愛    電話、しなさいよ。用事があったんでしょ?
アイ   ああ‥‥。でも、もういいかな?
愛    え? どうして?
アイ   電話したら、もう会えなくなるかもしれないから。‥‥あなたと。
愛    え? それ、どういう意味?
アイ   うーん。どうしようかな?
愛    だから、何なの?
アイ   ‥‥言っちゃおうかな?
愛    え? 何を?
アイ   うーん。
愛    言っちゃえ、言っちゃえ。何か知らないけど。言いたいこと言わないと、おなかがふくれちゃうのよ。
アイ   え? おなかがふくれる? 何、それ?
愛    昔々の人が、そう言ってたの。
アイ   へー。‥‥変なの。
愛    変だよね。確かに。‥‥それで?
アイ   ‥‥うーんとね。‥‥あたしも、たぶん、難民なのかな?移民? 
あなたの時代の言葉を借りればだけど。
愛    え?
アイ   あたし、あなたより、先の時代から来たのよ。たぶん。
愛    え?
アイ   タイムトラベルって、つじつまを合わせるのに疲れちゃうでしょ? 全然違う時代の人間だからさ。でも、過去をあんまりむちゃくちゃにいじるわけにもいかないしさ。
愛    ‥‥ああ‥‥まあ‥‥そうだね。
アイ   だから、そういうストレスを感じなくてもすむようになったのよ。あたしの時代では。
愛    え? ‥‥それって、どういうこと?
アイ   難しいことじゃないのよ。その時代の人間になっちゃうのよ。なりきるってこと。
愛    その時代に‥‥なりきる?
アイ   そう。記憶とか、意識とかをその時代にフィットさせちゃうの。十九世紀なら十九世紀の人に、二十世紀なら二十世紀の人になっちゃうの。身も心もね。
愛    え。
アイ   ‥‥まあ、最低限の意識や記憶は残すんだけど。今しゃべってるみ
たいにさ。‥‥そうしないと帰れなくなっちゃうからね。
愛    ‥‥‥。

     しばしの間。

アイ   それで、帰りたくなったら、電話をかけるのよ。‥‥そう、あの公衆電話にね。
愛    え、電話? どうして公衆電話?
アイ   まあ、携帯電話だと、二十一世紀からしか使えないじゃない? 有線の電話だと、百年以上歴史があるからね。汎用性(はんようせい)ってことかな?
愛    ‥‥汎用性。‥‥なるほど。
アイ   ‥‥でも、ちょっと気が変わっちゃった。もう少し、ここにいることにするわ。
愛    え? ‥‥どうして?
アイ   あなたのこと、知りたくなったから。
愛    え? 私のこと?
アイ   あなたが私で、私があなたで。
愛    え?
アイ   なんか、不思議よねぇ。‥‥あなたと私と。‥‥いったい何なのかしら? あなたはお母さんなの? ご先祖様なの? それとも、やっぱり‥‥あたしなの?
愛    ああ‥‥そうね。
アイ   うん。ほんと、不思議よねぇ。ナゾだよねぇ。
愛    ナゾか‥‥。そうよねぇ。
アイ   だから、もう少し、あなたと一緒にいたくなったの。‥‥結局わかんないかもしれないけど。
愛    そっか。‥‥そうなんだ。
アイ   うん。

朔太郎  それで、どうなってるのかな?
アイ・愛  え?
朔太郎  君の時代には、もう戦争は終わっているのかな? 二十二世紀か、
二十三世紀か、知らないけど。
アイ   え?
朔太郎  そこのところ、ぜひお伺いしたいね。
アイ   ‥‥‥。
朔太郎  どうなのかな?
アイ   ‥‥ごめんなさい。
朔太郎  え?
アイ   わかりません。
朔太郎  え? わからない?
アイ   そう。わからないの。‥‥だって、今、私は二十一世紀の人間だから。
朔太郎  え? ‥‥ああ、そうか。
アイ   まあ、電話をかけたらわかるんだろうけど。
朔太郎  電話‥‥。
アイ   でも‥‥今はかけたくないわ。‥‥もうしばらくここにいるって決めたから。
朔太郎  ああ‥‥。

     しばしの間。

アイ   ‥‥それに。
朔太郎  え?
アイ   ‥‥知らない方がいいんじゃないかな?
朔太郎  え?
アイ   そういうことってあると思うのよ。‥‥何でもわかっちゃえばいい
ってことでもないと思う。‥‥特に未来のことなんかはね。
朔太郎  ‥‥‥。
アイ   ‥‥未来ってさ。
朔太郎  え?
アイ   わからないから人は生きていける‥‥みたいな。そういう感じがしない?
朔太郎  ‥‥ああ。
愛    ‥‥それは、そうかもしれないわね。
アイ   でしょ?
愛    でも。
アイ   え?
愛    それ、何か、無理やり名言を言おうとしてない?
アイ   あれ、ばれちゃった?
愛    そんなのバレバレだよ。
アイ   あちゃー。そっか。バレてたかー。
アイ・愛  アハハハ。アハハハハハハハ。

     音楽。(「最後のニュース」井上陽水)

     闇に沈む月の裏の顔をあばき 青い砂や石をどこに運び去ったの
     忘れられぬ人が銃で撃たれ倒れ みんな泣いたあとで誰を忘れ去ったの
     飛行船が赤く空に燃え上がって のどかだった空はあれが最後だったの
     地球上に人があふれだして 海の先の先へこぼれ落ちてしまうの
     今 あなたに Good-Night ただ あなたに Good-Bye

     暑い国の象や広い海の鯨 滅びゆくかどうか誰が調べるの
     原子力と水と石油達の為に 私達は何をしてあげられるの
     薬漬けにされて治るあてをなくし 痩せた体合わせどんな恋をしているの
     地球上のサンソ、チッソ、フロンガスは 森の花の園にどんな風を送ってるの
     今 あなたに Good-Night ただ あなたに Good-Bye

     機関銃の弾を体中に巻いて ケモノ達の中で誰に手紙を書いているの
     眠りかけた男達の夢の外で 目覚めかけた女達は何を夢見るの
     親の愛を知らぬ子供達の歌を 声のしない歌を誰が聞いてくれるの
     世界中の国の人と愛と金が 入り乱れていつか混ざりあえるの
     今 あなたに Good-Night ただ あなたに Good-Bye

     三人が、河原の土手に座り込んで、各々小石を拾って、好き勝手に投げる。
     照明がゆっくり変わって行く。
     ゆっくりと暗転。

                              おわり


※ 上演ビデオもありますので、よかったら御覧下さい。
 https://youtu.be/jdSSOqW5f2o 


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