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青春の後ろ姿のその先4 〜愛と幻想のファシズム④〜

 ラストシーンで、これは一番好きなシーンで、手帳に丸写したこともあるぐらい好きなシーンなんですけど、ゼロの死後、ゼロの自宅から撮りかけの映画フィルムが出てきます。
 引用します。

(以下引用)797文字

 「愛と幻想のファシズム」 それがゼロが北海道で撮ったビデオのタイトルだった。北海道に同行した「クロマニヨン」達をスローモーションで、逆光で映し、ゼロ自身のナレーションが入っていた。
「まだ兵士達は若い
だが彼らの顔には輝きがある
彼らは全体のために戦っているからだ
夢を追っているわけではない
急激な上昇気流に乗って、それを楽しんでいるのである」
 絵は十分足らずで終わり、ナレーションだけが調子を変えて続いた。それは俺に呼びかけたものだった。
「トウジ、だめだよ、このセミ・ドキュメンタリーは最悪だ、まったくボクは何を考えていたんだろう、ボクがイメージしたのはね、あれだよ、ほら、中南米のゲリラのフィルムがあるだろ?
 カストロ軍とかサンディニスタとか、まだゲリラだった頃のフィルムだ。あれだったんだ、ああいうフィルムほど人を勇気づけるものはないよね、彼らは無邪気で、真剣で、途上にあって、若くて、しかも現実にはすでに権力を握ってるんだ、スピードの頂点にいるわけさ、ボク達を撮ったものはどうなのかな、他のニュースフィルムなんかは案外いいかも知れないね、この作品はだめだけどね」
 俺は直海と一緒にビデオを観た。ナレーションも終わって席を立とうとすると、待って下さい、と直海が引き止めた。
「最後に何か映ってるんですよ、ピントがムチャクチャで何かわからないんですが」
それは水辺に打ち上げられた丸太のようなものだった。揺れてキラキラ光っているので水辺だということはわかる。
「キングサーモンだ」
と俺は言った。サーモン?と直海が不思議な顔をする。
「昔、あいつとカナダで釣りをして、結局あいつはキングサーモンが釣れなかったんだ、どこかの魚屋で買ってきて、湖の辺りに置いて撮ったんだろう」
 そのピントの狂ったサーモンは何かに似ていた。俺の中でうまく像を結ばなかった黄金のエルクにそっくりだった。

(引用ここまで)

 ゼロが魚屋で買って来て置いたであろう「ピントの狂ったサーモン」が、トウジが狩りの時にずっと追い求めていた「黄金のエルク」に見えるという、そしてそれはゼロのフィルムの中にしかない、決してトウジには手に入れられないものになったという、読んでいてどうしようもなく泣けて泣けてたまらない最後の一文は、まさに若き日の2人の魂、そして「愛と幻想」で満たされたファシズムそのものなんだと思います。

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