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仕込み中に考えたこと_2019/04/10

今日の仕込みは、やけに暑い。

停電中だから、扇風機もない風も吹かないキッチンが暑いのは仕方ない。

でも、何故か今日はいつも以上に汗だくになった。

理由はよくわからない。心なしか湿度が高いのかもしれない。

毎日鶏肉と向き合う時間は8時間。
仕込みは4時間。

4時間の間で鶏肉に切り込みを入れて、茹でてをひたすら繰り返している。

1ヶ月も続ければ大分要領も掴めて、何か少し考え事をしながら仕込みをできるようになった。

今日考えたことを書こうと思う。


カンボジアに来て1番大変だったこと

日本に帰ったら、色んな人に絶対聞かれるよなと思っている問いかけ。

自分自身もきになるから考えてみた。
1番はこれからも揺らぐことはない、初日だと思う。


非現実的な圧倒的現実

初日、私の頭の中はこの言葉で埋め尽くされていた。


RPGの冒険者にでもなった気分だった。
フィクションみたいな現実に放り込まれた。
自ら望んでではあったけれど、それでも面食らった。

「本当に来ちゃったよ」
「本当ここに住むの? 2ヶ月も? 」
「本当に屋台手に入るの?無くなったとか言われない? 」
「もし無理だったら帰ってきていいって、みんな言ってたなー」
「無理だったら帰ろ? 」

屋台が無かった最初の3日間くらいの間、ずっと死ぬかと思ってた。

なんの勝手もわからないで、ひとり。
どのお店が安全か安全じゃ無いかもわからない。
とりあえず怖いから、スーパーで買った味の無いコーンフレークを食べて凌いでいた。

何もかもが分からなくてキャパオーバーだった。

閉じこもって生きていたら心も元気が無くなってきた。
なんたって、私の部屋には開け放てる窓がないのだ。


屋台に生かされる

次手は、屋台が来た日。
この日もなかなか大変だった。


でも、「ああ私は屋台をやりに来たんだ」という思いは、私の心を救った。

やることがある、目的がある。

そのことがこんなに私を救うとは思わなかった。



どうにか成し遂げなければいけない。

あの時の必死さは、恐らく火事場の馬鹿力に匹敵する突き動かされ方だった。

私は屋台をやりに来たんだ。

絶対に、それだけはやらないといけない。

あの時の私は、私じゃ無かったと思う。
そのくらい勝手に手足が動いた。
もはや記憶もすこし曖昧なくらい。

そして、その執念は結果的に私を救った。


それからの屋台のこと

既に、カンボジアに来てから1ヶ月が過ぎようとしている。

感覚としてはあっという間。
でも、1日の密度は高い。

初日の「私の選択は間違いだったのかもしれない」という不安は、実際に屋台を営業してみて杞憂に終わった。

屋台には毎日沢山のお客さんが来てくれるようになった。

大変なことは沢山あるけど、それ以上に面白いことの方が沢山ある。

そして、少しずつ自分に自信を持てるようになってきた。

なんで自信が持てるようになったんだろうな。

否応無しに沢山の人と関わってみて、初対面でも笑顔で私から商品を買っていってくれる人が沢山いることを体感しているからかな。

会社やバイトのときは、そのうちの一人という感覚になりがちだけど、屋台にはそれが一切ないから。

私は私と商品の2つを売っていて、それ以上でも以下でもない。

そんな私から商品を買ってくれる人がいたり、継続して来てくれる人がいたりするのは尊いことだと思う。

人と人との幸せの循環の一部になれている感覚が、私は今とっても幸せだ。


今日の営業も、誰かを幸せに出来るといいな。

ご静聴、ありがとうございました。

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