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マドリードの蟻に教えられたこと <夫婦世界一周紀48日目>

だましだまし過ごしてきたが、ついに精算の時が来た。頭が割れるように痛い。

あ〜あ、せっかくのスペインだけれど1日休むことにした。考えてみたらタイからスペインに渡る工程で丸一日寝てない勘定になる。それに加えタイの熱波地獄で免疫が落ちたところに、ロンドンのカフェに吹き荒ぶ寒風が堪えた。鼻がまるで蛇口だ。

トゥヴァの鮮烈な体験からタイとスリランカを経て、徐々に旅に慣れてきた。新しいことに対する反応も含めてだ。動じる回数も少なくなったと同時に、感動の振り幅も減った気がする。それはスリランカであまりに同じような毎日を過ごしてきたからかもしれないが、由々しき事態であることはまちがいない。退屈しに世界旅行するなんて馬鹿みたいだ。

スペインは感動の国だし、ポルトガルは未知の国、モロッコは未踏の大陸、ニウエに至っては摩訶不思議の国だ。もっとワクワクしたいじゃないか。小学校の時に友達の家にお泊まりする前日の、目が血走っちゃうぐらいの高揚感をふたたび。その為には薬を飲んでたっぷり寝て体調を治してから、最高に旨くて美しい感動を浴びる必要がある。

ふらつく体をフウロに支えられながら、近くを散歩することにした。

民泊できる宿はたいてい観光地とは無縁のローカル感漂う場所にある。まるで多摩西部にある実家の街のようだ。あそこのマンションの一室に泊まった外人はきっとこんな気持ちになるに違いない。

誰も歩いていないだだっ広い道路を歩くと、横に公園があった。近くにあった工具から駄菓子まで売っているよろず屋みたいなところで量り売りのハリボーグミを買い、公園のベンチで食べることにする。

木目が見えないぐらいにスプレーで落書きされ、そのスプレーも褪せたベンチに不思議な安堵感を覚えて、腰を降ろした。弱い力の夕日に照らされた砂場を眺めながらグミを食べていると、足元に蟻の行列を見つけた。辿っていくと10メートル以上も伸びている。アゴが異常に発達していて噛まれたら痛そうなアリだったが、色は真っ黒で日本の蟻に似ていた。ちいさくちぎったグミを行列の間に落としてみると、無数の蟻が巣穴に持ち運ぼうとするも、グミが大きすぎてなかなか動かせない。数センチ動かしては諦める者、背中から押す者、二人で逆方向に引っ張る者もいる。人間そっくりで笑える。

スペインに住んでいても日本に住んでいても、習性は同じ。蟻は蟻、人間もやはり、人間だ。スペインだからスペインらしいことに捉われなくても、気づきは案外身近なところに転がっているかもしれない。この人気のない公園はまるで実家の公園のようで、くつろげて、そこがマドリードであることも忘れて、楽しかった。

それを楽しく思えるか。もの悲しさに目を向けるか、故郷を感じる風景に思うか。体調が悪くて観光できなかったことを嘆くか、散歩で見つけた小さな発見を喜ぶか。旅は見る側面で変わるのだ。

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外に出ることが出来ない今、旅をできること自体に価値が生まれつつあります。僕たちが見てまわった世界はもうないかもしれないけれど、僕らが家にいる時にも世界は存在していて、今日もトゥヴァだってニウエだってある。いつか全てが終わった時に、あそこに行きたいと思ってくれる人が一人でも増えたらいいなと思って、価格を改訂しました。 無料で公開したかったのですが有料マガジンを変更することが出来なかったので、最安値の100円に設定しています。

2018年8月19日から12月9日までの114日間。 5大陸11カ国を巡る夫婦世界一周旅行。 その日、何を思っていたかを一年後に毎日連載し…

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