コンサル流、団塊世代へのアプローチ
コンサル会社転職後、初の打合せは某メディア企業。新入りにも関わらず突然プレゼンを任せられたヒルズ氏、戸惑いながらも角刈り氏、お嬢とともに先方オフィスに向かう。もちろん資料は巨大なポスター印刷だ。(前回)
よりによって転職後の初プレゼンが、モニターではなくポスター印刷というのはいささか不満だな。
しかし、やるしかない。どんな状況でもベストを尽くすのがプロフェッショナルってもんだ。
さあ、始めるぞ。
◆社長が社長たる所以
「ほほう!」
狸のような先方役員、通称狸役員が満足げな声を上げる。
「これは素晴らしい!いやーコンサルの資料ってのはいつも分りづらいから助かるねぇ」
まじなのか。先方、ポスター印刷資料に歓喜している。というか、まだ中身見てないだろ?大きけりゃいいってもんじゃないと思うが、実際そういうもんらしい。
「俯瞰できることが重要、それこそが問題解決への入り口ですから」
したり顔で社長が話す。
いや、何一つ俯瞰できていない。 何せまだ表紙なのだ。これで満足するのが大手メディア企業の役員ーー。日本の未来に不安がよぎる。横をちらりと見るとお嬢が半笑い。同じようなことを思っているのだろう。角刈り氏は心ここにあらずだ。プレゼンを外されたのがよっぽど堪えたのか。
それにしてもだ、社長は完全にインパクトだけで持っていった。
人たらし、これぞ社長が社長たるゆえん。
プレゼンへの雰囲気は整った。素直に感謝しよう。
◆団塊世代の罠
順調にプレゼンを続ける。この役員用会議室は、会議室というより談話室。低めのテーブルにソファ。つまり紙でのプレゼンが非常にしづらい。さらに資料がでかすぎて手が届かない。
「失礼します」と一言添えたのち、ボールペンで話すところを指しつつ中腰で左右に移動。なんだこの苦行?
一方、狸役員は満足気。
そうこうするうちに、プレゼンはついにターゲット顧客の章へ。
この章が一番苦戦した。何せ社長案の「団塊世代へのアプローチ」は論理性を欠いている。コンサルとしてのプライドが許さず何度か資料から抹消したが、そのたび社長が激怒。団塊世代は不可避となった。
早く終わってくれ! 願いつつ説明する。
「いやあ、私はここが一番肝だと思っていまして!」
願い叶わず、社長の横やりが発生。
「確かにこの世代は人数も多いし、金も使いますしね」
狸役員も頷く。
どうすりゃいいんだ。
社長は完全に調子に乗ったぞ。
「そうなんです!これからは、このだんこん世代が活躍する、、、」
「「 げほっっっっっっ 」」
だ?
だだだ?
だんこん世代!?!?!?!?
それは、あれか? 男と書いて根と読む、じゃない、男に根と書いてだんこんと読むだっけ、ああ完全にパニックだ、一体社長は何を口走ったんだ。
お嬢を見ると、喜怒哀楽を一瞬で表現したような、即ち変顔をしている。「笑ってはいけない」という番組でよく見る顔だ。
「いやあ、仰る通りですよ!」
狸役員!すごいぞ、全く顔色が変わらない。さすがは役員というべきか。
しかし舐めてもらっては困る。コンサルタントは少しの変化も見逃さない。君の足が小刻みに震えていることを、私は知っている。
ちらりと角刈り氏を見る。
なに!? 顔色が変わっていない!? むしろ、何で噴き出したの君たち?と怪訝な顔をしているではないか。さてはお前、聞いていなかったな?
◆消えゆく栄光
いや、角刈り氏に構っている暇はない。まだこの会話は続いている。第二波に備えよ。見ればお嬢氏は軽くせき込むふりをしてハンカチを口に当てている。なんという防衛能力。
「つまり、このプレゼンはだんこん世代によるだんこん世代のための」
きた!強烈な第二波だ!!
「ぶ、ぶはぁっっっ!!!」
悲劇が起きた。
ようやく集中し始めた角刈り氏が、第二波を全身で受けてしまった。しかもあろうことか、まじ笑いしている。
「どうしたんだい?」
社長が不審そうに角刈り氏を見る。「どうしたんだい?」だって? そりゃこっちが言いたいセリフだ。角刈り氏、顔のにやけを制御できていない。
「今メディアに欠けているもの、それは双方向性です。これから高齢化の波を迎える日本では、、、」
お嬢がとっさに小話を始める。この辺りの臨機応変さはさすがだ。狸役員も聞き入っているではないか。スタンディングオベーションをしたいところだがぐっとこらえ、この間に態勢を整えよう。
ーーー
お嬢の救いの手により、話は双方向性と高齢化社会に逸れ、幸いにも第三波が来ることはなかった。
総じて、打合せはうまくいった。これで社内も通りそうだと狸役員は顔を綻ばせ喜んでいる。なんとかなった、、、ほっとしてエレベーターに乗り込んだ時だ。
「角刈り君、君はメディカルプロジェクトに専念してくれるかな?この案件はヒルズ君に任せるよ」
!
やはり、あの笑いが決定打となったか。しかし、さすがに同情するぞ。私が堪え切れたのも奇跡に近かったのだ。
角刈り氏、悲痛な面持ちで頷く。
エレベーターが1階に到着、社用車に乗り込む社長を見送る。
「じゃ、僕は寄るところがあるから電車で行くよ」
微笑みながら角刈り氏が手をあげる。
「やっぱり、営業までのフェーズが私は得意なのかな」
Pルデンシャル時代の栄光を思い出しているのだろうか。去り行く背中から溢れる悲哀を受け止めきれず、夕暮れの空を見上げる。
それとなくお嬢に話しかける。
「飯でもいくか?」
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