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「KIGEN」第二十八回
急に改まった医者は大人たちへ力強い目を向けた。いかなる検査をするにしても、未成年の彼等の意思に加え、保護者の了解はしっかり取り付けておかなければならない。平然と今度の事態に対峙している様に見えて、実は相当の覚悟と責任を抱いて担当医を担っていると、引き結んだ口と凛々しい瞳が物語っていた。白衣が草臥れていなければもっと説得力があっただろう。渉は息子へ直接意向を伺った。
「奏、どうする?受けてみるかい?」
注射は苦手だ。痛いのも苦手だ。血を見るのは恐ろしい。だがいちごうは絶対やると言うに決まっているし、ここで頑張らなければ肝心な事が確かめられない。奏も勇気を出して了承した。
「偉いね奏、頑張ろうね」
「うるさいよ」
いちごうの戯言発する程余裕のある態度が無性に腹立たしく、絶対泣かずに受けようと思った。二人の意向を確認すると、既に手配されていたらしくあっという間に血液検査の準備が整った。いちごうはシリコンに覆われた面積の方が多いため医者が自ら針を打った。続いて奏の番になると今度は看護師がてきぱきと彼の腕を取り、怖がる暇も無い位で、気付けば採血が始まろうとしていた。針の先が皮膚へ触れてちくっとし、血が見えたと思った途端に奏は両目を逸らした。自分も患部を押さえながら、いちごうは付き添うように傍へ立っている。
「お姉さん注射上手ですね、今度ご飯でも行きませんか」
「まあ、私でいいの?おばさんよ?」
「ええー!?見えないなあ!?」
「いちご・・剛一、無駄口止めなさい」
「はい、おしまい。ふふ、弟君の御蔭で痛がるの忘れたわね」
看護師は医者と二、三言葉を交わすと、二人分の検体をトレーに載せて足早に去って行った。
「検査機はスタンバイ済みだから、二、三十分で結果が出るかな」
「先生はさすがに用意周到だなあ」
「ありがとう。そうやっておどけてると、人工知能とはとても思えないね」
「そうですか?照れるなあ」
等と言いながら時間を潰す間に検査の結果が齎された。医者が早速デスクへ座り直して検査結果の詳細に視線を固定すると、取り囲む彼等にも再び緊張が訪れた。
「同じですね」
医者は続ける。
「確定するには気が早い部分もあるけれど、心臓部の隕石に付着した奏くんの血液を参考に、いちごうさんの血液が出来上がった可能性が高いね」
「はい」
「あの先生、もしかして、いちごうが奏のクローンなんてことはあり得ますか」
渉の思い切った質問に医者はううんと唸り腕を組んだ。
「あり得ないとは言い切れないけれど、現段階では血液型が同じと言うだけで、姿形は違うからなあ・・・うん、DNA鑑定をすればはっきりしますよ。そうだ、その必要があるな。早速手配しよう」
「えっ、僕未だ心の準備が」
「今日検査資料を採取しておいて、結果は後日だから。待ってる間に心の準備しておくといいよ」
「え」
白衣の腕が内線へ伸びる。片方の手はカルテへ走り書きをする。慣れている。話は凄まじい速度で進んで行く。奏は付いて行けているのか、行けていないのかも判然しない内に現実が容赦なく前進してゆく。僅かに不安があった。だがそれをねじ伏せる程の行動力と決断力を持った医者と、最早一人では無く仲間がいるという実感が奏の不安を払拭した。
十日程経って、一同は再び病院を訪れた。郵便で結果を受け取る事も出来たが事が特殊である為、医者も交えた場所で確認して、結果次第で今後の段取りを相談する。
「別人だね」
医者は先ず、きっぱりとそう言い切った。そしてにこっと笑う。目尻に皺が寄った。
「正確に言うと、大変酷似している部分がある。けれど違う人物だと言える、というところかな。ここから先は又僕の憶測に過ぎないから、話半分に聞いて欲しいんだけど―」
と前置きして一同を見渡すと、頷く彼等を確認して、話に戻った。
「意図せず付着した奏くんの血液が、いちごうさんの体内でどんな影響を及ぼしたか、仮に影響を及ぼしたとして、それが一体どの程度であったか、そこはまだ分からない。もしもこのままいちごうさんが進化を続けて、例えば人の構造と同じ皮膚や骨、臓器などの完成度というか、比率が上がるとしたら、新しい発見があるかも知れない。だから経過観察は必要だと思うよ。ああ、ここは、憶測じゃなくて、医者としての見解であり、提案。それでね、憶測に戻ると、鑑定結果の、大変酷似している部分がある、と云う点は、偶然ではあり得ない話で、付着した血液と無関係とは言い難い。何らかの作用が働いたとしか思えないんだよね。それならどんな作用が働いたのか、そう問われると、実はお手上げなんだ。だって考えてみてよ、仮に人間同士で相手の血液がこちらの皮膚へ付着したからと言って、こちらのDNA配列が変わる事なんて無いでしょう。あるとすれば感染症だよ。ただね、今のは全部過去の例に基づいた話だからね、今度の事例の参考になるのかは未知数だよね。条件が違い過ぎるから。例えばいちごうさんのAIが、心臓部に付着した血液を参考にして細胞を生み出したのかも!?とかね、ちょっとSFみたいなことも考えちゃったよ、隕石だしね、あはは」
そうなのだ。何を調べるにしても全てが初事例で、参考に出来るデータが存在しないのだ。予測不能の事態に対して、あらゆる可能性を排除せず、柔軟に対応していくしかない。
「先生」
真っ先に口を開いたのはいちごうだ。なんだい。と医者が顔を向ける。
第二十九回に続くー
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