見出し画像

短編「眠れぬ聖夜の男の子」5・終



 彼と友達になりたい。
 それがトウジの願いであった。三カ月前、偶然出会ったガラン番地の男の子。家族の為、村人の為に、小さなうちから一生懸命に働いている男の子。偶々出くわしただけなのに、弱った僕を助けてくれた、口は悪いけど、本当は多分優しい男の子。
 彼にまだきちんと御礼を伝えられていない。マフラーの御礼も出来ていない。服を買いに行く約束も果たしていない。だから僕は伝えたいと思った。届けたいと思った。正直に云って、僕の贈り物を喜んでくれる保証は無い。あんまり自信もない。けれど、心を込めたのは本当。届けたい想いも本当。だから僕は、真心で勝負すると決めたんだ。もしも、それでも彼がらないよってまた玄関へ走り出したら、その時は、名前を呼んであげよう。実は知っているんだ。僕は彼の名前を知っている。彼は教えてくれなかったけれど、彼のお母さんは名前を呼んでいたんだもの。


「ふふふ」
 思わず笑みが零れた。無事に出発して、歩くとあれ程遠いガラン番地がもう地上へ見えて来たものだから、トウジは少し気が緩んで笑みが零れた。声に自分で驚いて慌てて口を引き結ぶ。未だ着地が残っている。やがて見覚えのある屋根が見えて来た。


 どしーん。
 上等、とは云いがたい着地になった。お尻をさすりながらそりを降りて、トナカイ達をねぎらう。
「少し待っててね」
 そりの荷台から、聖夜だけ持ち出す事を許されている特別な白い袋を持ち上げると、たった一つだけのプレゼントを手に、玄関へと向かう。


 男の子はその登場に驚いた。瞳を数度瞬いて、それからトウジの姿を上から下まで眺め見て、口を開くのかと思えば、反対に閉じた。トウジはいい加減慣れそうな心臓の早鐘はやがね打ち鳴らしながら、手の中の物を差し出した。
「君にあげようと思って、作って来たんだ」
「何で俺?」
「受け取ってよ」
 男の子はおずおずと、だがしっかりその手に小振りな箱を受け取った。手作りらしいのでその場で蓋を開けてみる。
「あ」

 トウジからの贈り物は、男の子の店のエンブレムかたどった、木製の彫刻細工であった。丸いコースター程の大きさに、厚さは一・五センチ程あるか。二年後デビューの折に、そりに付けて貰えたらと考えたのだ。トウジの心臓はようやく落ち着きを取り戻していった。
 渡せた。それで物凄く安心できた。
「下手だなあ、俺が作った方が上手いや」
「そう思うよ。君は手先が器用だもんね。でも僕もこれからは大工の修行も始まるし、もっと上達するからね」
「俺だって今よりもっと上手くなるし、セーターだって簡単に編めるようになるんだ」
「そうしたら僕が買うよ」
「嫌だね」
「なんで」
 云い合いながら二人してにやにやしている。
「ちょっと待ってて」
 云うなり奥へ引っ込んで、また駆け足で戻って来た。
「これあげる」
「え!?何これ。今夜は僕が贈り物を届ける日だよ」
「いいから、はい」
 包装はなく、毛糸で編んだ帯状の物が手渡された。
「何これ」
「ハラマキ」
「何それ」
「お腹に着けるんだよ。そうするとお腹があったかいだろう。前にお腹弱いって、聞いたから。手袋よりも、そっちがいいかなって」
「へえ、こんなの良く知ってるね。初めて見たよ」
「昔グランマがプレゼントしてくれた手芸の本が俺のお手本なんだ。その本は村の本屋で買ったものでな、本屋の主人は、遠い東の島国で手に入れたんだってさ。字は読めなくても図があれば編み物は出来るから」
「へえ、凄いなあ。その上、本は便利なんだね。何処にでも運べて、まるで知識の泉だね」
 トウジは不意に世界を近くへ感じた。もしも合格貰えて一人前になれたら、来年は自分も世界をそりで駆け巡るのだと思うと、不安が全くない訳ではなかった。けれど今夜、まだ見ぬ世界を、屹度自分が想像するよりももっと広い世界を、今までよりも身近に感じる事が出来た。
「ハラマキありがとう。大事に使うよ」
「俺も、これ、取り敢えず部屋に飾っておく」
 つり目がきゅっと細くなって、三日月の様だった。男の子が笑ったのを、トウジはこの夜初めて見た。


 どしーん。
 満点の着地とは云い難かった。だがトウジは、無事にやりおおせた。トナカイ達を小屋へ返して御礼のご飯を遣り、そりを仕舞った頃にはへとへとになっていた。一日の終わりの食事を終えて布団に入った。真っ暗な部屋の中、天井を見詰めている。ぱたんと眠りに着くかと思ったのだが、どうにも興奮冷めやらない。トウジはだらしない位ににんまりと笑っていた。嬉しくて嬉しくて、心がすっかり高揚して、この晩はいつまでも眠れなかった。多分、彼もそうなのじゃないかと思って、またにやにやした。


 翌日、村で年に一度の賑やかなフェスタが始まる。村長が全員の無事の帰宅を確認し終えると、広場の真っ赤な旗を下ろす。始まりの合図である。雪かき終えた広場へは、村中から人々が集まって来て、思い思いの格好で、ゆったりとしたひと時を、大切な人々と過ごす。傍には美味しいお酒と搾りたてのジュース、それにとびきり美味しい料理もたんとある。中でもみんなが楽しみにしているのが、昔からの定番料理、サーモンのキッシュだ。村の料理人が、代々受け継がれて来たレシピで、丹精込めて次々と焼いてくれる。サーモンは漁師が川で獲ったもので、鮮度も抜群である。

 一方村長自慢の大竈では、皆の大好物のクリームシチューがコトコト煮えて、食べ頃だ。シチューを掬う木製のお玉を手にするのは村長その人である。
「さあさあ、みんな順番ですよ。ちゃんと全員分、シチューはたっぷりありますからね、並んで並んで、子どもを先に、通してあげて」
「村長、鍋の中へ落っこちないでよー」
「はい、ありがとう、気を付けまーす」


 そこかしこで笑顔が零れる。笑い声が雪景色にこだまする。陽射しに負けない位、温かな時間がそこには在った。ひゅんと冷たい風が吹く。大きなもみの木のツリーがゆったりと揺れた。金銀赤青白黄色。煌びやかな飾りが一様に揺れて、鈴の辺りに響かせる。
 深い雪に覆われた小さな村。世界中探してもここにしかない、特別な村である。大鍋の下で、薪がぱちぱちぜている。オレンジの炎が人々の温もりに満ちた頬を照らす。幸せそうな顔の中に、トウジは彼の顔を見つけた。向こうもトウジに気が付いた。
「やあ」
「おう」
「ハラマキ。ちゃんと着けて来た。とっても温かいよ」
 男の子は嬉しさ噛み殺す様に歯を食いしばった。けれども目元がとても堪え切れずに笑っている。トウジはそれで満足だった。友の黒い瞳に、オレンジが灯る。反対に男の子から見ても、トウジの薄茶色の瞳には、優しいオレンジが灯っていた。


「ハクヤ、メリークリスマス」
「メリークリスマス、トウジ!」
                           

               「眠れぬ聖夜の男の子」ーおしまいー




  あとがき

プレゼントを渡す側の人になって何年になるだろう。眠る子どもたちを起こさぬよう、そうっと枕元へ、賑やかな包装紙の贈り物を置いていた、あのどきどきとして、心はしゃぐ、特別な夜。自分はサンタさんの使者になったつもりで、毎年プレゼントを選び、届けてきた。

それなのに、クリスマスの朝目が覚めると、真っ先に枕元を見るのです。ああ、幾つになったら立派な大人になれるんだろう。


世界中のあなたへ、どうか優しいクリスマスをお過ごし下さいー

                      2021.12  いち

クリスマスのお話は他にこんなのもあります。


お読み頂きありがとうございます。「あなたに届け物語」お楽しみ頂けたなら幸いにございます。