見出し画像

「君の隣、枯葉舞う小道、今日も筆を執る」

 朝から風の強い日だった。夕べ月を隠した厚い雲は、一晩かけて町に深い秋を運ぶ雨を降らせた。気温が一息に下がると云う。窓からの風に吹かれては、夜空に想い馳せて、月を眺めて、あの人の平穏を願っていたけれど、もう空気が冷たくて、開け放しのままでは、おでこが冷たいってさ。

 今日は手紙を書こう。

 ランニングシューズへ足を入れて、玄関前でストレッチ。少し間が空いてしまったから、怪我の無い様にしよう。道の脇の、あのどんぐりはどうなったろうか。すすきは、山萩の花は、まだあるだろうか。天気は、どうにか持ち堪えそうである。腕時計を見て、愈々走り出す一日。飛び出した途端、向かい風に帽子を驚かされる。

 冷たくて気持ちの良い風が吹く。時に強く、鮮やかに秋を運ぶ。あんまり遊んで、枯葉舞う。はらり、はらり、あちらからも舞い込んで、戯れに肩へ、太腿へ、そして落ちて、かさり。こうしてまた一つ季節が進んでゆくのだ。自然はいつだって、静かに身を任せている。したたかに、穏やかに。

 書きたい事が積もっている。さてどれを書こうと考える。是非とも披露したい話や、日常の小さな出来事の話、読んだ本の話。沢山あるけれど、便箋には軽快に、無暗むやみに枚数重ねない様に、それでいて丁寧を心掛けたい。よく誤字脱字を発揮してしまうから。そして願わくば、読んで心のほっとする、そんな時間が届けられたら何より嬉しいと思う。

 折り返して、いつの間にか上り坂もおしまい。最後の一キロは、下り坂だ。燻る雲から雨粒ぱらぱら、去り際に、まだ降る。だが頭起こして、あの山の向こう、もう空は青い。いずれ晴れる。左足が行こうと張り切る。右足が焦るなと云う。風は背中から、太陽は真正面に。この時カーブ描きながら勇敢な顔見せたのは、線路ひた走る二両編成ワンマンカー。すれ違っておはよう、今朝も人を運ぶ。

 うん、矢張り真っ先にあれを書こう。そうと決まれば俄然地面蹴り出す。腕を振って、ただ家を目指す。熱が冷めないうちに、言葉が零れないうちに、筆を執ろう。

 今日も手紙を書きたい― そんな秋の朝である。

                  静かなる或る山の裾より  いち

この記事が参加している募集

ランニング記録

お読み頂きありがとうございます。「あなたに届け物語」お楽しみ頂けたなら幸いにございます。