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掌編、短編小説広場

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此処に集いし「物語」はジャンルの無い「掌編小説」と「短編小説」。広場の主は「いち」時々「黄色いくまと白いくま」。チケットは不要。全席自由席です。あなたに寄り添う物語をお届けしたい… もっと読む
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#よりみち

読み切りよりみち「ご飯を食べに行きましょう・後編」

※長編小説シリーズ「よりみち」の番外編です。長編でじっくり描く二人の関係性を凝縮したような読み切りです。 時系列で云いますと「よりみち・二」の後、秋のお話になります。「よりみちシリーズ」を読んでいなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。 全編どなた様にもお読み頂けます。    読み切りよりみち「ご飯を食べに行きましょう」(後編)  日本酒も尋常に、料理に合わせて出て来る。殆どはりか子が受け持つが、今夜は真瑠も常に無く一緒になって飲んでいる。どうやら酒の変わる都度女将さ

読み切りよりみち「ご飯を食べに行きましょう・中編」

※長編小説シリーズ「よりみち」の番外編です。長編でじっくり描く二人の関係性を凝縮したような読み切りです。 時系列で云いますと「よりみち・二」の後、秋のお話になります。「よりみちシリーズ」を読んでいなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。 全編どなた様にもお読み頂けます。    読み切りよりみち「ご飯を食べに行きましょう」(中編)  扉を引くと、直ぐに細くこじんまりとした通路である。出入りの音に気が付いて、出迎えに人のやって来る。先を歩くりか子を見て、互いに親しみの籠っ

読み切りよりみち「ご飯を食べに行きましょう・前編」

※長編小説シリーズ「よりみち」の番外編です。長編でじっくり描く二人の関係性を凝縮したような読み切りです。 時系列で云いますと「よりみち・二」の後、秋のお話になります。「よりみちシリーズ」を読んでいなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。 全編どなた様にもお読み頂けます。    読み切りよりみち「ご飯を食べに行きましょう」(前編)  真瑠の日常的に足運ばせる散歩道で、コスモスが揺れるようになった。誰かの家の庭先で、畑の一角で、公園の隅で、土手で、すいすい背を競い合っては

短編「三度目の掃除機」

 台所でジップロックに作り置き野菜を小分けしている母に向かって、 「私今日から彼の家で一緒に住むから」  と宣言した。母はいきなり 「まだ早い!」  と私を叱った。自分は二十歳で結婚した癖に。私は今二十三だ。  母はまるでコンビニ強盗でも捕まえるのかという形相で追い掛けて来たけど、既に荷造りを済ませていた私は玄関を飛び出し、そのまま母を振り切って逃げた。最初の曲がり角で一度だけ後ろを振り返った時、エプロン姿で玄関前に立ち尽くす母親の姿が見えた。やだもう、お玉とジップロック持っ

掌編「傘をささんとする」

 今日も雨が降っていた。  公民館の敷地内は、紫陽花が見頃となって、雨に打たれるも鮮やかに、紫と眩い桃色の球が咲き乱れている。傘を差してまで外へ出るのはあまり好きではなかったが、月二回の教室の日が重なってしまったのだから、駄々を捏ねても仕方が無いと、私はしとしと降り止まぬ雨を冒して外へ出てきた。  しかし歩いて十五分、来てよかったと早速思った。茂る濃緑の葉に守られて、絢爛たる紫陽花の見事なこと。思わず傘の下で我を忘れた。花壇の花に自ら足を止めるなど、独りになって以来初めてで

掌編「波打ち際、サクラガイ」

 出会いと別れが或る。それは望み通りにはならないもので、ある日突然やって来て、哀しいとか、寂しいとか、嬉しいとか、鼓動の高鳴りとか、心の内の、切ないのを、たった一瞬で、染め上げてしまう。  今僕の目の前にある、夕日のように。海の表面がくれない色に煌めいている。  砂浜で桜貝を見つけた。波打ち際でもっと奇麗なピンクがきらり輝いて見える。サンダルの足に砂が纏わりつく。むぎゅむぎゅする。楽しい。足首、脛まで海水に浸して、少しだけ冷たい。奇麗の行方を探す。見つけたと思った。手を伸

掌編「合羽少女、自転車に跨る」

 昼前だった。国道五十一号は相変わらず混雑している。目の前の信号が赤であるためブレーキを踏んだ。昨日から雨が降っていた。時に本降りになり、また小康状態になりながら、ずるずると燻るもったり厚い雲が、空を覆って街の向こうまで続いていた。ハンドルを掴んだまま、車内で首を回した。運転は嫌いではなかったが、連日視界が悪いとやはり肩が凝る。ぐるり弧を描いた視線はそのまま二回転して運転席の窓の外へ向けられた。そして、とある地点で止まった。  横断歩道の入り口に、一人の少女が立っていた。小

読切りよりみち「僕はこの時、この人の普段の顔が見てみたいと思いました」

※長編小説「よりみち」シリーズの番外編です。時系列は「よりみち」と同時期になります。 「僕はこの時、この人の普段の顔が見てみたいと思いました」  この際だから、彼の正直を持ち出すとしよう。  彼は当時の仕事に何の不満も抱いていなかった。元々特筆した長所もなければ社会的地位も欲していない彼は、月々の仕事への対価がそれなり口座へ振り込まれて、休日には会社から解放され自分の時間を謳歌できるのであれば、仕事の中身には大した執着も持ち得なかったからだ。にも拘わらず、大学を卒業時に、

読み切りよりみち「真瑠ちゃんは自分の手を知らない」

※長編小説シリーズ「よりみち」の番外編です。時系列で云いますと「よりみち・二」と同時期です。「よりみち・二」を読んでいなくてもお楽しみ頂ける内容です。 読み切りよりみち「真瑠ちゃんは自分の手を知らない」  りか子と真瑠が一緒に住み始めて一年以上が経っていた。二人で二度目の夏である。少しずつ彼女との二人暮らしに慣れてきた様子の真瑠は、それと同じ丈りか子へ懐いていた。これはりか子にとり只々嬉しい副産物であった。  先日の休みには二人で水族館へ行き、りか子の部屋にはペンギンが

掌編「いっぽ、にほ、かっぱ」

 会ったのか、と問われると、いやあ、どうなんだろうと首を傾げる。ただ、居るのか、と聞かれたら、うんと頷くしかない。  はっきり出会った訳では無いと思うのだけれど、知らず自分の海馬をすり抜けて、脳の片隅に、漠然と居座っている、記憶の様な、思い出の様な、一種の懐古の様なものがある。それが河童である。序に告白すれば鬼に対しても同じ事が云える。出会っていないと云い切れないのは、どれだけ過去を遡っても曖昧だからである。突き詰めようとすると暈される。掴もうとすると躱されるのだ。  ず

短編「小窓劇場」

 食事の度に上の歯の隙間に物が挟まって不可無いので、とうとう歯医者へ行く事にした。最初の予約をするまでは唯々億劫であったが、日取りが決まると少し安堵し、いざ通い始めると問答無用と半ば散歩の気分で外へ出掛けられるのが、案外に心地好いと感じるようになった。歯医者迄は歩いて十分もかからない。  診察室へ呼ばれた私は、手当たり次第に歯科助手へ挨拶しながら診療椅子へ身を預ける。病院何てもの自体が久し振りで挙動不審な私を、にこやかに、と云ってマスク越しだけれども、こんな四十のおじさんをに

掌編「彼と音楽と世界」

 彼は耳にイヤーピース差し込んで世界を遮断した。繋がる先にはお気に入りのSONYウォークマン。手早く操作して、音楽を流す。途端に誘われる音の世界。彼は暫し瞳を閉じた。  社会にはありとあらゆる音が溢れている。自然界のざわめきもあれば、人の織り成す世界もあって、話し声も、歌声も、祈りも、風説も、反旗も、皆彼の耳に入って来た。彼は殆どの場合それら全てを受け容れることが出来た。そうして又立ち上がってきた。けれども時々は耳を塞ぎたく思った。どうしてもしんどくて、もう不可ないと思った時

短編「まあるい地球」

 俺はフリーターでコンビニのアルバイト店員。高二からやってるからもう十二年以上になる。と自分で数えて驚いている所だ。ずっと同じ店に居るから店長も何人も代わっている。今の店長は若い。俺より年下で驚いた。今迄にやって来た店長と比べても大分若い女性店長だ。けれど滅茶苦茶やる気に満ち溢れた人だ。  アルバイトもヘルプの社員さんもそうなんだけど、大体みんなここへやって来ると、俺に質問してくる。俺が一番古株だからだ。この店のピーク時間帯とか、スタッフの雰囲気とか、売れ筋とか、常連さんと

掌編「だから笑って生きたい」

 自分以外の人が何を考えているのか分からない。家族だろうと他人だろうと、分からない事だらけなんだから。  もしも自分が何か、言いたいことを、自分の言葉で言ったとして、言われた相手はどう思うだろう。自分が言いたかったことは、伝えようと思った事はちゃんと伝わったろうか―そんなこと思い始めると夜もおちおち眠れない。暗闇に、一人起き上がって、ひゅうひゅう鳴る風の音を聞いている。星が流れるのを待っている。月が傾いて行くのを追い掛けている。  ほんとはそんなことしてる場合じゃない。い