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掌編、短編小説広場

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此処に集いし「物語」はジャンルの無い「掌編小説」と「短編小説」。広場の主は「いち」時々「黄色いくまと白いくま」。チケットは不要。全席自由席です。あなたに寄り添う物語をお届けしたい… もっと読む
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2021年8月の記事一覧

掌編「よっちゃんいかは右のポケットに」

 あと二日で九月になる。  今夜を入れて後三回月が昇ったら、夏休みが終わるってことだ。寂しい。僕は物凄く寂しいと思う。友達に会えるから嬉しいと云う子も居るんだろうけど、僕は、そんな風に言い合える子が、もう居ないんだもの。 「よお、久し振り!」 「おう!なんだよ、めっちゃ日に焼けてんじゃん」  休み明け、教室内でそんな会話を耳にすると、僕は羨ましいと思ってしまうに決まってるんだ。だから、どうにも、学校に行きたくない気がする。九月を、出来れば遠ざけて欲しいと無茶を思ってしまう。

掌編「風読み人の或る日常とジレンマ」

 思わず被っていた帽子を押さえ付けた。芒が波打って首擡げては身を震わせる。この広い草原に佇むは私ただ一人。ワンピースの裾が戯れに舞って自然と触れ合う。素足が擽ったい。野分だ。また強く吹いた。剥き出しの二の腕から腋の横をすり抜けて遠慮が無い。武骨だが嫌いじゃない。私は風を読み、風に生かされて日々を繋ぐ人であるから。 「ああ!ブラジャー見えた!」  甲高い声した方へ顔向ける。またあの子かと思う。 「五月蠅いぞ餓鬼んちょ」  近所の、と云って草原の向こう数キロ離れた家の子どもであ

短編「文豪パフェ」

 文豪パフェ・・・680円  とある町の片隅に、知る人ぞ知る喫茶店がある。そこの名物を食すため、電車を乗り継いで遥々やって来た。ローカル線の小さな駅を降りて、ドーナツみたいなロータリーを右に見ながら通り過ぎる。直ぐに一本道が始まって、二つ目の十字路を右に折れると、左手の角に喫茶店があると云う。ネット上には一切の情報が無く、そこへ無事辿り着いた人から人へ、少しずつ伝わって、やっと僕の番が来たのだ。噂だけは耳に入れていた僕は、友人からこの話が回って来た時、柄にもなく顔綻ばし

掌編「いつだってほろ苦い」

 余は泣き虫である。だが今は泣いている場合ではないので我慢している処である。月が目の前で逆さまに落っこちている。負け犬の烙印おでこに押された気分がする。せめて頭上に堂々己の眼持ち上げられたなら、こんな惨めはあの月同様水の中へ溶かされた筈である。然し溶けてそれからなんとしよう。己の羞恥と凡庸と優柔と陰気とが、一層派手に、世間へ詳らかにされてしまうだけでないかしらん。手に持つ苦い珈琲を啜った。  夜の公園であった。街灯の影が足元へ線を引く。目を凝らせば昼間の軽快な足跡が残されて

掌編「四時に集合なって言ったじゃん」

 エアコンが壊れた。夏の盛んな一番暑い日に。冗談にも程がある。  ワンルームの自室にとてもじゃないが居られなくなった俺は、窓の外を瞳に映すだけでうんざりしたけれど、新たなる涼みの土地を求めて、灼熱の世界へ半ばやけくそに身を投じた。熱を帯びるコンクリ踏みつけて七分、近所のカフェへ流れ着く。早速火照った体を冷やして生き返る。冷たいカフェオレを手に、空いているテーブル席に陣取って、ポケットからスマホを取り出す。待ち合わせ場所が変わった事を伝えるためだった。  あいつら元気にしてるだ

掌編「夏色」

少年は、いつもより早くに目が覚めた。夜中に少し汗を掻いていたはずだけれど、今は涼しいと感じている。タオルケットはお腹の処にだけ残っていた。ぱちんと開かれた黒い瞳。段々と天井の木目に慣れて来て、龍を見つける。人の顔を見つける。目線を逸らして窓の向こう、いつもの朝よりも空は静かだった。白い浮雲と目が合った。 太陽が猛然と迫りくるような町に、好奇心だけ持って出る時は、いつでも冒険者になった。額の横を汗が流れる時は、誇らしい気持ちがした。 写真屋のショウウィンドウに蝉がぶつかるの

掌編「八月六日と折り鶴」

「お前んとこのクラス一人何羽?」 「八」 「まじか。うちら十一なんだけど」 「誰か休んだとか?」 「それもあるし元々一人少ないだろ」  瞬の説明に啓介と大地は同時にああ、と納得の声を上げた。 「ってか瞬、お前折るの速くね?」 「そうか?」  瞬は手を止めずに、視線さえ持ち上げないまま答えて、黙々と鶴を折ってゆく。今年も全校生徒で千羽、鶴を折り、代表者の平和行進によって、市内の平和記念公園へ運ばれる事に決まっている。今年度は学校の都合で式典には間に合わなかった。瞬は小一の夏、関

掌編「姉の云い分、おやつのミニトマト。」

 わたし、茜と云います。小学六年生です。 「今日の当番誰よ」 「さや姉だよ」 「なんで水遣りしてないの。見なさいこれ、ミニトマトの葉が萎びてるじゃない、可哀想に」  たき姉は今怒っています。 「家庭菜園始めようって言ったのは誰?私か。もう。私お米研ぐから、あーちゃん先に水あげててくれる?研ぎ汁持って行くわ」 「うん、わかった」  たき姉は、植物に優しい人です。それに共働きで忙しい母と同じ位料理上手です。高校二年生であの腕前ですから、凄いなあって思います。  夕食後のリビン