壁際に追い詰められた日

「嫌い」という感情を初めて意識したのは長兄に対してだった。

私には兄が二人いる。
3つ上の長兄と2つ上の次兄。

「お兄ちゃま達に遊んでもらいなさい」
幼稚園児の私がつまらないと駄々をこねると必ず母の口から返ってきたのがこの言葉。

その日もいつものように兄の友達の輪にくっついていたのだと思う。
敷地内にある庭と事務所を隔てる石塀を背に、私は追い詰められていた。

追い詰めていたのは兄の友達。

「パンツを脱げ!」
男の子達が口々に言いながら私を囲む。
後ろは壁。

兄二人は遠巻きにそれを見ていた。
そして兄のどちらかが「やめとけ」と言った。
確かに言った。
事実として、離れた場所から「言った」だけだ。

追い詰められた私は言われるがままにした。
とても混乱し、そうするしかないと思ったことを覚えている。

事後、長兄の口から母の知るところとなる。
「妹が皆の前でパンツを脱いだ」

告げ口の様相で聞かされたその言葉に母は驚き、声を荒げる。
その様子を見た長兄は横で何度も繰り返し叫んだ。

「僕は止めた!妹が自分から脱いだ!僕は止めたのに!」

そして私は母から叱責される。
そんなこと、、なんて子なの!軽蔑の色の混ざった叱責。
怖い思いをした後に母からの軽蔑。
私は泣くことしかできなかった。

私と兄の年の差は3歳。
幼稚園児の私が小学生の男の子相手にイニシアチブを取る。

そんな非現実的な長兄の訴えを母は鵜呑みにした。

泣いている私の横で必死に保身の嘘を叫ぶ長兄に、
「こいつは最低だ」そう思った。

両親の私に対する扱いを見ながら育った長兄は、「それでいい」と学習したのだろう。

私が家を出るまで、出た後、絶縁する直前まで、
長兄の自分本位で都合の良い解釈と言動は変わらなかった。

この件以来、私は長兄が苦手だ。
次兄と遊んだ記憶はあるけれど長兄と遊んだ記憶はない。
次兄と喧嘩した記憶はあるけれど長兄からは暴力を振るわれた記憶しかない。

はっきり言うと怖くて嫌い。
だけど表に出さなかった。

「お前たちは兄妹仲が良くて良かった。ほんに安心した。」
父が繰り返し私にそう言うから。

父は実の弟と絶縁状態に近い。
思うことがあるのだろう。

私はひどい扱いを受けて育ったけれど、それでも父を苦しめたいとは思わなかった。

私が我慢すれば父は一つ楽になる。
当時はそんな軽い気持ちだった。

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