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文字だけの君 第一夜 〜お見合いという顔だけの君〜

この空気耐えられない…

1月。鹿威しが傾き音を鳴らす座敷で、中条かなえは、伊藤明と、まさにお見合いをしていた。
そして、対面に座る明から質問が投げかけられた。

「ご趣味は?」
この定番の質問にすら言葉を詰まらせる。

「趣味は…食べるこ…カフェ巡りとか…ですかね」

ちょっとわたし!
何言っちゃってるのよ。カフェ巡りってさ。
別にいい感じに見られなくたっていいじゃない。どうせ今回もこのまま無かったことになるんだから。
そもそも、自分を偽ってお見合いなどふざけた話だ。
一生猫をかぶって生きるとでもいうのか?
このお見合いの席だけで、相手の何が分かるというの?分かるのなんて顔と、偽ってるかもしれないこの様子だけじゃない。心が見えてこないじゃない。
それはわたしも同じか。いや、むしろわたしの方が偽っていて…

かなえの心の中は、見た目に反し、とてもお喋りだった。

「カフェ巡りいいですね。僕もよく、休日に珈琲を飲みながら読書したりするんです」

「はぁ…」

「近所に新しいカフェがオープンしたんですよ。是非いきましょう」

「そう、ですね…是非」


思わぬことに、食いつかれてしまった。

  ×  ×  ×

男の手は、文字を書き続けていた。
テレビが置かれた横の席で、ノートに“文字”を書いている。
どうやらテレビでは、ドラマらしきものが放送されているようだ。

  ×  ×  ×

怪人エモーションが、若い女アルマを連れ去っていく。

アルマ「助けて!助けてシオン!」

怪我を負った若い男、シオンが連れて行かれるアルマを見ながら叫ぶ。

シオン「アルマ!」

エモーション「ワッハハハハ」

シオンはこぶしを握り締めた。

シオン「くそっ、俺に力があったら!怪人エモーションめ!」

  ×  ×  ×

男は“文字”を書く手を止め、ノートを閉じた。

  ×  ×  ×

ベッドに倒れ込む、かなえ。

「だからお見合いは嫌だって言ったのに!もう…」

仰向けになり、天井を見つめた。

自分を作り上げて、着飾って、そんなことをして幸せになれるはずがなかった。
誰が決めたの?女にだけ結婚寿命を。


翌朝、かなえはバタバタと支度をしていた。
腕にオレンジのブレスレットを付ける。

「それでは今日の占いです…」
部屋のテレビが、時計代わりについている。
テレビから聞こえるその声は、今日の運勢を読み上げた。
「最下位は乙女座のあなた。周囲と意見が合わず対立しやすい一日。家族の言葉に耳を傾けてみよう。ラッキーアイテムはオレンジのブレスレットです」

かなえは自分の腕に付けたブレスレットを思わず見つめ、外すとテレビを切った。

「もう乙女でもなければ、おばさんですよ!」


出社すると、後輩の星田美智子がにやにやしながら、かなえのもとにやって来た。

「おはようございます!」

「おはよう」

「先輩、お見合いしたらしいじゃないですか!」

「えっ?何でそれ知ってるの!」

かなえは上司、植木司の方を見ると、植木は慌てて目をそらした。

あの野郎、またペラペラと言いふらしたのか。

「で、どうだったんですか?」

「どうって…ねぇ…」

35歳にもなるわたしのお見合いは、この世界では大変滑稽である。
人は人の不幸が好きだ。
わたしはきっと、笑い者なのだろう。


夜、かなえは帰宅すると、今度は待ち構えていたかのように、妹の中条ひとみが話しかけてきた。

「ねぇ、お姉ちゃんまたお見合い断ったらしいじゃん。お母さん良い人だって言ってたよ?」

ほら、その話だ。
残念ながら、想像を裏切る展開は起きなかった。

「割とイケメンだったらしいじゃない?もったいない。何してんの」

「あのねぇ、イケメンならいいってもんじゃないの。それに、良い人と好きな人は違うの!だいたい全然話が続かない」

「もう選り好みしてる場合じゃないと思うよ?そんなこと言ってたら、お姉ちゃん結婚できなくなるよ?」

「あんたはいいよね、背負うものがないんだから。先に結婚するからってさ…」

「でも、顔は大事でしょ」

まったくどいつもこいつも。
行き遅れた女を小馬鹿にして楽しんでやがる。今はお前が若いから、余裕ぶっていられるだけだ。
わたしより年下の全人類は、わたしを近未来の自分の姿だと思え!

かなえは、オレンジのブレスレットを見つめていた。
ため息をつくと、ベッドに仰向けになる。

良い人と、好きな人は違う。
イケメンは全てを帳消しにする魔法でも持っているというのか。
そもそも誰も好きになれる気がしない。35にもなれば心はこんなにも干からびてしまうのか。
顔だけで人を好きになれたら、どれだけ幸せだろうか。外見しか分からないお見合いで、わたしは結婚に辿り着けるのだろうか?
でも、そもそも顔を知らない人を好きになれるはずが…ないよね…
神様は不平等だ。男はいつだって結婚できるのに。女には限界があるみたい。所詮子供を産むためだけの存在かしら。
いっそのこと、一年で命が尽きる生き物だったら、わたし達はどうするのだろう。


かなえは、モヤモヤした気持ちを晴らすために、外へと飛び出した。
暗い夜道を歩いた。
しばらく歩いていると、暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。
どうやらそれは、ラーメン屋らしかった。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。

『ことだま』?
こんなところにラーメン屋なんてあっただろうか?
全然知らなかった。

かなえは、ラーメン屋の戸を開けた。
数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。
奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。
かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。
食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。

「…!」

席に座りラーメンを食べる。

誰も愛せないわたしは、残念な人だ。
でも、誰からも愛されないわたしは、もっと残念な人なのかもしれない。

かなえの目からは、次第に涙が溢れだすのだった。

味わった醤油ラーメンは、塩分が濃くなり、まるで塩ラーメンだった。

戸を開け外に出ると、まるでかなえの心を表したかのように雨が降っていた。
ふと、横を見ると傘立てがある。
少しぼろい傘が一本立てられており、『ご自由にお借りください』とある。

「お借りください?こんなところに、来た時あったっけ?」

かなえはその傘を手に取り、店を後にした。

来週金曜日に続く

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