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子どもたちの選択を信じるために

イヤ!!
なんか無理、、、、
こうしたい

大人がこうなってほしいな、こうしてほしいなと思うのとは反対に、ハッキリ主張。

あまりにも枠を超えてきて、そうきたんですね、、、の時もありますが。笑

 
子どもたちって『小さい大人』みたい

自分の意思を、幼い頃から持っているのだなと思います。



逆に、

大人の考えをくみ取って何かを選んだり、聞き分けよくしたり、

本当はこうしたいを抑えていたりすると、のちにすごく怒ったり、

心が『方向性改めた方がいいよ』っていうときには、体に出たり。


あんまり主張しない子でも、本心とちがうことをしてくると、何かしらの影響があったりして、

今は正直に生きることが、求められているんだろうなと思います。



子どもたちに、自由な選択を。
大人も子どもも、対等な関わりを。と思うのは、

『社会で良い子、家でわがまま』は、幸せになれなくなっていく。


自分を犠牲、あと回しにして、誰かの言うことを聞きすぎたり、尽くしたりしても、

言われるのがイヤだから、怒られるから、否定的な反応をされそうだから、という理由で行動したとしても、

結果、ベストな方向に向かっていないんじゃないかな、というのがすごくあります。


一時期的には、落ち着いたように見えるかもだけれども。



私たち親世代は、安定することを求められたり、まわりの人がまず大事だったし、厳しさや忍耐、がんばりを乗り越えてきた世代で、

今でもつい、自分より人のため、何か言われるくらいなら聞いていたほうがいいかもとか、安定を取ろうというのがあるかもしれない。

これしないと、これできないとか。



子どもたちに選択をまかせると、

それを選んで大丈夫かな?とか

我慢が足りないとか
感情的すぎるとか
マイペースすぎるとか
精神が弱いようにみえる 

というお話も聞いたりするのですが、


「それ大丈夫?」こそが心を整えて、ベストな方向へ行くことがよくあって。

大人側の思考が変わると、子どもの姿が一瞬で変わることもあって。



子どもたちに伝えることがあったり、目標を一緒に定めてみることはあるかもしれないけれども、

お互いにとって納得できる境界線

上でも下でもなくて。を見つけていくことなんだろうなと思います。



自分が「こうしなければ」「こうあるべき」の枠にとらわれなくなればなるほど、

子どもたちと価値観似ていても、似ていなくても、理解できるようになるのかなっていうのがあって。

(共感は、なんでもできないけれども。笑)


よく、今より成長することを求められますが、その前に、いまのままでも十分。って思えることが大事なのだと思います。




「こうしなければ」「こうあるべき」
人が思いどおりに動かないとイヤ

ということについても書きたかったのですが、長くなりそうなのでまた書きますね。



富士山が、結構大きく見えるところで、

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しています。


詳しいことは、どこかに載せたと思うのですが、どこだったでしょうか?笑

お気軽にお問い合わせください。



いつもありがとうございます。

sora no niwa 









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