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鮭ハラ【日刊ボンクラ東京2号】



「では、マニュアルの30ページを開いてください」

 研修担当がそう言ったので、僕らはファイルに綴じられたマニュアルをめくる。

 眠い。
 僕は目をこすりながら、わざとらしく首を振った。少しでも抵抗している意思を示せば、やる気は伝わるだろうか。

「お昼のあとだから眠いのわかるけど頑張りましょうねー」

 頑張れるわけがないだろ、と思う。
 マニュアルには「ハラスメント」の文字。
 お昼を食べたあとの眠気に共感してくれない上司は、何かしらのハラスメントにならないのか。

 他の同期メンバーも眠そうな顔をボードに向けながら、姿勢を正す。
 やる気があるようで、なによりです。

「ハラスメント、ありますね。パワハラ、セクハラ…」

 眠い。
 研修担当のマネージャーはカツ丼を食べてきた、と言っていた。それなのに、なぜそこまでハキハキしている?みんなの前で喋っているからか。それなら、尚更僕たちへの配慮を大事にしてほしいものだ。

「アルハラ、マタハラ…」

 アルハラ。
 酒ハラではないのか。酒、鮭ハラ。鮭ハラスってどんなやつだったか。まったく思い出せない。貰いもので食べたきりだ。

「真島くん、頑張ろう」

 向かいに座る同期が、右手でグーをつくりながらそう言った。おい、なんだその笑みは。

 あぁ、くそ。これはハラスメントにならないのか。



「東京スクラップ・デイリー#2」2024.3/8
橋本そら

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