見出し画像

恋愛相談で私が言えること

私は、ときどき恋愛や結婚について相談をうけることがある。
とはいえ、人に語れるほどの経験や教えがあるわけでもない。
自分自身どう考えても的確なアドバイスなんて思いつかないのだ。

そんな私であるのに、男女話を相談されるのはなぜだろうか。
こういった事は実にデリケートで難しい話である。
ましてや人の恋愛なら尚更のことだ。

それでも、せっかく私に相談をしてくれたのだから話は聞いてみる。
しかしこればかりは何回聞いても難しい。
むしろ私の方が恋愛マスターにでも教えてもらいたいくらいであるw

では、どういった事を相談されるのかということだが、そのほとんどは恋のあるある話といったところ。
あるいは、気になる人がいても異性と話すのが苦手だ、何をどう話せばいいのかわからないという「そもそも論」である。

これらの相談に対して私が言えることは、自身の経験と個人的な意見だけ。
とてもアドバイスと言えるようなものではないし、私の意見が相手にとってのお悩み解決になるかといえば絶対ではない。
だから自分が感じたことを話すことくらいしかできないのだ。

私は恋愛に限らず、人間関係というのは生きていく上で一番難しい問題なのではないかと思う。
その人間関係の中でも男女関係、つまり恋愛はかなりの難題ではないだろうか。

まず、人は恋だ愛だと言われても明確な説明ができないものである。
それは理論や理屈などでは説明ができないからだと思う。
相手のどこに惹かれたのか、なぜ好きになったのか、そもそも恋愛とはなんなのか。
なかなかこれだという説明ができないのだ。

ただ、これだけはハッキリと言えることもある。
それは、自分から動かないと恋愛なんてできないということだ。
特に恋愛ということに関しては、自らのアクションが重要だと思う。
なぜなら、出会いというチャンスはなかなか来ないものだからである。

男女の出会いは待っていれば訪れるというものではない。
しかし、中にはドラマや映画のように偶然の出会いから恋愛をしたという人もいるだろう。
でもそれは偶然・奇跡というものの話で、運が良かっただけとも言える。

だが実際には、奇跡的な出会いが訪れる確率なんてほんのわずかである。
もしかすると一生訪れないかもしれないのだ。
そのため、出会いというものは決して向こうからはやってこないということが言えると思う。

画像1

よく聞くのは「自分には出会いがない」ということである。
私が思うに、それは運がないということとは違うような気がする。
恋愛や結婚における出会いというものを考えると、誰しもが一度はそのような悩みを抱えるのである。
それは、自分の中に理想のビジョンというものを描くからだと思う。

「でも、理想は理想...現実とは違うよね」

いくら頭の中でそう思っていても、思い描くビジョンがあることで出会いがないと誤認識してしまうことが多々あるのだ。
なぜなら、理想のビジョンは思っている以上に強い憧れとなっていて、自分の考える恋愛観に大きく影響するからである。

この理想というものがあまりにも強いと、ビジョンから外れている出来事、あるいは理想に達していないものとして判断されることになるのだ。
結果、出会いがない、縁がないということになる。

しかし、なにも理想を描くことがダメだというわけではない。
こういう恋愛をしたい、こういう人と付き合いたいという理想は個々の中に少なからずあるものだ。
ただ、あまりにも理想を追い求めてしまうと、あるはずの出会いを見失ってしまうかもしれないということである。

それは本当にもったいないことだと私は思う。
あくまでも理想の範疇にある分にはいいのだが、こんな感じではない!違うんだよなとレールを敷いてしまうようだと、おそらく異性との出会いは難しいのではないかと思う。

私は相談にのっている中でこういった事を話すのだが、その瞬間はなるほどなと共感してくれたりもする。
しかし、今度は見た目もよくないし自信もないしと始まるのだ。
おまけに数々の「そもそも論」がくっついてくるのである。

いい加減に頭がパンクしそうだ...w


ここで私が言うところの「そもそも論」とはどういうものなのか。
数々の項目にどうかお付き合い願いたい。

1 自分はモテない。ブサイクだ。

2 イケメンじゃない・美人じゃない・可愛くない。

3 異性と話すのが苦手・話せない・何を話したらいいのかわからない。

4 告白できない。フラれるのがこわい。

5 周りは恋人がいたり結婚しているのに自分には縁がない。

6 出会いがほしいけどタイプの人がいない。出会い自体がない。

7 人は自分に興味がない。

8 付き合い方がわからない。どうすれば付き合えるのかわからない。

9 好きだということを代わりに言ってほしい。

10 自分が決めている人以外とは絶対に付き合いたくない。無理。

ここだけ見ても「そもそも論」の項目が10個もある。
これらに共通して言えるのは、すべて悲観的なものであるということだ。
もちろん真剣に悩んでいるのはわかるのだが、こういった事ばかりを考えているようだと男女の出会いは難しいと言わざるを得ない。

私はあえてハッキリ言うことにしているが、無理という意味ではないのだ。
マジメにもったいないな~と思うだけである。
これまでの間にチャンスを逃している可能性が大いにあるからだ。

画像2

まず、余計なことを気にしすぎだと思う。
この項目の中で一番タチがわるいのが見た目の問題である。
容姿を理由に出会いがないというのは本当に馬鹿げている。

「それはあるでしょ!むしろ大部分じゃないか!」

と思うのだろうか。
あたかも容姿に恵まれていないことが、出会えない最もな理由だと言わんばかりだ。
他人の容姿を羨んでばかりでは何も変わらないと私は思う。
ましてやそれを理由にするなど言語道断!と明るく言いたい 笑

そうは言っても、見た目を恋愛の条件に入れてしまうのが人間である。
自分は見た目なんか気にしないという人は文字通り優しい人なのだろう。
だけど容姿がわるいからと思う人は、なぜそのことが出会えない理由や恋愛がうまくいかないことだと思うのだろうか。

では、見た目がよければ異性と出会う確率が大きくなり、恋愛もうまくいくというのだろうか。
そんな確証はどこにもない。

そもそもイケメンではないから美人ではないから、さらにはブサイクだからと自分を追い込むことをして何になるのかと思う。
それでなくても人は、見た目を褒められてもすぐにありがとうは言わない。
特に日本人は謙遜することがほとんどである。

自分でカッコイイとかカワイイと言う人がいるとすれば、それはよほど自信があるのかイタイかの二者択一だと思ってしまう。
しかし一方では、自身を追い込むよりもいいのではと考えることもできなくはない。

はっきり言って、見た目がよくないことを出会いがない理由にしている人は間違った捉え方をしている。
誰しもがカッコよくなりたい!キレイになりたい!という思いは持っているものなのだ。
そう思うのであれば、自分磨きを頑張ればいいだけのことではないのか。

「簡単に言うな!ブサイクだから相手がいないんだろ!」

とこうだ。始まった。
相談をうけていると、男女問わずこういった事をぶつけられる。
それでは逆に聞きたいのだが、どういう人なら出会いがあり恋人や結婚相手がいると思うのだろうか。

「イケメン、美人、カワイイと言われる人」

あまりにも愚痴がひどい時には、その通り!と言いたくもなる。
だけど、もちろんそんなことは言わない。
よけいに落ち込んで面倒なことになってしまう。
それだけはごめんだ。

つまりはカッコイイ・綺麗・かわいいが出会いや恋愛がうまくいく条件なのだという。
本気でそう思っているのだろうか。
私の言っていることがきれいごとだというのなら、こっちも言ってやろうと思うのだ。

カッコイイとか綺麗やかわいいということであれば、とにかくそれに近づけるように努力すればいい。
美容でもファッションセンスでも、ヘアスタイルでも内面でもとことん研究すればいいのだ。
書籍や雑誌、今どきインターネットでいくらでも情報があるのだから。

そうすればカッコよくも可愛くもなれるだろうに。
でも、それでもたかが知れていると言いたいのだろうか。
たかが知れているかどうかなんてどうでもいいことで、しかもそれは自分で決めることではないと思う。
それよりも大事なことは変わりたい!変わる!という気持ちではないのか。

その先はただ単に個々のタイプの問題である。
カッコイイ・かわいいの中でもタイプが別れるというように。
ただ、変わることができたからといっても、絶対にうまくいくということは言えないものだ。

それでも悲観的な自分を変えられるきっかけにはなるし、自信や勇気を持てることにもつながると思う。
容姿が理由だと言うのであれば、まずは自分磨きを頑張ればいいのである。
それは誰にだってできることだし、誰でも変われるものなのだ。

そもそもイケメンや美人と言われる人は、何もしなくても美男美女だと思うのだろうか。
もしそう思っているのであれば、それこそ大きな間違いである。

私はイケメンでもなければ恋愛マスターでもないが、勘違いしたまま他人の容姿を羨んでばかりいることは、なんの得にもならないことだけは言える。
それこそ、カッコよくも綺麗にもなれない最大の理由なのだと思う。

イケメンや美人と言われるような人は、それなりに努力をしているものだ。
決して黙っていても輝いているわけではないのである。
内面でも外見でも、自分磨きというものを探求して努力を惜しまずにいるのだ。

本人は「特別なことは何もしていない」と言っても、それはいい意味での嘘だと思っていいだろう。
そういった努力をしている人は、自ら多くは語らないものなのだ。
周りが見ていないところで人の何倍も頑張っている結果である。

イケメンにはイケメンの、美人には美人の苦労や努力があるに違いない。
そう言われるだけの所以というものがあるのだ。

おのおのでタイプの違いがあるため一概には言えない部分もあるが、少なくとも努力次第で自分を変えることは可能である。
ただ、見た目がすべてではないということを忘れないでほしいと思う。

画像3

それと容姿の問題と合わせてよく聞くのが、自分はモテないからという理由である。
これもまた、おかしな捉え方をしているのではないかと思うところだ。

恋愛的な男女の出会いというのは、人生においてそう多くはないと思う。
むしろ目の前にあるチャンスに対して積極的でいられなければ、次の出会いがいつになるのか、そもそも次があるのかすらもわからないのだ。
そしてそれは、誰に対しても平等なことなのである。

モテるから出会いが多いとか恋愛がうまくいくなんてことは一切関係がないし、何一つとして根拠がない話なのだ。
しかし、このようなことを言われたことがある。

「モテる人は選べるほど異性が寄ってくるんだから出会いに困らない」

まったく勘違いもいいところである。
傍から見れば確かにそのように思うのであろう。
だからと言ってその人に出会いが多く訪れているとは言えないではないか。
それはあくまでもその人のファンが多いということでしかないのだ。

言葉を選ばずに言わせてもらえば、その人が想いを寄せている相手がそこにいるとは限らないし、その中に恋愛的な男女の出会いがあるかどうかなんていうことは言えないのである。

モテる人にも理想はあると思うし、すでに好きな相手がいるかもしれない。
それをモテるから出会いに恵まれているなどの考えは間違った解釈である。
モテると出会い・恋愛はけして=ではない。

別に贅沢な悩みということではなくて、誰もが抱く平等な悩みであるということなのだ。
恋愛はモテるモテないの話ではなく、動くか動かないかの話だと私は思う。
その事で悩むようであれば、今すぐこちらの考えに変えた方がいい。

画像4

それは異性との会話についても同じである。
意識している相手を目の前に、はじめからうまく話せるわけがない。
誰もが緊張してあがるものだし、誰もがたどたどしくなるものだ。

相手を楽しませる会話がしたい、興味を引く話をしたい、お互いの恋愛観を語り合いたい。
そう意気込んでいても、自分がなにを話しているのかさえわからなくなったりするのだ。

異性と話すのが苦手な人も、どんな会話をしたらいいのかわからない人も、みんな経験と場数をふんで話せるようになっているのだ。
恋愛をしたいというのなら、まずは出会うきっかけや仲良くなるきっかけを
作らないことには何も始まらないではないか。

話下手でもいいし、たどたどしくてもいいと思う。
初めはありきたりな会話でも、話しているうちに話題なんて出てくるものである。
緊張でどもってしまったとしても、異性に対してよっぽど失礼なことを言わないかぎり笑い話にもなる。

そうやって笑うことができれば、自然と会話もはずむのだ。
大切なのは、とにかく自信と勇気をもつことである。
会話が苦手だという人の解決方法はビックリするほどこれしかない。
であれば、やらないでいるのはもったいない。

「だけど目も合わせられないし、急に話しかけたら変な人に思われない?」

変な人だっていいじゃないか。
同級生や共通の友人でもいない限りは、みんな変な人だったのだ 笑
それを気にするなら、知り合うきっかけを作りたいという時はどうする?
たとえ友人に頼んで呼んでもらうにしろ、結局は自分の力で話しかけることをしなければ知り合いにすらなれないのだ。

第一印象というのは大切だが、そのほとんどは良さそうな人か変な人だな~の二つに一つみたいなものである。
私なんかは明らかに変な人だと思われていたはずだw
妻と知り合った時の会話なんて、超常現象や都市伝説のたぐいばかりだ。

これから相手の気を引こうというのに会話がそんなのばかり。
まったくロマンチックも雰囲気もあったもんじゃない。
奇跡的に興味の対象が同じだったというだけで、よくもあんなわけのわからない話で私と付き合ってくれたものだと思う 笑


しかし、男女の始まりなんてそんなものではないだろうか。
趣味が同じとか好きな食べものが一緒だとか、ちょっとした共感や価値観の一致ということから関係が深まっていくのだと思う。
あとは、俗に言う「ビビッときた!」というあれとかw
曖昧な説明しかできないビビッと。そんなものである。

とにかく自信と勇気をもって話しかけてみることが重要なのだ。
どうしても話せないというのであれば、練習して慣れていけばいい。
今はSTAYHOMEと解除の繰り返しで困難な時だからなかなか難しいとは思うが、いずれ落ち着いた時にでも異性と話すことをたくさんしてみるといい。

合コンでもいいだろうし、仲間うちの飲み会でもいいと思う。
スナックやキャバクラ、ガールズバーやホストだってかまわないと思う。
まずは、異性と話すことに慣れることだ。
お店だとお金はかかるが、開店1時間2時間くらいなら安く済ませることもできる。

私がなにを言っているのか、さっぱりわからないと思うかもしれない。
なにもお店の紹介役をしているわけではない。
短期間で異性との会話に自信がもてるという話である。
はっきり言って、下手な会話教室みたいなところに通うよりも、お店に行く方がずっと早いということだ。

お店の人たちはみんな会話のプロである。
これまでに多くの人を接客しているため、教室とは比べものにならないほどの経験と知識があるのだ。
勉強のイヤイヤ感もなく、おまけにお酒を楽しみながら会話を学べる。

どんなに会話が苦手な人でもプロが会話をリードしてくれるから苦にはならない。
異性との会話に余裕がもてるようになると思うし、よけいな緊張や話題などの心配をすることもない。

スナックや立ち飲み屋、バーなどでは常連客とも知り合うことができる。
その常連客との会話が、さらなる自分の会話力につながるのだ。
こうしていろんな人と色んな会話をすることで、話せないということはまずなくなる。
しかも、楽しみながら短期間で効率よく。

これはあくまでも一つの方法としての話である。
他の方法があるというなら、それをして会話の練習とすればいい。
だけど、そういう場所・雰囲気が苦手だという人や、そもそも未成年の人はどうすればいいのかということがあると思う。

そんなのは今どきチャットやSNSなどがあるじゃないか。
特にオンラインゲームでは協力プレイが主流になりつつある世界だ。
こういった最新のものを使って会話をすればいいのだ。
これもまた一石二鳥の練習になるだろう。

共通の趣味を楽しみながら会話も楽しめるのだ。
こんなに便利な話はないw
お互いの趣味が共通しているというのは、すごく打ち解けやすく会話もしやすいのである。
また、普段の会話が苦手でもチャットならできるという人にもいい。

こういった便利なものは大いに駆使してどんどん会話をすればいいと思う。
会話を楽しいものだと思えること、その気持ちが何より大切なのだ。
話が苦手な人、話せない人、できることから会話に慣れればいい。
こんな簡単な話なのだから、自ら悲観的になることなんてないのである。
だから、私は馬鹿げていると言うのだ 笑

画像5

結局のところ私が恋愛相談で言うことは、悲観的にならずに動くしかないというもの。
それと、怖がらずに自信をもって勇気を出すこと。
本当にこれしかないと思うのだ。

告白ができない・フラれるのがこわいと言っても、相手のことが好きで想いを伝えたいのであれば、自分の想いを言葉にするしかないのだ。
好きだと言いたいけど言えない気持ちもわかる。
かと言って、言動や雰囲気から想いを読み取ってほしいというのは、こちらの勝手でしかない。

そうであるから動くしかないし、動かなければ後悔になるのは当然のこと。
告白というのは緊張するし、それ以上に不安な気持ちにもなるものだ。
それに、フラれるかどうかなんて伝えてみないとわからないではないか。
私は、フラれるのがこわいからといって、気持ちを伝えないことはもったいないと思う。

全力で想いを伝えてフラれたとしても、伝えないで後悔するよりはいい。
自分が傷つきたくないからという相談もあったが、それであとから後悔してグチグチ言うよりかはずっといいと思う。
うまくいけばそれに越したことはないが、ダメでもいずれ自分の糧になる。
そのことはすごく大きいことである。

怖いとか傷つきたくない気持ちを大事にするのではなく、今ある自分の想いを大切にした方がいいと思う。
なによりも自分の想いは自分の言葉で伝えることが重要なのだ。

誰かに頼んで代わりに伝えてほしいなんてことは論外である。
場を作ってもらうということであればいいとは思うが、気持ちを伝えることまでお願いするのは間違いである。
それは、相手に対しても失礼なことになるし、まず相手に響かない。

もしかしたら、相手も自分を気にしてくれているかもしれないではないか。
そうだった場合、相手の嬉しさも半減してしまうかもしれない。
人によっては幻滅するかもしれないのだ。
自分で動く意味はそこにあると私は思う。

画像6

こうして私の元には相談がくるのだが、言うことは決まって一つである。
出会いや恋愛は動かなければ始まらないということだけ。
人は恋をすると、誰しもが悩みと不安と緊張の中にいるのだ。
そこにはイケメンも美人もかわいいもなく、みんな土俵は一緒なのだ。
誰に対してもどこを探しても、うまくいく保証なんてない。

そうであるからこそ悲観的になる必要はないし、自分の容姿や内面をダメに思う必要もないのである。
悲観的に考えてばかりいると、そういうものはすべて表に出てくるものだ。
表情にも言動にも、雰囲気やオーラにまで。

異性に対する恋愛の悩みは大いに悩んでいいと思う。
しかし、それを悲観的な悩みとしないことが大切なのだ。
それはやがて自分が成長する上で必要な経験になると私は思う。

考え方ひとつ気持ちのもち方ひとつで、前向きな自分になれることを知ってほしい。
そして、いま出会いや恋愛に悩んでいる人には、自分の気持ちを大切にしてほしいと思う。

出会いや恋愛は行動あるのみ!
さんざん語ってきたけど、結局これしか言えないという 笑


〈チッチと出目金ぷっぷのひと言ふた言〉

今回は、私が相談をうけた男女の出会いや恋愛の悩みについて話しました。
時としてこういった相談をうけるのですが、その時に必ず思うことがあります。

それは、すごくもったいないという事です。
確かに相談者の悩んでいる気持ちも、すごくわかるんですよね。
でも、考えていることが悲観的すぎるのではないかと思ったんです。

話を聞いていても、はじめから縁がないという決めつけが前提としてあったので、正直それでは恋愛的な出会いは難しいだろうなと思いました。

縁がないということは、自分が告白なり付き合うなりしてみてダメだったら初めてそう思えばいい話で、動かないうちからダメだと思うのは違うような気がします。

やっぱりそうなると、余計なことを気にするようになるんですね。
それがどんどん外見や内面がわるいと自分を追い込んでいくことになる。
しかも、それが縁がない理由になってしまうんです。

それって、すごくもったいないと思うんですよね。
そうやって悲観的になっている間にも、本当はあるはずの出会いを見逃しているかもしれないんです。
もしかしたら、すごく近いところにあったかもわかりませんよね。

だから私は、動かなければ恋愛はできないということを意見します。
けっこうハッキリと言うので、売り言葉に買い言葉みたいな感じになることもあるんですけどね 笑

でも、前向きになってほしいし、いい出会いをみつけてほしいですからね!
恋愛相談なんていう柄じゃないので困りますけど 笑笑


それでは、また次のお話で。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?