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通り魔犯の元彼女(第1話/5)

<あらすじ>
 野木杏紗(のぎあずさ・35)は、婚約者の吉倉裕翔(よしくらひろと・32)と結婚指輪を買った日に、通り魔事件に遭った。数人が死傷した後、犯人は杏紗の手を切りつけ、自分の腹を刺して倒れた。
 杏紗は、通り魔犯が中学時代交際していた元基(もとき)と知る。彼は中学卒業後に家庭環境が変わり、やがて精神的に不安定になった。「殺すのは誰でもよかった」と自供する。
 ネット上で杏紗は犯人との関係を暴かれ、裕翔の母から「息子のトラウマになった」と破談を申し入れられた。裕翔の幸せを願い、杏紗も別れを受け入れる。
 傷心の杏紗だが、元基が「計画的犯行だった」と供述を翻したのに驚き、自分と別れてからの彼の人生を追っていく。

 デザインのせいか、九号の結婚指輪はきつかった。婚約指輪は九号でぴったりだったのに。

 別のものを見せてもらおうとすると、
「これでいいんじゃない」
 裕翔は即決し、財布からクレジットカードを取り出していた。
 宝石店に入って五分も経っていない。指輪の購入を告げると、裕翔はサロンになった一角に案内されている。杏紗は輝く宝石たちをもう少し見ていたくて、ショーケースの前に留まった。店内のほかのカップルは、たくさん試着してのんびりと指輪を選んでいる。

 今日はそろって午後から半休を取り、銀座に出向いた。婚約指輪のときも裕翔の決断は早かったけれど、杏紗の希望で三つか四つは試着した。
 やはりサイズがきついことを言えばよかった。杏紗には決して財布を開かせない裕翔に、いつも遠慮の気持ちがある。
「野木様」
 年配の店員さんが杏紗を呼び止めた。婚約指輪の購入時に名前を憶えてくれていたらしい。「吉倉様はこれでいいとおっしゃいましたが、サイズをほんの少しお直しておきましょう」と、もう一度杏紗の指を測ってくれた。

 宝石店の重厚な扉から外に出ると、店内の静けさが嘘のように、人通りが増えている。
 木枯らしがビルの隙間を吹き抜けたのか、ソプラノ歌手のような細く高い音が聞こえた。隣で裕翔も、きょろきょろとあたりを見回している。
「裕翔、前も思ったけど、この宝石店よく知ってたね。看板もないのに」
 いつも彼に話しかけるとき、意識して声のトーンを上げる。杏紗の地声は低い。
「母から教えてもらった。結婚指輪買うなら今日がいいとか、杏紗の誕生日に婚約指輪を買いに行こうって誘ったのも、実は母のアドバイス」
「あ、そうなんだ。誕生日のことは、ネタバレしない方がよかったかも」

 裕翔は杏紗より三歳年下の三十二歳。杏紗が派遣社員として勤める医療機器メーカーの営業部付き研究員だ。大学に十年籍を置いて博士号を持っている裕翔は世情にとことん疎く、社内では空気を読まない発言を繰り返し、不思議クンと呼ばれていた。
 ただ、上品で穏やかな博士然とした風貌は、客先には非常に効果的で、いつの間にか「先生」と呼ばれてしまうとのこと。裕翔を連れて行くのは営業五回分の値打ちがある、と部長が話しているのを聞いたことがある。

「ぁぁぁぁ」
 銀座の雑踏の中、再び高い声が聞こえた。今度はたしかに声だとわかった。なにかのイベントだろうか。
 会社の昼休みに流れるオペラを思い出した。多くの社員が席を立つ昼休みは清掃タイムで、掃除のおばちゃんが大きな掃除機を回している。オペラは掃除機の騒音を目立たなくする役割だ。
 一年前のある日、昼休みに杏紗は郵便物を机に配っていた。裕翔の席の横で掃除機が一旦止まり、掃除のおばちゃんの声が響いた。
「ありがとうね。あなたの席はいつもきれいよ」
 裕翔は、机上の埃や消しゴムのカスを、ひとつずつ指でつまんでゴミ箱に捨てる習慣がある。床には落とさないし机の上はきれいだ。ロボットのような姿を真似て笑う社員もいるが、そんな人の席にかぎって消しゴムどころか、ホッチキスの針やクリップも床に落ちている。掃除は自分の仕事ではない信念があるのだろう。
「こんないい男の子がまだ独身なんて、信じられないわぁ。ねえ、そう思わない」
 足早に郵便を配っていた最中、突然おばちゃんに話しかけられ、杏紗は、反射的に相槌を打った。
「そうですね」
 愛想なく聞こえる低い地声をごまかすように、笑顔を作った。
「そういえばあなたも、いつも昼休みに真面目に仕事してるわねえ。お似合いじゃない。ふたりで今晩食事でもしてらっしゃいな」
 おばちゃんは軽い冗談のつもりだったと、杏紗は今も確信している。しかし、なんと裕翔は大真面目な顔で、「通用口に六時でいいですか」と杏紗を誘ったのだ。

 裕翔はけっして杏紗の好みのタイプではなかったけれど、突然のお誘いには驚くほどときめきを感じた。
 三十代も半ばになると、若い女という価値のついたグリーン車を降りる頃合いだ。自由席への乗り換えが目前にせまる。
 自由という言葉はいいけれど、杏紗は望んで自由席に替わるわけではない。このきっかけが、自分の手に入る最後の指定席切符になる予感があった。

 裕翔の方は両親が乗り気で、「息子を選んでくれてありがとう」と頭を下げられた。両親は裕翔の個性を愛しながらも、世間の風にさらさず温室で育て上げたことを不安に感じていたのだ。
 やたら結婚を急かすのは、杏紗の気が変わらないうちにと持ち上げてくれるが、本音は野暮ったい年上女より若く可愛い子の方がよかっただろうし、せめて嫁が一歳でも若いうちに結婚させたい、と思っているはずだ。
 二か月後に迫った式の準備も進み、先週は招待状を発送した。裕翔は会社の上司や大学の先生と研究仲間が中心、東京で一人暮らし中の杏紗は、中学時代の地元の友だちが中心になった。ふたりの交際が始まったのを喜んでくれて、七十五歳で退職した掃除のおばちゃんにも送っている。

 また不思議な音が聞こえた。今度は低い。
「なんだろう」
 裕翔が先に言った。そわそわと体を動かしている。
 男の声だ。かけ声のような吠えるような声、「オイ」とか「オオ」とか、言葉にならない声だ。そう思うと、さっきのソプラノは悲鳴だったのかもしれない。交通事故でもあったのだろうか。
 突然、誰かが前に向かって急に走り出した。すると、誰もが釣られるように走り出す。
「なんだろうね」
 裕翔は不思議そうな顔で杏紗を見た。杏紗もその場に立ち止まり、少し紅潮した裕翔の顔を見た。喜怒哀楽をあまり表情に出さない彼は、顔色と喜びが直結している。たしか式場を決めたときも、こんな風に頬を染めていた。
 今日はとうとう結婚指輪を決めた。思いついて銀座の街並みを背景にスマホで自撮りする。たまにしか使わないSNSに、ふたりの写真を記念アップだ。どうせ友だちにしか公開していないアカウントだから、写真に目隠しはしない。
「『指輪買ってきた』と」
 フンフーン、隣で裕翔が妙なハミングをするのが聞こえた。杏紗も併せて歌った。タタタターン。メンデルスゾーンの結婚行進曲だ。裕翔の腕に右手を絡めてもたれた。
 どんな不幸が世の中にあっても、自分たちには関係ないと思えるほど、幸せな瞬間に立っていた。

 高い悲鳴が、ほんの近くから聞こえて、杏紗は視線を正面に向ける。

 血まみれの男が前に立っている。
 その顔から、杏紗は目が離せない。赤い血が額や頬を染めているのに、男の目は静かに澄んでいて、宝石のようにきれいだ。
 呼吸を止めて、永遠のように見つめ合った気がした。
 やがて、男がわずかに微笑んだようにも見えた。
 振り上げられた刃物が、杏紗に向かう。

  ***

「杏紗さん、杏紗さん」
 心配そうな表情の裕翔の母が、最初に見えた。
「私、わかる? 杏紗さん」
 結婚式の最中に貧血で倒れたのだ。
 杏紗はわけもなくそう思った。けれど、ウェディングドレスを着ていない。肋骨をへし折りそうなビスチェの代わりに、見覚えのないパジャマだ。
「お義母さん、ここは」
「病院よ。ああよかった。あなた、目を開けてからもずっと無反応で、心配したのよ。埼玉のご両親もお店を閉めて、もうすぐ来られるからね」

 今、目覚めたのだと思ったら、違っていたらしい。
 杏紗は視線をさまよわせ、さっきから自分にはこの病室が見えていたのか、思い出そうとする。いや、それよりも、どうして病院にいるのか思い出せない。
「私、なんだか、よく覚えてないんです」
「あんな目にあったんだから無理もないわ。軽傷だったのが不幸中の幸いよ。体調がよければ明日にも退院できるらしいけど、念のために二、三日入院して傷を消毒したり経過を見てもらうといいわ」
 左手に巻かれた包帯を見て、封を切ったシャンパンのように、午後の記憶がよみがえった。
 裕翔と宝石店に向かった。少しきつかった指輪、重厚な扉、静かな店内と銀座の喧騒、風の鳴る音。
 誰もが急に走りだした中、ふたりで結婚行進曲を口ずさんでいた。ファンファーレ部分が終わる前に、刃物を持った血まみれの男が目の前にいた。
 鮮血の散った顔と視線が合った。
 男は目を見開いている。その目が澄んでいて、とてもきれいだった。
 目の印象が強烈に残っている。

 杏紗の背中に震えが駆け上がった。
「裕翔は。裕翔さんは無事ですか」
 男と最後に向かい合ったのは、たしかに自分だ。男は杏紗をナイフで切りつけたあと、自分で自分の腹を刺したのだ。ナイフが体に埋まってゆくのを見て、目の前の世界が真っ白になった。
 記憶は断片的で、裕翔のことが思い出せない。先に裕翔が刺されたのだっけ?
「無事よ」
 裕翔の母は緊張の糸が切れたように泣き出した。
「ごめんなさいね、杏紗さん。裕翔はあなたが刺されたショックで気が動転して、卒倒してしまったんだってね。警察にそのときのことを根掘り葉掘り聴かれたこともショックで、今、主人が家に連れ帰って寝かせてるわ」
「じゃあ怪我はなかったんですね」
 杏紗が両手で顔を覆い、安堵の吐息をついているのを、裕翔の母は勘違いしたのか、泣きながら息子をかばい立てる。
「あなたを守れなくて、あの子も相当ショックだったのよ。ほら、優しい子でしょう。杏紗さん、ここは年上の度量で受け止めてやってね。できれば、今回のことは忘れてやってね」
 その話しぶりでは、なにかがあったようだが、裕翔の身に実際なにが起こったのか詳しく聞くこともできず、杏紗は「はい」とうなずくしかなかった。
「お義母さん、裕翔さんについていてあげてください。彼が起きたとき、私なら大丈夫って伝えてもらっていいですか」
 低い声を明るく見せようと、ほほえみかける。裕翔の母は杏紗の手をしっかり握った。
「わかった。そうさせてもらうわね。もうすぐご両親が到着されると思うけど、なにかあったら連絡してね」
「はい。あの、この入院のお世話をいろいろしてくださって、ありがとうございました」
 狭いながらも個室で、杏紗が今日着ていた服が一式ハンガーにかけられている。身に着けた二重ガーゼのパジャマ、サイドテーブルには、お茶のペットボトルや、新しいティッシュの箱、歯磨きセットとタオルが一枚。
 テレビの前には専用のプリペイドカードも一枚。その下には、病院の前払い領収書があった。十万円の数字が見える。ほんの二、三日で退院したら、お釣りがくるだろう。
「そんなの気にしなくていいのよ。あなたは娘になるんだから」
 杏紗よりはるかに若い声を持つ裕翔の母は、小さく手を振ってからドアを閉めて出て行った。
 完璧な母親像。裕翔の母を見ると、そんな風に思う。

「杏紗!」
 ノックより早くドアが開いて、母と父が病室になだれこんだ。
「杏紗、ああ本当に無事でよかった!」
 化粧っけのない顔を涙で濡らした母に抱きしめられ、杏紗は額が一気に熱くなり、母の胸でわっと泣き出した。
「怖かったねえ、杏紗。どっか痛くない」
「うん、一瞬すぎてあまり怖くもなかったよ。かすり傷だし」
「目黒の奥さんから、あんたらが通り魔にあったって連絡もらって。軽傷とは聞いても、お母ちゃんここに来るまで、生きた心地がしなかったよ」
 好きなロックミュージシャンのタオルを首に巻いた父が、洟をすすりながら、杏紗の背中を叩く。
「おい、本当にかすり傷なのか。見ろ、個室だぞ」
「裕翔のお母さんが、手配してくれたの」
「そっか。ありがてーけどよ、なんか、爺さん婆さんの死に際を思い出すわ。臨終の前になると大部屋から個室に移してもらってな」
「お父ちゃん、また余計なこと言って。ひとこと多いんだから」
 病室内が、両親にしみ込んだ食堂の匂いで満たされていく。

 カードを差し込みテレビを点けると、各局とも今日の銀座通り魔事件について報じていた。現場の映像は豊富だった。テレビ局が現場に近いこともあるが、事件直前から直後までの生々しい映像のほとんどは、一般人がスマホで撮影した動画だ。顔や血にはモザイクがかけられている。
 犯人は病院で一命をとりとめたという。クリハラモトキという三十代の男だ。

「通り魔だけは許せねえ。縁もゆかりもない人を手にかけやがって。こんなやつ死刑だ」
 父は息巻いていたが、亡くなったのが一名と聞いて、杏紗は驚いた。
 あれほどの返り血を浴びていれば、死者は四、五人くらいいるだろうと思っていた。重体が一名、重傷が一名、軽傷が六名。
「それよりもさ、あたしはこの視聴者提供映像っていう方が気分悪いよ。こんなん撮影している間に、倒れてる人を助ければいいのにね」
「あ、これ杏紗じゃねえか」
 繰り返される十秒ほどの動画を、父は指さした。腹を刺してうずくまる犯人を中央に映し、その向こう側に倒れている杏紗を、年配の女性が介抱してくれている。
「ほんとだ、杏紗だよ。じゃあ裕翔さんは」
「裕翔は私の右隣にいたはず」
 通り魔が現れる直前まで、体を寄せて一緒に結婚行進曲を口ずさんでいたのだ。
 杏紗も目を凝らしたが、自分の周囲に裕翔が見えない。

「うーん、もしかして、これかねえ」
 離れたところに座り込んだ豆粒ほどの人影を、父は指さした。
 ずいぶん離れた場所にいたので杏紗は驚いたけれど、服の色合いや背格好からおそらく裕翔だと思う。けがはなさそうだが、顔を覆って座りこんだ姿が気になった。
「違う違う、別人だよ」
 母がリモコンでチャンネルを変えた。
「きっと裕翔さんは、救急車を呼びに行ったんだよ」
 別の局では、別の角度から撮影された視聴者映像が放映されていた。
 斜め後ろから見た通り魔の姿が映っていた。少し猫背で靴底を擦るように歩く姿を見て、杏紗は喉に小骨がひっかかったような感覚になる。
「正面から見たらイケメンというか、こんな事態でも意外に冷静で、きれいな目をしてたんだよね」
「誰が」
「通り魔犯だよ」
「おまえ、滅多なこと言うもんじゃないよ。死人が出てるのに」
 父が諫めてくるので、杏紗はぺろりと舌を出す。
「あれっ」
 母が驚いたようにつぶやいた。
「どうかした?」
「ううんううん、なんでもない」

 テレビを見ていると、ノックの音がして看護師が「警察が来ている」と告げてくれた。
 入って来たのは男女二人組の刑事で、事情聴取の間、両親は廊下に出て待ち、杏紗は自分より若そうな女性巡査に、会社を早退し婚約者と指輪を買いに行ったことを話した。
「事件のことはなんだか一瞬で、本当によく覚えてないんです。気がつけばここにいて」
「犯人について、心当たりはありませんか」
「ありません」
 言い切りながら杏紗は、靴底がアスファルトを擦る音が、耳元で聞こえてくる気がしていた。被害者なら、事件の映像がトラウマになってもおかしくないのに、なぜか恐怖とは違う感情があった。
 ナイフを向けられて驚いたけれど、男の目は静かに澄んでいて美しかった。覚悟を決めた侍の目、とでもいうのか。血まみれなのに、今にも微笑みそうな穏やかな顔に見えた。実際、微笑んだような気もする。
 自分の心を正直に言葉にすると、通り魔犯は悪い人に見えなかったのだ。もちろん、そんなことは刑事に言えない。

 二人が帰ったあと、父に弁当を買ってきてくれるよう母が頼み、杏紗は母とふたりきりになった。
 母は裕翔の母と同じように、杏紗の手を握りしめてくる。
「お母ちゃんはね、見合い結婚だし、お父ちゃんがけっして理想の人ではなかったけど、長年一緒にいて、やっぱりこの人でよかったと思ってるよ」
「どうしたの、急に」
「裕翔さんは勉強ばかりやってきて、肝心なときに気が弱いところもあるさ。でも、真面目だし誠実だし、結婚相手としては十分だと思うんだよ。うまくやっていけるよ」
「そんなことはわかってるよ。どうして」
 母は大きなため息をついて、窓の外に視線をさまよわせた。
 言おうかどうしようか迷っている様子に、杏紗は不安をかきたてられる。
「はっきり言ってよ。裕翔が私を放って逃げた、って言いたいの? それは仕方ないよ。通り魔が襲って来たら誰だって逃げるしかないもん。私は裕翔が無事でよかったって本当に思ってる。そんなことで冷めたりしないよ」
 母は呆気にとられたような顔で、杏紗を見つめた。
「あんた、気が付いてないんだね」

 椅子から立ち上がり、拳を握り、母は仁王立ちになった。
「じゃあ言うよ。あんたを襲った通り魔、あの足、大池くんだよね。中学のときのゾンビくん。まさか、あんたを裕翔さんから取り返そうなんて考えてないよね。お母ちゃんの考えすぎだったらいいんだけど」
 杏紗は息を呑んだ。
 靴底がグラウンドの砂を擦る音が、鮮やかに聞こえてきた。
 中学のころとは身にまとう雰囲気がまったく違っていたけれど、そんなことは問題ではない。
「ゾンビくんだ」
 あのきれいな目を、わずか数センチの距離で見たことがあった。
 教室にふたりきりで。

 銀座通り魔殺傷事件。
 20××年11月22日。午後3時2分発生。
 東京都中央区銀座三丁目 銀座中央ダイアモンドビル前で、若い男が突然刃物で前を歩いていた夫婦に切りかかった。
 大声でわめきながら夫婦をめった刺しにし、続いて、ビルの通用口から出てきた宅配便配達の女性を出会い頭に刺し、さらに走りながら通行人に次々刃物で切りつけた。
 最後は自ら腹部を刺し、その場にうずくまった。
 銀座界隈は、けが人やその救助をする人、助けを求める人で騒然となり、容疑者が倒れてからは、個々に現場を撮影をするやじ馬で人だかりとなる。
 事件の被害者は、工務店経営・鵜目泉太郎(75)死亡。その妻、鵜目節子(73)重体。宅配便会社勤務・原奈々恵(43)重傷。大学生・岡沢海人(19)軽傷。大学生・世戸ゆりあ(18)軽傷。無職・杉田えい子(80)軽傷。無職・大野寅吉(92)軽傷。アルバイト・山北淑子(65)軽傷。派遣社員・野木杏紗(35)軽傷。
 逮捕された男は、自称デザイナー・栗原元基(34)住所不定。
 高校卒業後、都内の印刷会社に就職。五年間就業するも、体調を崩して退職、その後同業他社を転々とするが、いずれも一年程度の期間で退職、現在は下請けデザイナーとして不定期に仕事を請けている。
 栗原容疑者は腹部を刺しながらも、病院で治療を受け命に別状はなし。すでに意識は回復し、質問には素直に答えている。
 事件を起こした動機は、「頭の中で誰かが、殺せ殺せとささやきかけてきた」「相手は誰でもよかった」「ナイフは身を守るため常に携帯していた」「幸せそうなカップルが多くてむしゃくしゃした」などと供述している。精神科への通院歴があり、捜査員は容疑者の回復を待ち、慎重に捜査を進める予定だ。
 亡くなった鵜目さんは、足立区で長年工務店を経営し、町内会でも世話役を務めるなど、近所の人に慕われていた。「十年ほど前、店を閉めて奥さんと世界一周旅行がしたいと言ってたけど、リフォームブームで皆が引き止めたので、八十歳まで頑張るって言ってたんですよ。それがこんなことになるなんて」
 なお、事件当日は十一月二十二日、いい夫婦の日としてイベントを開催する店が多くあり、平日ながらカップルや夫婦の通行人が多かった模様。



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