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通り魔犯の元彼女(第3話/5)

 音と同時に、心臓がつぶれるかと思った。
「栗原はなぜ急に供述を変えたんでしょうか」
 女性刑事が声を潜めて言った。扉のすぐ向こう側に立っている。
「あれは通り魔ではなく、最初から鵜目夫妻を狙った計画的な犯行だったと」
 杏紗は目を瞠る。
 通り魔事件は、元基の内なる「殺せ」という声によって、通りすがりの「誰でもよかった」人を襲ったはずだ。
 被害者には気の毒だが、病気が原因で心と体の自制が効かない状態であれば、原則的に罪には問われない。
 元基の状態では、実刑は出ずに精神科に入院などの医療措置がとられるだろうと、杏紗は安心してもいたのだ。

 だが、これがもし元基の計画的な犯行なら、話は違う。
 今回の通り魔事件は、よくて無期懲役。精神疾患を偽った上に、計画と無関係な人にも重傷を負わせたのだから、死刑の判決が出てもおかしくない。
「栗原はテレビを観てましたね。ワイドショーが被害者のことを根掘り葉掘り報道するので、なにか知恵でもついたんでしょうか。鵜目夫人の意識が回復すればいいんですが」
 刑事たちはエレベーターに向かって歩きだした。
 杏紗は時計を見た。そろそろ診察の順番が来る。刑事たちと鉢合わせないよう、ゆっくり階段を下りた。

 ネットの意見は目まぐるしく変わる。
 一日前のものが古く感じられる。
 昨日チェックしたときは「ゾンビシネ→ゾンビはもう死んでる」がうけていたが、鵜目夫妻のバブリーな写真や豪邸が次々報道されてから流れが変わったのか、「ゾンビ君よくやった」と持ち上げられていた。
 格差社会についてよく報じられているけれど、良い生活をしていただけの理由で、見ず知らずの他人、しかも事件の被害者をこき下ろす人がこれだけいるのだから、生活格差は確実に大きくなっているのだろう。
 逆に、ほぼ無職で貧困で孤独で、精神的にも弱っていたため、同情を集め始めた元基が、過去の仕事でデザインした絵やキャラクターが、早くも誰かの手によってネット上にまとめられている。

「これ、あのときの」
 昔の八頭身画風とは違っていたが、ノートに描いてもらった見覚えのあるキャラクターがたくさんあった。
 仕事としてはキャラクターグッズのデザインや、有名人をイラスト化したグッズなどをデザインしていたようだ。
 プロだから当然だが達者な技術で、趣味で描いていた絵を無料イラストサイトで公開し、知る人ぞ知る「神絵師」と呼ばれているらしい。杏紗の知らなかった元基の二十年が、そこにはあった。
 杏紗をモデルにしたキャラクターは商材にはしておらず、いろんなイラストに使われていた。ファンタジックな衣装で戦う姿、ドレスでまどろむ姿など、美麗な絵が面映ゆい。
 ひときわ胸が高鳴ったのが、セーラー服で窓辺に佇む姿のイラストだ。
 男勝りで大人びた雰囲気のキャラクターなのに、その学生風の絵だけは、恥じらうようにこちらをじっと見つめている。
 杏紗は放課後の教室を思い出した。

 元基と杏紗はずっと見つめ合って、どんどん距離が近づいて、吐息がかかるほどになる。互いの目が「大好き」と言っている。
 どうして、あのときキスをしなかったのだろう。
 杏紗は見つめ合った目を閉じなかった。
 元基が、自分だけを見つめている。その目で、好きだと言ってくれている。しびれるような幸せで、目を閉じられなかった。
 今ならわかる。
 あのとき、自分が目を閉じていたら、元基とファーストキスだった。
 流れに身を任せることを知らなかった。
 ふたりとも子供だったのだ。

 キスをする機会は二度となかった。
 中学時代の甘い思い出に胸が高鳴り過ぎて、スマホを握りしめたまま、泣けてきた。

 診察を終えてアパートに帰ると、近くのコンビニに停まったプリウスから、裕翔の母が走ってきた。
「お義母さん」
「杏紗さん、乗って。さっき記者らしき人がうろついていたのよ。急いで」
「はい」
 杏紗を載せると裕翔の母は車を走らせ、高層シティホテルの駐車場に停めた。
 以前に裕翔と来たことのある最上階のレストランは、正午前でもとても混雑していたが、裕翔の母は予約していたらしく、すぐに席に通される。このレストランも母直伝だったのか、と杏紗は頭の片隅によぎった。
 もしかしたら裕翔が先に来て待っているのではと期待したが、テーブルは窓際の二人席だった。秋晴れで富士山のシルエットが薄白く見えた。

「朝から外出してたのね」
「はい。病院で傷を見てもらってきました。あの、お待たせしてたんですね。すみませんでした」
「いいのよ。お腹が空いたでしょう。食べましょう」
 ランチコースが予約されていた。裕翔の母は段取りにぬかりのない人だ。眺めを話題にして、久しぶりに楽しい食事になった。ワゴンサービスのデザートもしっかり食べて、杏紗はこの義母を一生かけて見習おうと心に決めた。

 食後のコーヒーを飲みながら、裕翔の母は切り出した。
「実はね。しばらく結婚式を延期してはどうかと、思うのよ」
「えっ」
「二か月後っていうのは、出席者の皆さんも事件の記憶が新しいでしょう。ほら、杏紗さんは名前も報道されちゃったし、招待状でわかる方はもうわかってると思うのね」
 結婚式の招待状には、両家の父親と、新郎新婦のフルネームが載っている。
「しばらく、っていうのは、どれくらい延期ですか」
 裕翔の母は少し困ったように首を傾げた。
「とりあえず、みなさんが事件のことを忘れるには最低でも二年。三年あればいいわね」
「二年ですか」
「きっと三年ぐらい延ばした方が、いいんじゃないかしら」

 杏紗は頭の中がグラグラと揺れるのを感じた。
 すぐ横にある窓ガラスが透明すぎるせいか、遠い地上に吸い込まれてしまいそうだ。
 三年。ゴールが目前だった今から三年、自由席のまま、不安で中途半端な生活が続く。
「裕翔さんは、なんて言ってるんですか」
「そうね。裕翔は……」
 カップが空になる前に、ポットサービスが現れて、コーヒーを満たしてくれる。裕翔の母は最初の一杯をブラックで飲んでいたが、二杯目にはたっぷりミルクと砂糖を入れた。

「正直に言うわ、杏紗さん。裕翔は今、結婚なんて考えられない状態なの」

 杏紗もまたコーヒーの味がわからなくなるほど、ミルクと砂糖を入れた。甘くないと、こんな会話には耐えられない。
「私は裕翔の母だから、できれば息子に結婚してもらいたい気持ちでいっぱいよ。あなたは年上でうまくあの子をリードしてくれて、とてもいい関係だったわ。でも、今の裕翔は、あまりに傷つきすぎて、自分の心を守るのが精いっぱいなのよ」

 事件のあと、裕翔は昼夜が逆転して夜に眠れなくなった。
 昼は睡眠中に突然正座して「ごめんなさい!」と叫び出すのだと、裕翔の母は言った。点きっぱなしだった裕翔のパソコンを見ると、事件の噂について語るサイトで「失禁君」と呼ばれていたことを知り、夫婦で泣いたという。
 心療内科の医師に往診してもらっているが、睡眠導入剤などで、昼夜逆転を治すための投薬を受けている。せめて早く職場復帰させたいが、それもいつになるかわからないのだと話し、裕翔の母は甘いコーヒーを飲み干した。

「すみません。お義母さん、すみません」
 杏紗はなぜか謝った。事件は自分のせいではないし、責められているわけでもないのに謝った。
 裕翔の状態を考えると、あまりに辛すぎて取り繕うような声が出ない。本当は低くて不愛想な自分の声で、繰り返し謝った。
「あなたに謝られても仕方ないわ。憎いのは栗原元基よ」
 裕翔の母が口にした元基の名には、本物の怒りが込められていた。
 いっそこの窓が透明だったらいいのに。窓から落ちたら何も考えなくてすむ。今も元基の無罪を願っている自分を、消してしまいたい。

「式場と新居のマンションには、私からキャンセルの連絡をしようと思うんだけど、いいかしら。招待状を出した方には、おわび状を送っておくわね」
「すみません。お願いします」
「それからね、杏紗さん。これは大事なことよ。年齢的なことを考えると、このままあなたを何年も待たせるのは非常に心苦しいの」
「お義母さん、そんな。私、三年ぐらい待ちますから」
「その三年が人生でどれほど大切かよく考えなさい。今なら縁談はいくらでも探せる。裕翔のことは忘れて誰かいい人を見つけてくれれば、私たちも少し肩の荷が下りるわ。あなたには幸せになってほしいのよ」
「待ってては、いけないんですか」
 裕翔の母は深くうなずきながら、杏紗の手を両手で握った。
 杏紗は、自分がわっと泣き出してしまうのではないかと思った。
 しかし一方で、悲しみ以外の感情も芽生え始めていた。指定席券はもうないけれど、作った高い声で話さなくてもいい。
 恋していたふりをしなくていい。

 自由になってしまった。
 アパートに帰ってから、新婚旅行のパンフレットや家具のカタログ、結婚雑誌を捨てようと、部屋の真ん中に積んだ。
 テレビでは、また元基の昔の写真が映っている。少しはにかんだ表情の青年。
「急に供述を変えたって、刑事さんが言ってた」
 もう結婚に囚われることがなくなった、と思ったら、杏紗はいてもたってもいられなくなった。
 あえて考えてこなかったけれど、元基がなぜ事件を起こしたのか、ずっと不思議だったのだ。元基は筋の通った人だ。人を殺めたりするだろうか。
 将来を悲観するあまり病気が発症し、被害妄想などに陥った状態であったなら、同じように明るい未来の見えなかった杏紗にもまだ理解できる。
 本当に計画的に鵜目夫妻を狙った事件だったのだろうか。
 元基の勤めていた印刷会社に行ってみたい。もっと元基のこと事件のことについて、話を聞いてみたい。
 鵜目工務店にも行ってみよう。自分の目で見れば、なにかわかることがあるかもしれない。
 杏紗はニット帽と伊達眼鏡に革手袋を着けて出かけた。行先は地図アプリが教えてくれる。

 駅を降りてから、スマホで何度も道を確認しながら印刷会社に来てみると、事務所の電気は消えていて、併設の工場はシャッターが閉まっているのに気づいた。今日は土曜日だ。記者たちも誰もここには来ていなかった。
 杏紗はがっくりと肩を落とす。道の真ん中に立っていたせいで、クラクションを鳴らされた。
「うちにご用ですか?」
 社名の入った軽ワゴンの、運転席の窓が開いた。テレビで見た、白髪をポニーテールにした社長さんだ。五十代半ばだろうか、ニュースでは丸顔だったが、実物はずっと痩せて見えた。
「あ、あの、すみません。私、野木杏紗と言います」
「お客さん? ちょっと待ってくださいね。うち土日は定休日なんですよ。僕だけ急ぎの配達に出社してたんですけど」
 社長が工場の前にワゴン車を停めて、事務所の鍵を開けてくれた。

「栗原の同級生で、事件の被害者の人?」
「はい。偶然そうなってしまったんですが、私自身は事件が信じられなくて」
 受付カウンターのすぐ隣にある応接室に案内された。インスタントでよければコーヒーでも出すよ、と社長は電気ポットに水を入れた。
「おかまいなく。お話だけ聞けたらと思って来たんです」
「本当に信じられないよね、あんないい子が。いや、被害者の方にはゴメンナサイなんだけど。先月もダメ元で出した仕事を、突貫で納期の前日に完璧な仕上がりで収めてくれた。そのあと2日寝たって言われて、拝んじゃったよ。困ったときの栗原君って、うちでは通ってたから」
「彼、足のせいで中学時代はずっと体育を見学して、あまり体力なかったんです。働いては休んでを繰り返しているうちに将来を悲観したとか、そういう感じなんでしょうか」
「うーん。どうかな、好きな絵を仕事にできてる自分は幸せだって、よく言ってたけどね」

 湯が沸くと、社長は手慣れた様子で、紙コップにインスタントコーヒーをいれて、スティックシュガーとコーヒーミルクを添えて出してくれた。杏紗が数口飲む間に、社長はブラックコーヒーをたちまち飲み干し、二杯目を入れた。
「なんか、将来を悲観してとか、精神的な妄想が発症してとか、ニュースでは言ってるけど、そうじゃないと思うんだよね。そういう子じゃないんだよ。ごめん、普段職場では禁煙にしてるんだけど、一本だけ。すみません」
「いえ。お邪魔してるのは私ですから」
 社長は杏紗に何度も断ってから、煙草に火をつけた。
 煙を杏紗にかけないように、自分の背中に向けて吐き出した。煙の向こうに、毛筆で「万里一空」と書かれた額が飾られている。
「空は広いって意味ですか」
 尋ねると、社長は笑って頭を掻いた。
「どこまで行っても同じ空のもと、世界はひとつ。転じて、ひとつのことをわき目もふらず頑張るってこと。僕の好きな宮本武蔵の言葉。そういえば、栗原君もこの言葉が好きで、紹介した宮本武蔵の本とか読んでたよ」

「万里一空。世界は、ひとつ」
 杏紗は、言葉を転がすように、繰り返した。
 初めて知った言葉だが、無限の空の広さと、フォーカスされたちっぽけな自分を同時に見る気分になる。拡大と縮小を同時にしたら原寸になったような発見が、その言葉にはあった。

 杏紗が言葉を噛み締めている間に、社長は携帯灰皿で煙草を消して、しばらく応接室に沈黙が落ちる。そろそろ失礼しようかと、杏紗が腰を上げかけると、社長が口を開いた。
「僕は、彼なりの、なにかの筋を通したんだと思う」
 杏紗は、はっとした。
「事件の最後に、あいつは自分の腹を切ったんだってね」
 社長は冷めてしまった二杯目のコーヒーを、また一気に飲み干した。
「あいつは自分のやったことに責任とって、腹を切ったんだ。それが僕の知ってる栗原君だよ」

 杏紗は次に、鵜目工務店に向かう。
 検索してみると、鵜目工務店がメインの仕事にしている手配業というのは、派遣会社とよく似ている。しかし、法令では建設業は派遣業務の業種に含まれない。限りなくグレーに近い会社だ。
 杏紗が派遣会社の担当にあまりいい印象を抱いていないのと同じで、鵜目夫妻も、仕事を切られた職人や、中間マージンを取られて雀の涙のような金額で仕事をさせられる下請けから、よくは思われていないだろうと察する。「あんな胡散臭い写真が出てくるわけだ」
 同じ区内なので、電車と徒歩で簡単に鵜目工務店の近くまで来られたのだが、さて工務店の周囲には取材と思しき記者やカメラマンがいた。
 通りすがりに見ても豪邸には間違いなかったが、杏紗が漠然とイメージする邸宅とは違う気がした。交差点の角地に建ち、角に丸みを作った45度の扇型三階建てだ。
「生活感のない、車のショールーム、みたいな感じ」
 高級外車が外からよく見える。全体に黒を基調にしている。一階と二階にガラス面が多いのはオフィスになっているからだろう。三階の道路側に大きな窓はない。一か所だけガラスになっている部分はサンルーフ的に使っているのか観葉植物が見える。
 出入りをするドアは暗証番号制らしく、マンションのオートロックで見るような金属の板が壁に嵌め込まれている。

「あんたはどこの人」
 不自然にならないよう気を付けていたつもりだが、記者らしい男に声をかけられた。
 うろたえないよう、杏紗はあらかじめ、答えを考えていた。
「Webニュース専門サイトに契約している個人のライターです」
「ああ。今そういうの多いよね。いいネタ拾ってたら買うよ」
「鵜目夫妻って、一代でずいぶん成功されてるんですね。手配業っていうのは派遣業と同じ仕組みで、かなり高額のマージンを取ってるんですか」
「そうなんじゃない。いや知らないよ。やめてよ、俺に取材するの」
 記者は肩をすくめて踵を返した。

 記者が去ると、近くにいた大学生くらいに見える金髪の若い男が、杏紗の肩を指先でたたいた。
「ちょっといい?」
 男は無表情で、二軒ほど離れた家を指さした。
 臨家との間に幅一メートルほどの道がある。自転車で通るのも難しいほどの路地だ。
「なんでしょうか?」
 壁に挟まれた場所に入るのは抵抗があったが、叫んだら記者たちが飛んでくる距離だ。杏紗は男について行った。

「お姉さん、通り魔犯の彼女でしょ」

 いきなりスマホのカメラを向けられて、同時に指摘された。杏紗は取り繕う前に顔が真っ赤になった。カメラには唇を噛む自分のアップの顔が映っているはずだ。
「びっくりしたよ。そんなあからさまな変装で鵜目夫妻の家の前に来て、しかも誰も気づかないなんて。記者の人たち目が悪いんじゃない」
「すみません。それ消してください。失礼します」
「待って待って。逃げるのちょっと待って。カメラ切る。ネタあげるから」
 男は水色の名刺を出してきた。名前はたっくん、肩書は突撃系配信記者となっている。あとは動画のURLと、SNSのアカウントだけだ。

「まだこの世界では新人で、たいした利益もないんだけど、とりあえずこの事件は興味持って配信してる」
「私のことも配信するんですか」
「うん。ここに来たってことは、鵜目さんち張ってた俺の大スクープだから」
「困ります。あの、一般人にも肖像権とか、ありますし」
 たっくんは顔を横に倒し気味にし、感情のこもっていない目で杏紗を見つめた。
「彼氏が刺した鵜目さんのこと調べてたよね。俺そこらへんの事情知ってるよ。でもそっちは記事にするとまずいみたいで、誰も書いてない」
「どういうことですか」
「教えるから、お姉さんは、俺に独占インタビューさせてよ」

 いつの間にか路地の入口側に立ち、たっくんは一歩も引かない姿勢だ。杏紗はこの若い男に怖さは感じなかった。彼の動画は見たこともないが、初対面で最初に向けられたカメラを一度切ってくれたことに、ごく薄い味方のような信頼を感じていた。多くのスクープ映像は、「勘弁してください」と対象に言われても、映し続けている。
 どうせ自分の顔はネット上に知られている。元基と鵜目夫妻の事情を知る方が、今の杏紗にとって必要なことだ。
「わかりました。でも一分以内にしてください」
 たっくんは小さく手を叩いた。
 路地をさらに奥に入り、たっくんは三脚を置いたカメラの前で、杏紗と並んだ。
 とたんに表情が変わった。愛想のいい犬みたいな顔になる。

「こんにちは、突撃記者たっくんでーす。今日は、銀座通り魔犯の彼女さんを見つけました。もっちろん、たっくん独占でーす」
「あの、元、です。彼女じゃありません」
「そうでした。言いなおします。こちらの方は、銀座通り魔犯の元彼女さんです。では早速インタビューしてみましょう。元彼に刺されたときは、どんな気持ちでした」
「わかりません。とにかく一瞬のことでなにも覚えてないんです。ただ」
「はい、ただ」
「誰かはわからないけど、異様に目が澄んだきれいな人だな、と思いました」
「おお。異様に目がきれいって、ちょっとすごい発言です。犯人は目が綺麗な人らしいですよ。そこに通り魔の狂気、殺人の狂気みたいなものは感じましたか」
「それは、わかりません」
「婚約者さんがいらっしゃるんですよね。正直、元彼の栗原元基のことを、憎んだり恨んだりしていますか」
「今は、あの。よくわかりません。恨んだりとか、そういうのじゃなくて。なぜこんなことをしたのか、教えてほし」
 杏紗は目の奥にツンとくるものを感じ、言葉に詰まった。たっくんの腕を軽く押し、背中を向けた。たっくんは小さな咳払いをして、神妙に言葉を続ける。
「まだ気持ちの整理がつかないときに、取材を受けてくださり、ありがとうございました。これからも、いろんな事件に突撃するので、チャンネル登録よろしくです。たっくんでしたー!」



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