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〈実録〉楽して稼げる、パラサイト型エンジニアとは?

2019年に公開された『パラサイト 半地下の家族』。
裕福な家族に対して、貧困の一家が徐々に取り入り、嘘を重ね、家財を私物化し、事態は思わぬ局面へと向かえる名作映画だ。

劇場で作品を見た私は思ったものである。

「あー誰かお金持ちに、養ってもらいたい」と。

まあ、そんなウマい話しは“あるわけない”。
金持ちはケチだし(たぶん)。
誰かにモノを与えるということを知らない(たぶん)。
血も涙もない冷血な人種なのだろう(たぶん)。

ところが、“あった”のだ。

これは、金持ち女性社長に取り入り、甘い汁をすすり倒す、まるで映画のような人物との出会いを記した実録である。


その男、L氏

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L氏とは、共通の友人の結婚式で偶然出会った。

当時私は、〈楽に稼げる方法〉という深淵なテーマの取材先を探していた。
しかし、なかなか取材先が見つからず、記事執筆は難航していた。

そんな私に、L氏がうっすらと笑いながらこう語りかけたのだ。
「もしかしたらその取材、お手伝いできるかもしれませんよ」

L氏は、名前・顔・素性につながる情報を一切公開しないという条件でなら取材をさせてくれるという。

相当行き詰まっていた私は、藁にもすがる思いでL氏の提案を受け入れた。するとL氏は、

「話の続きは私の部屋で。それに、部屋を見てもらった方がわかりやすいと思いますし」

たくさんの疑問符、そして若干の警戒を頭の片隅で感じながらも、私はL氏と共にタクシーに乗り込んだ。

L氏がタクシー運転手に告げたのは、港区のとある住所であった。


不釣り合いな家

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私たちを乗せたタクシーがたどり着いたのは、アンティークな香り漂う小奇麗なマンションだった。

L氏は颯爽とタクシーを降り、マンションに入っていく。
私はどうにも居心地の悪さを感じながら、ポテポテとL氏の後をついっていった。

こっそりとスマホで地図アプリを起動すると、最寄り駅からの徒歩時間を調べる。

〈駅から徒歩五分〉、なかなかの好立地だ。

「ここが私の部屋です」

L氏に促されて部屋に入る。広々とした1LDKの部屋だ。
リビングスペースだけで15畳ほどといったところか。
開放感のある間取り。
相場だと家賃は月25万円以上になるだろう。

しかし聞くとL氏は30代前半、独身のようだった。
港区の好立地に月25万円ほどの賃貸を借りられる独身男性。

これは本当に〈楽に稼げる方法〉が聞けそうだ。


もしかして、イケないお仕事?

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さっそく職業を尋ねると、L氏は「エンジニア」と答えた。
たしかに、技術を持ったエンジニアは年齢に関係なく、年収1000万円を越すとも聞いたことがあるが……。

でもそれだと、とても楽して稼げる仕事には思えない。

まさか裏社会のヤバイ案件とか―――!?

「いえ、普通に今は会社のシステムを作っていますね。それに私自身、すごい技術を持っているわけでもないんです」

ならば、なぜこんな高級賃貸に住めるのか。
そう問いただすとL氏はあっけらかんとして答えた。

「だって、私は家賃をほとんど払っていませんから。会社がお金を出してくれているんです。それにこの部屋にある家電やパソコンも―――全部会社に買ってもらっています」

部屋を見回すと、掃除機、洗濯機、冷蔵庫、PCまで、すべて一流メーカーの製品だ。

これだ!
これこそが、私の理想に近い〈誰かに養ってもらう生活〉だ!

私は、なぜここまでL氏が厚遇されているのか、興奮気味にその理由を問いただした。

すると、L氏は若干顔を暗くさせながら、経緯を語ってくれた。


L氏の回想1:地獄の先の、光明

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新卒から今の小さなIT企業に入社したL氏は、はじめに営業の仕事を担当していたらしい。

ただ営業の仕事は、肌に合わなかったそうだ。加えて、社長の女性とも最初はウマが合わず口論が絶えなかったという。

転職しようかとも考えたそうだが、同僚の「他の仕事も経験してみれば?」というアドバイスを信じ、社内でエンジニアへとキャリアチェンジを果たす。

しかし、そこからL氏は派遣エンジニアとして、未払い賃金、怒号、理不尽が飛び交う、地獄の日々を送ることになる。

そして仕事だけでなく、魔手は日常生活にまで及んだ。

会社からは「派遣先の近くに住め」と、漫画で見るようなトイレ・風呂なしのボロアパートを紹介されていた。やはりというべきか、住人もまともではなく、

部屋にいても時折聞こえてくるけたたましい奇声。

住人とすれ違った際、ちらりと見える入れ墨。

蛇口をひねっても赤錆しか出ない水道。

そんな環境にいてL氏の精神は異常をきたしはじめた。

通勤の電車が来るたびに、“飛び込むタイミング”を測るようになる。朝起きると、ベッドから起き上がれなくなることもあった。

もう仕事を辞めようと思い始めていた頃、会社から新しい事例が下る。エンジニアとして自社に戻ってこいというのだ。


回想2:最後のひとり

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L氏がつらい環境を耐え抜いているとき、他のエンジニアの同僚は全員辞めてしまい、自社内のエンジニアとして残っていたのはL氏1人だけになっていたようだった。

そのためイチから新人を採用するわけにもいかず、L氏が社内のシステムを管轄する立場に抜擢されたのだ。

そこからL氏を取り巻く環境が一転する。

女性社長が手のひらを返したようにL氏を厚遇し始めたのだ。住む場所も、会社から徒歩数十秒の高級賃貸を紹介され、家具や家電も会社の経費でそろえてもらう。

もちろん多少の遅刻くらいでは何も言われない。「スーツがない」といえば、女性社長とスーツ屋にその足で行き、10万円のスーツをポンと買ってもらったことさえあった。

あまりの厚遇ぶりに、同僚から「おまえ、社長とデキてるのか?」と誤解されることもあるという。


パラサイト型エンジニアの正体

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「社内システムのうち私が居なければ回らないシステムも多い。だからこそ、辞めてもらっては困ると厚遇し始めたのだろうと思います」

L氏も自分自身で納得するようにそう締めた。

確かに、今のIT社会において、社内の重要なシステムが「特定の人しか分からない」、そんな状況になれば、周りからの厚遇はもちろん、自分の進めたいように業務を行える。

率直に言ってしまえば、「楽をする」ことは造作もないだろう。

自社でシステムを持っていて、社内のエンジニアが少ない会社。そんな企業で就職すれば、もしかするとチャンスが―――あるのかもしれない。

最後に私は、気になっていたことを一つ訊ねた。
とはいえ、ずっとこのままというわけにもいくまい、エンジニアとしての今後はどう考えているのかと。

「ああ、ええ……と、考えていますよ。技術を積んだら次の会社にと。―――でも、前はずっと辞めたいと思っていた会社なのですが、今はそこまで嫌いではないかもしれないんです。就活も、今さら面倒ですしね」


取材・文:八名川 タク
「楽して稼げる」をテーマに日々ネタを探すライター。
最近のマイブームは週に一枚だけ買うロトくじ。毎週金曜日の夜になると、「10億円が当たっているかもしれない」とソワソワしだすが、たいていは徒労に終わる。

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