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【小説】アイツとボクとチョコレート【13話】

13話 生まれたままの姿へ


【Side:りん】

鈴野べるのさん、こっち! タクシーもう来てるよ」

 レディース物のバッグを抱えた山本が、周囲を気にしながら、こちらに手を振ってくる。ボクがアイツに肩を貸しているのに気づくと、駆け寄ってきてもう一方を支えてくれる。

「先生、すごい汗だけど……大丈夫なの?」
「コイツなら平気。
 それより他の先生たちには、うまく言っといてくれた?」
「うん。保健室のことは吉武先生が見てくれるって」
「あり……がと…………」

 今にも倒れそうな顔色をしておいて、絞り出すような声で言う。本当はドラゴンのくせして、まるでいっぱしの教師みたいだ。
 最後は運転手さんも手伝ってくれて、アイツとボクは何とか後部座席におさまった。2人しか乗ってないのに、やけに狭く感じる。

「やっぱり僕も一緒に行こうか?」
「いいよ。クラスの手伝いとかあるでしょ」
「でも……」
「ありがと。助かったよ――湖太郎こたろう
「!!」

 硬直した山本の腕からするりとバッグを引き取って、進行方向に向き直る。と同時にドアが閉まった。

「『タチバナグランパレスホテル』までお願いします」
「えっ、グランパレス!?」

 運転手が驚いたのも無理はない。この辺りの住人なら誰でもその名を知るホテルは――数年前に経営破綻の上、営業を停止していた。

**

 本当にいいのかと心配気な運転手に、教師の財布から運賃を払って別れを告げる。
 ホテルは広漠とした埋め立て地のど真ん中に鎮座していた。開発に失敗したこの場所は、今や人っ子一人見当たらない。

「ベル……様……?」
「もう少しがんばって。我慢できるよね?」
「は……はい……」

 学校を出る時より、支える体が重くなっているのを感じる。気を失っている人間の体は重く感じるというけど、コイツの場合は意識があるから、それには当てはまらない。つまりは重量そのものが増しているのだろう。信じられない話だけど、そうとしか考えられない。

「すみ……ません…………」

 どうしてコイツは謝ってるんだろう? 別に助けてやるなんて一言も言っていない。これはボクが勝手にやっていることなのに。ボクの行為が自分にとって吉と出るものだと信じ込んでいるんだ。――ボクはアンタが心酔する『ベル様』なんかじゃないっていうのに。

 天高くそびえる廃ホテルに、一歩一歩近づいていく。もとい、足を進めているはずなのに、近づいているという感覚は薄かった。それでもなんとか、何事も起きないうちに、エントランスまでたどり着く。
 ボクはアイツを安全な場所に座らせ、使えそうな道具を探す。すると何かの重しにしていたのであろう、短いポールの刺さったブロックが目についた。
 ボクはそいつを大きく振りかぶって、エントランスのガラス扉に打ち付ける。だけどガラスはかなりの強度で、何度繰り返しても頼りないヒビが増えるばかりだった。

「貸して……ください」

 いつの間にか、ボクの後ろにアイツが立っている。

「お前……」
「この中に……入るんですよね?」

 アイツはボクの手からポール付きブロックを奪い――

「行きますよ、退がってください!」

ガシャァアアアアン!!!!!

 派手な音を立て、ガラス扉は一撃で粉々に砕け散った。その直後、アイツは膝から崩れ落ちる。
 ボクは呆気に取られながらも、再び肩を貸して、ホテルの中へと足を踏み入れる。一歩中に入れば「元」自動扉ばかりだったから、ボクの力だけでもなんとかロビーまでたどり着くことができた。
 あと少しの辛抱だ。そう思って、フロント前のソファーにアイツの体を横たえる。埃まみれだし、なんなら蜘蛛の巣も張ってたけど、誰もいないんだから学校よりずっとマシなはずだ。

「…………ふぅ…………」

 アイツの口から深い息が漏れる。
 ボクの方もすっかり息が上がっていた。すぐ近くの床にへたり込み、天を仰ぎ見る。そこには大型デパートや屋内型遊園地にも見劣りしない、見事な吹き抜けが存在していた。

(……同じだ。あの時と)

 ボクがここに来たのは初めてじゃない。オープン前の内覧会で、家族全員で泊まったことがある。もちろん姉さんも一緒だった。ガラス張りのエレベーターに怖がったり、長大な螺旋階段にはしゃいだり。今は止まってるけど、時間ごとに演出が変わる噴水も楽しかったな。

「ここなら誰も見てないし、何を壊したっていい。
 なればいいよ、ドラゴンに」

 後で見つかって騒ぎになるかもしれない。だけどコイツが避けたがってた校舎の崩壊よりは、ずっといいはずだ。

「でも……」
「でもとか言っても、もう止められないんでしょ?」

 明らかに体全体が大きくなっている。ドラゴン化の前兆なのだろう。白衣もストッキングも、肉に食い込むようだ。

「……最後まで、見守るから」

 すると「わかりました」と、か細い声が返ってくる。

「約束ですからね、ベル様。それと、ひとつお願いが……」
「……なに?」

 ボクは安請け合いしたことを、その直後に後悔することになる。

「服を――脱がせてくれませんか?」


>>14話につづく


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