鏡のない世界で  3.3

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太陽が折り返しを迎える頃、僕たちは重い体を引きずるように起床し、食事をした。
土曜日の定番だったあのメニューは、日曜日の定番になっていた。
向かいに座る杏奈は、口は動かし瞬きはあまりせずにテレビを観ている。
皿が空になり、コーヒーを飲む頃には、普段通りの他愛ない話をしばらく続けた。
食後は食器を洗い、布団を干し、風呂掃除をした。我が家の布団を干す時間は短い。部屋を軽く片付け、布団を取り込み、バルコニーから摘んだハーブで紅茶を淹れる。
来週提出する課題の絵画をやらなきゃと、杏奈は茶葉を蒸らす間に準備をした。
作業をしている間も、彼女は一定量で喋る。
色はどちらがいいとか、光の加減はどうとか、会話を止めることはなく作業する。

僕に対する彼女の態度は、今でも変わってはいない。
変わらず僕を大事にしてくれている。
態度も、会話の数も、表情も、杏奈は変わらない。
ただ変わらない顔のまま、同じ口調で男のことも話す。
いっそ気まずそうにしてくれる方が、僕の胸中は幾ばくか和らいだだろう。
悪気のない台詞が重なりすぎて、傷は黒くシミとなって跡を残していた。
男の存在を告げられた頃、問いただすことも拒むこともできない葛藤が酷く、声が出せないことを初めて悔やんだが、今では聞きたくない話に意見を求められずに済むことに、心底救いを感じている。

この生活が、この先もずっと続く。
いや、続くならまだ良いのかもしれない。
いつかは、僕はここを追い出されるのだろうか。
男が僕の代わりに、ここに暮らす日が来る可能性だってある。
僕は、ここでの世界しか知らない。
声も出ない、外に出たこともない。
でも、自身の不自由な生活のことなどどうでもいい。

何よりも、僕は、杏奈のいない人生なんて考えられない。


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