鏡のない世界で  3.2

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声の出ない僕はもちろん彼女との連絡手段も持ち合わせてはいない。帰ってこない理由を知る由もない僕は、夜が更けるほど、不安が増していった。
出かける時の彼女は普段と変わりなかった。最近入念になった身支度を整えて、ワントーン高い声で行ってきますと言って出て行った。
だから、帰ってこないのがデートのせいなのか、何か事故や事件に巻き込まれたのか、判断ができないでいた。
もし何処かで倒れていたりしたら。
時間を忘れるほどデートが楽しいのかよ、とはじめは苛ついていた感情も、数時間後にはそんな心配ばかりで塗り替えられていた。

空が朝靄で濁る頃、玄関が小さな音を立てた。
声は聞こえない。
伏せていた頭をゆっくりと向けると、彼女はまだ靴も脱がすポーチに立っている。
良かった、無事だった。
昨日の朝と同じ身なりで、怪我をしてる気配もないのを確認し、安堵が体中に流れるのがわかった。

同時に襲いかかる疲労と睡魔にかろうじて蓋をしながら、なかなか動く気配のない杏奈のもとへ、ゆっくりと僕は向かった。
「ただいま。起きてくれたの?ありがとう」
起きてくれたんじゃなくて、ずっと起きてたんだよ。と訴えようとしたが、すでに彼女はこちらを見てはいない。
僕に声をかけてからゆっくりと動き出した杏奈は、服を着替え、スマホに少しだけ目をやったあと、ベッドに腰をおろした。
「楓太、一緒に二度寝しよ」
ただ眠いから、というそれ以外の感情など一切ないような声で彼女は言う。眼はもう殆ど開いていない。
畳み掛ける困惑に、疲労がより一層のしかかる。
これが、いわゆる二股というものなのか?
布団を少し上げて僕を待っている彼女を見つめながら、もはや機能していない脳内は弱々しく疑問を点灯させ、次の手にいくまでもなく呆気なく消灯した。
目の前にある彼女の顔は、綺麗に化粧が落とされていた。


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