鏡のない世界で  1.2

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テイクアウトしてきたカフェラテを飲みながら、しばらくスマホを見ていた杏奈の眼が、ふと明るくなるのがわかった。
まただ。
1ヶ月ほど前から、杏奈がこういう眼をする時が増えた。
今まで見たことのないその表情を初めて見たとき、僕は激しく動揺したのを覚えている。
そしてこの表情の後は必ず、聞きたくない言葉を聞くことになる。
「楓太、明日朝からちょっと出かけてくるね」
やっぱり。

明日は土曜日。
少しゆっくりめに起きたあと、寝ぼけながらも布団をベランダに干し、身支度を軽く整える。
トースターに食パンをセットしたら、スクランブルエッグを作りながらトマトも一緒に炒め、すべてをのせた皿とコーヒーのセットがいつもの朝食の定番だった。
平日は通学しているため、僕は土曜の朝のこの時間をとても楽しみにしているのだが、明日はなくなってしまった。

「そんな顔しないで。日曜日はずっと家に居るから、この前話してた映画を一緒に観よう」
僕を慰めながらも、杏奈の顔に曇った色はまったく見当たらない。
なんだろう、胸がざわざわする。
何を不安がることがある、杏奈は僕を大切に思ってくれているではないか。
学校に仲のいい女友達ができたのだろう。女の子同士で話したいこともたくさんあるだろうし。男の僕ではわからない世界もあるはずだ。

しかしそれなら何故、その友達の話をしてくれないのだろうか。
そうなのだ。いつも何でも話してくれるのに、この外出だけは、帰ってきてから何も話してはくれない。その日あったことを何ひとつ。
隠してる素振りも、気まずそうな様子もない。ただ、何も話さないのだ。
それが余計に僕をざわつかせた。
態度に示せば、彼女なら気づいてくれるかもしれないが、それを阻むのに十分なほどの煩慮が渦まき、自分から聞く勇気を削ぎ取っていた。
ホクロのような黒いシミが、心にできてしまったようだった。
明日、ランチをする場所だろうか。お洒落なオープンテラスの写真が一面に掲載されたグルメサイトを、鼻歌まじりに覗く横顔が、刺すような痛みを一緒に連れてくる。

杏奈には今、僕の顔はどう写ってるのだろうか。
何も、感じてないのだろうか。
普段はあんなに分かり合えているのに、これに関してだけは、僕の寂しさが伝わらない。

翌朝、外はまだ静かで、鳥の鳴き声が届くほど空気が澄んだ時間から、杏奈は出かける準備をしていた。
今日はいつにもまして、念入りな身支度だ。可愛いのだから、そこまでしなくてもいいのに。
横目で見やる僕などお構いなしに、杏奈は玄関に座り、お気に入りの白いスニーカーを履いた。
「お留守番よろしくね。行ってきます」
朝日を受けて逆光する後ろ姿を、僕は無言で見送った。


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