鏡のない世界で  1.1

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築年数のまあまあ経っている、コンクリートでできた4階建てのマンション。
1フロアには南に面して4住戸並び、北側の外廊下がそれを繋いでいる。
僕たちの部屋はそこの3階、一番西側の住戸だ。
北側の玄関を入ると半畳ほどのポーチがあり、右手にはポーチと同じ幅の靴収納がある。
腰の高さほどのその収納の上には、カギを入れるガラス製の丸皿と、ベランダで育てているハーブが芳香剤がわりに活けてある。
左手には冷蔵庫を挟んで廊下に面するようにキッチンがあり、シンクの前にあるすりガラスの小窓からは、外の明かりと時々通る廊下の人影が入り込んでくる。
ワンルームタイプのこのマンションは、名前の通り玄関を入ってすぐのこの部屋がすべてだ。
壁沿いに窓と家具が無秩序に隙間を埋め、部屋の面積をひと回り小さくしている。
この部屋にドアと呼べるのは、玄関以外に風呂場への出入口だけだった。
西面に窓はついていなかったが、南面はほぼ窓だったため、角度の低い夕方の西日は容赦なく差し込んでくる。

「ただいま、楓太(ふうた)。ねぇ聞いて?向かいのカフェね、テイクアウト始めたの。
 買って帰った方が早いかなと思って並んだんだけど、結構かかって。結局遅くなっちゃった。」

玄関を開けるなり、早々と杏奈(あんな)は話し始めた。
言い訳をしているのではなく、伝えたいことはすぐに口に出してしまうタイプなのだ。
彼女はよく喋る。僕の分も。
そして喋れない僕と、ちゃんとコミュニケーションが取れる。
僕の表情や態度から、伝えたいことを的確に汲み取ってくれる。
杏奈のおかげで、僕の日常は何不自由なく送ることができていた。

「なんか今日は満足気な顔してるねぇ。面白い番組でもやってた?」
この家では一日中テレビがついている。杏奈が学校に行っている間、僕が寂しくないようにと、出かけ際につけていってくれるのだ。
たしかに今日の昼番組は面白かったが、そんなに顔に出ていたのか。
僕以上に、杏奈の方が僕のことをわかっている。
西日が映りこんだガラステーブルに向かい合って、他愛ない話をまったりと聞くこの時間が、僕はとても好きだった。


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