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魔の岬と、悲しみのつま先

あの、鉄格子のはまった小さな窓越しに見た辺戸岬は、かなわない夢のようだったけど、実際は、バイクで5分くらいだった。
辺戸岬は、全体が、切り立った灰色の崖の上にある。海に向かって続く細長い岩場の先に、岬の先端が見えた。少し距離はあるけれど、立入禁止の看板や柵はなかった。行こうと思えば、岬の先端に立てそうだった。岬の先端がそこにあって、行こうと思えば行けるなら、行く。
遊歩道から外れて、岬の先端を目指した。足元には、噴き出した溶岩がそのまま固まったような、ごつごつした灰色の岩が、むき出しになっていた。ゴジラの背中のようだった。風が強いので、帽子を飛ばされないように、気を付けて進んだ。
先端に向かって進むと、足元の岩が増えてきた。この辺りまで来ると、足元に、地面はなくて、灰色の岩しかなかった。溶岩が固まったような岩は、表面がザラザラだった。固くなった角質を削り取る軽石の、悪魔が使うやつみたいだった。不安定な岩場で、バランスを崩して手をついたら、角質じゃなくて、肉がごっそり削られそうだった。想像しただけで痛かった。
絶対に転べない状況の中、慎重に、足を進めた。岩場は、ますます、不安定になった。全ての岩が、上に向かって、尖っているように見えた。さっきはゴジラの背中に見えた岩場が、意図的に作られたトラップみたいに見えてきた。今までに、何人もの調子に乗りやすい観光客を痛い目に合わせてきたのが、簡単に想像できた。
強い風が吹いた。体がふらついた。疲れを感じた。足元しか見ていなかった目を上げた。さっきは、そんなに遠くないと思った辺戸岬の先端が、遠く見えた。後ろを振り返った。全く進んでいなかった。
辺戸岬の先端は、目の前にあって、行こうと思えば、行ける。行こうと思わないと、行けない。もう、行こうとは、思っていなかった。
危険な岩場から戻って、足元を見下ろした。去年買ったばかりの、バイクのブーツのつま先が、凶暴な岩に削られて、傷だらけになっていた。それは、とても、悲しいつま先だった。
今日もまた、調子に乗りやすい観光客が、辺戸岬の餌食になったのであった。

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