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背中にお守り

大猷院の座敷の左側の壁沿いに、龍神破魔矢と、ポスターが飾ってあった。ポスターには、聖闘士星矢に出てくるような、黄金の鎧に身を包んだアニメ風のキャラクターが、龍神破魔矢を、今まさに放たんと、カッコよく構えているイラストが描いてあった。ボディは青くなかったので、烏摩勒伽様ではない。そのポスターの横のショーケースの中に、龍神破魔矢が飾ってあった。黄金に輝く破魔矢に、矢の先に向かって渦を巻く昇龍の姿が、浮き彫りになってあしらわれていた。矢の先も、単純に尖っているのではなく、仏具をほうふつとさせる凝った造形だった。聖闘士星矢の友達の誰かが実際に使っていた、と言われても、まったく疑わずに受け入れられる、少年の心に響くデザインだった。
これは、欲しいかもしれない。
さすが、ファッショニスタ烏摩勒伽様。そういえば、若いお坊さんの営業トークも、東照宮や三仏堂と比べて、控えめだった。商品を一目見てもらえばわかります、梵字のプレートみたいな猛烈な売り込みは不要、という大猷院の自信が伝わってきた。
若いお坊さんのお話が終わるころには、頭の中は、龍神破魔矢を買うかどうか、しかなかった。高価じゃないのか、家のどこに飾るのか、今は旅先で興奮しているだけじゃないか、だいたい30cm以上もある細長いものをどうやってバイクに積むんだ、と、買わない理由がぐるぐると頭の中を回っているのに、買わない、と言い切れなかった。
お坊さんのお話が終わって、座敷の右側の売店に行った。売店には、さっきの若いお坊さんがいた。営業トークが控えめだったせいか、売店に寄らずに、座敷を出ていく観光客が多かった。おかげで、龍神破魔矢をじっくりと見られた。聞いてみたら、触ってもよい、とのことだった。飾られていた龍神破魔矢を手に取った。予想に反して、ズシリと重かった。金属の手ごたえ。これは、子供のおもちゃではない。その重い手ごたえが、私のハートを射抜いた。
すみません、一つください。
破魔矢を受け取るときに、この先の旅の御無事をお祈りします、と、お坊さんが言ってくれた。一人旅の途中で、こんなふうに声をかけられると、元気が出る。
誕生日のおもちゃを買ってもらった子供のようなテンションで、座敷を出た。そのまままっすぐ夜叉門のところに行った。烏摩勒伽様と龍神破魔矢の記念写真を撮った。
駐車場に戻って、バイクのリアキャリアを開けた。手に持っている、薄くて長細い箱を積む方法を考えた。せっかくの龍神破魔矢を、荷物の下敷きにするのは嫌だった。一番上に置きたいのに、安定して置ける方法がなかった。
バックパックを開けてみた。左側の端に、少しだけスペースが空いていた。龍神破魔矢の箱を、そのスペースに差し込むと、ぴったり収まった。長さもぴったりだった。
破魔矢、というと、家に飾っておくもので、普通は持ち歩かない。でも、破魔矢もお守りの一種、と考えると、どうだろう。持ち歩いてはいけない、とは言えない気がする。決めた。今回のツーリング、ここから先は、破魔矢を帯同して走る。破魔矢を収めたバックパックを背負って、バイクにまたがった。
すると、背中に矢を携えて、鉄馬にまたがる形になることに気が付いた。つまり、これは、いろんなところに問題があるとしても、形式上は、矢筒を背負って、馬を駆る侍と、ほとんど同じだ。気分が良かった。実際に走り出すと、ますます気分が良くなった。何しろ、背中には、魔を破する矢を携えているのだ。それも、破魔矢発信源の烏摩勒伽様の特別仕様。どう考えても、無敵。絶対に気のせいだとわかっていても、背中から、今まで感じたことのないパワーを感じた。バイクに乗ると、どうしても車よりは危ない目にあいやすいので、お守りを持っている人はたくさんいるだろう。しかし、これだけのものを持って、バイクに乗っている人は、どうだろう。
決めた。私は、これから、龍神破魔矢とともに走る。今回のツーリングだけじゃなくて、この先もずっと。

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