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吐きそう

久米島行きのフェリーは9時出航なので、ホテルを8時に出れば、十分間に合う。出航or欠航の発表は7時半で、朝食も7時からなので、7時に起きれば、何の問題もない。
それなのに、朝5時に目が覚めてしまった。もう一回寝ようと思ったけれど、眠れなかった。フェリーが欠航した場合の、飛行機の予約のことを考えると、緊張した。昨夜考えた、フェリーがだめなら飛行機があるじゃない作戦が、プランAも、プランBも、うまく行く気が、全然しなかった。改めて、自分の才能が憎かった。なんで、飛行機のことなんか思いついたのか。あと、自分で思いついた計画に、簡単に追いつめられて、眠れなくなるくらいにテンパる自分のメンタルが情けなかった。
早く起きても、できることはなかった。今はやることがないけど、フェリーが欠航、となったら、やることがたくさんあった。目が覚めてから、何もしないでいると、時間が過ぎるのが遅かった。6時半くらいからは、自分でも、どうしてこんなに、と思うくらいに、緊張していた。合格発表を待つ受験生のようだった。フェリーが欠航すると、俺、人生変わるのか。そんなことはない。急いで、飛行機のチケットを予約するだけだ。
何もしないでいると意味もなく緊張が高まるので、7時になったら、すぐに朝食を食べに行った。そうしたら、こんなに緊張しているのに、ビュッフェ形式の朝食は、いつものように食べ過ぎてしまった。そして、緊張のあまり、吐きそうになった。ビュッフェ形式を発明した人が、憎い。あと、どんなに緊張していても食べすぎてしまう自分の食欲が嫌になった。
レストランから部屋に戻った。スマホで、久米島フェリーのサイトを見た。
本日は、全便出航です。
ふう。大きく、ため息をついた。久米島に行ってしまえば、こっちのものだ。帰りのことは、知らない。フェリーで行ったら、バイクがあるから、帰りもフェリーに乗るしかない。欠航しても、出航するまで、待つしかない。飛行機があるじゃない、とはならない。沖縄から帰る飛行機の手配とか、レンタルバイクの延長とか、いろいろあるかもしれないけれど、そういうのは、その時になってから、バタバタすればいい。
 
フェリーは、無事に、那覇港を出た。
緊張から解き放たれて、大いにはしゃいだ。甲板に出て、出航後の後片付けをする船員さんを見学した。風に帽子が飛ばされないように頭を押さえつけながら、水平線を眺めた。フェリーから見る水平線は、陸地から見る水平線とは違って見えた。いやあ、海はいい。フェリーに乗るって、素敵だ。風は強いけど、爽やかだ。さあ、波を切って、進め!久米島へ!
それはそうと、天気予報が言っていたとおり、風が強かった。
風が強いと、当然、フェリーは、揺れる。実際、船の前方の水平線が、上下する船首の向こうに、見えたり、隠れたりするくらいに、揺れた。船首にぶち当たった波が、甲板に乗り上げて、床に水たまりができるくらいに揺れた。その景色を撮ろうとして、外に出たら、バケツでぶちまけられたみたいに、頭から波をかぶって、びっくりするくらいに揺れた。
はしゃいでいられたのは、最初の30分だけだった。比較的揺れが少ないとされる船の後方に、すみやかに移動した。さっきまでとは違う気持ちで、遠くの水平線の一点を見つめた。今朝は、緊張で吐きそうだった。今は、普通に吐きそうだった。なぜ、俺は、朝食をあんなに食べてしまったんだ。ビュッフェ形式を発明した人が、やっぱり憎い。フェリーは全部で3時間半もあるぞ。
深く、ゆっくり、呼吸をしながら、遠くの一点を見つめ続けた。時計の針は、全く進まなかった。ものすごく頑張った後で、時計を見たら、まだ2時間残っていた。ああやばい。だめだ。これは、緊急事態だ。今こそ、禁を解かなければならない。
「船酔い ツボ」で、検索。
「内関(ないかん):平衡感覚を正常にする働きがあります。胃の不快感や吐き気を和らげ、乗り物酔いに効くとされています。手のひらを上に向けた状態で、手と手首の境目にあるしわの真ん中から指3本分ひじ側へ進んだところにあります。」
「翳風(えいふう):内耳の平衡感覚と関連するツボとされ、乗り物酔いの予防に効くと言われています。耳たぶの裏の耳たぶと骨のでっぱったところの間のくぼみにあります。」
押した。必死で押した。少し、効いている気がした。こういうのは、信じることが大切だ。
あと、1時間55分。久米島は、遠かった。

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