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小さなあの子

三浦半島の南西の城ケ島という島には、東西に、灯台が一つずつある。西側が城ケ島灯台、東側が安房崎灯台。城ケ島灯台には由緒正しき歴史があって、島の名前もついていることから、城ケ島は、たぶん、城ケ島灯台を推している。でも、私が興味をひかれたのは、安房崎灯台の方だった。
安房崎灯台は、変わった形の岩でできた磯の先にぽつんと立っている、ちょっと大きめの街灯のような小さい灯台だった。磯を歩いていくと、すぐ近くまで行けるようだった。岬の高いところに、周りを見下ろすように立つんじゃなくて、磯の端っこで、海面と同じ高さのところで、背伸びをせずに一人でがんばっている姿が健気に見えた。写真で、その健気な姿を見たときに、こういう子が地道に支えているから、世の中は回っているんだ、と勝手な感情移入をしてしまった。俺はわかってるぞ、と、ほめてあげたくなった。ぜひ、その子の横に立って、同じ景色を見てみたかった。
安房崎に着いたのは10時過ぎだった。雨の駐車場は、空だった。駐車場から岬の先端までは、きれいに整備された公園になっていた。公園に入って、「灯台→」という看板に従って歩いた。岬の先端の岩場に下りる手前は、藪になっていた。藪の中の下り坂を下りた。この藪を抜けると、その先の、うねうねとした特徴のある岩でできた磯の端っこで、あの子が今日もがんばっているはずだった。
藪を抜けて、岩場に下りた。海の方に目をやった。岩場の先に、真新しい土嚢が、たくさん積みあがっていた。どういうことなのか、頭では、すぐに理解できた。でも、気持ちがついてこなかった。気持ちの整理をつけるために、岩場の先端に向かって歩いた。近づけば近づくほど、見えているものを否定したい気持ちが強くなった。前だけを見て歩いていたので、水たまりに足を突っ込んでしまった。派手に水しぶきが上がった。土嚢が積まれた手前に、立ち入り禁止の柵があった。柵の手前に立って、土嚢の間を見た。灯台の土台のような部分が少し見えた。
あの子は、いなくなってしまったんだ。
土嚢は新しかった。灯台がなくなったのは、そんなに前のことではないみたいだった。先週の豪雨のせいだろうか。磯の端っこで一人で頑張っていたその健気な姿は、大自然の前に打ち砕かれてしまったのだろうか。
残念な気持ちを抱えて、駐車場に戻った。駐車場の手前に、公園の掃除をしているおじさんがいたので、灯台が、いつなくなったのか、聞いてみた。1~2か月前のことだと教えてくれた。公園の中に新しい灯台を作ったから、古い灯台は撤去した、とのことだった。公園の中の新しい灯台は、岬に向かう途中で見かけた。先のとがった、変なモニュメントみたいな灯台だった。写真を撮る気にもならなかった。あんなものができたせいで、あの子がいなくなるなんて。
おじさんに、灯台を見に来たので残念です、と言った。おじさんは、公園の看板が、岩場に灯台があるときのままになっていることを謝ってくれた。でも、あの小さな灯台がなくなったことは、特に何とも思っていないみたいだった。

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