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ひとっ風呂と、大惨事

霧多布から、厚岸を抜けて、釧路湿原に向かった。釧路湿原でサルボ展望台に寄って、R391を北に向かった。
昨日までと比べて、何となく、景色の雰囲気が違って見えた。昨日までは、確かに海沿いを走っていたけど、ずっと海が見えていたわけじゃなかった。R391と同じように、山の中も走ったし、牧場の中も走った。でも、何かはわからないけど、何となく雰囲気が違った。何もない林と牧場の中の道を、リラックスして走った。サルボ展望台から50kmほど走って、そろそろ屈斜路湖、というところで、R391がR243に突き当たった。信号を久しぶりに見た。T字路の正面に、看板があった。
「ミルクあふれちゃう。乳牛だもの」
みつを、ではなかった。
 
R243で屈斜路湖に向かって、道道52で左折した。道案内を見落とさないように、気をつけて走った。露天風呂、という看板は、すぐに見つかった。
コタン温泉の露天風呂では、冬になると、雪景色の中、白鳥と一緒に温泉に入れる、というのを、テレビで見た。開放的な露天風呂は、目の前に屈斜路湖が広がっていて、夏でも気持ちよさそうだった。でも、ネットには、コタン温泉は温度が高い、と書いてあった。家の風呂の温度設定が39度という、設定温度も、風呂に対する姿勢もぬるい私には、厳しい世界の話だった。きっと、ほとんど、熱湯風呂みたいなものだろう。そう予想していたので、露天風呂に入るつもりはなかった。テレビで見たのと同じ景色を眺めて、誰も入っていなければ写真を撮って、それで終わり、のつもりだった。一応、手だけ温泉に浸けて、アッチッチ、という、控えめな熱湯風呂のリアクションはやるつもりで、トップケースから、タオルを一枚取り出した。服は、ヘルメットを脱いだだけの、フル装備のままで、駐車場から温泉に向かって歩いた。
コタン温泉には、誰も入っていなかった。予定通り、写真を撮った。それから、予定通り、手を温泉に浸けた。アッチッチ…、くない。これは、予定と違った。どちらかと言うと、少しぬるい。私にとっては、適温だ。コタン温泉には、誰も入っていない。今なら、この、開放的な露天風呂が、貸切だ。予定と違うけど、入っちゃえ。
簡単な棚があるだけの脱衣所に入って、歌舞伎の技みたいに、一瞬で服を脱いだ。ジャケットとオーバーパンツもあったので、棚の一段分が、服でいっぱいになった。タオルは一枚しかないから、手ぶらで、ブラブラだ。
ブラブラさせながら、湯船へと急いだ。湯船に、足を入れた。湯船の底の苔で、足が滑った。足を止めた。転ばずに済んだ。気を落ち着けて、しっかりと足場を確保してから、ゆっくりと湯船に浸かった。7月の北海道の10時過ぎには、ぴったりの湯加減だった。
しかし、さっきは危なかった。岩でできた露天風呂で転んだら、無事では済まない。もし、頭でも打って、気を失ったら、大惨事だ。頭から血を流して、気を失って倒れていたら、間違いなく、救急車を呼ばれる。そして、そのまま、ブラブラさせながら、救急搬送。病院に着いたら、ブラブラさせたままの私を乗せたストレッチャーが、病院の廊下を疾走する。緊張の面持ちで、ERで待機していた看護婦さんは、ブラブラさせたままの私を見て、きっと、こう言う。
「まあ」
大惨事だ。
大惨事を免れて、湯船の中から、屈斜路湖の景色を眺めた。湯船に浸かると、目線が屈斜路湖の水面の近くまで下がった。これは、最近流行りの、インフィニティってやつですね(たぶんちがう)。周りが囲われていない露天風呂は、気持ちがいい。それが貸切なんて、最高だ。
景色を眺めて、10分くらい、ゆっくりした。体も、ほんのり温まった。十分だ。そろそろ上がろう。洗い場もない無料の露天風呂で、30分も粘るような無粋な真似はしたくない。貸切露天風呂のチャンスは、みんなのものだ。

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