四国に帰ってきた
大鳴門橋を渡って、四国に上陸した。まずは、渦潮を見るために、渦の道へ向かった。渦の道は、地元の銘菓みたいな名前だけど、そうではなくて、船に乗らなくても渦潮が見られるという観光施設だ。大鳴門橋の真下に作られた長い廊下の先の展望台まで歩くと、海面から45mの高さから渦潮を見下ろすことができるという。
渦の道からは、渦潮は、見えなかった。
渦の道を出発して、鳴門スカイラインへ向かった。信号で左に曲がると、まもなく、地元の車に追いついた。30秒ほどその車の後ろを走ると、前の車がウインカーを出して少し左に寄ってくれた。すぐに追い越して、左手でお礼を言った。
これ、知ってる。
鳴門スカイラインのワインディングを少し走って、四方見展望駐車場に差し掛かった。7年前、四国にツーリングに来た時、最初に休憩した場所だ。7年前に見た景色をもう一度眺めてみよう、と駐車場に入ったら、展望スペースの前に、バイクがぎっしり並んでいた。、バイクを止める場所は、空いてなさそうだった。駐車場で止まらずに、そのまま出た。
思ったよりも数が多かったけど、これも知ってる。
四方見展望駐車場にはあんなにバイクがいたのに、鳴門スカイラインには、車もバイクもほとんどいなかった。機嫌よく走り抜けて、R11に入った。前には、白い軽トラックがいて、けっこうなペースで飛ばしていた。
これも、知ってる。
すぐに道を譲ってくれる車、四方見展望駐車場にたむろするバイク、やたらと早い軽トラ。四国に上陸して、少ししか時間が経っていないのに、私の知っている四国が次々と現れた。それを見て、素直に出てきた言葉は、帰ってきた、だった。7年前、一週間の四国一周ツーリングを終えて、大鳴門橋を四国から出る方向に渡ったとき、センチメンタルな感情を胸に、またくるよ、と、四国に告げた。そうつぶやいた時は、いつの日か、またロングツーリングをするような機会があったら、四国に来たいなあ、というつもりだった。こんな特別な旅は、そんなにめったにできないだろうけど、いつの日か、きっと。
7年前の四国一周ツーリングは、大学生の時以来となる一週間のソロツーリングだった。大学生の時も、ソロツーリングは1回行っただけなので、事実上、人生初のソロロングツーリングだった。それは、出発する前は、大冒険だと家族に自慢していたくらいに特別なイベントだった。でも、四国から帰ってきた後も、自分の中に何かが残っていて、次の年も、一週間のソロロングツーリングに行った。そして、その次の年も。
また来るよ、と、四国に告げたときは、7年後に、47都道府県を全部回って四国に戻ってくるなんて、全く想像していなかった。人生ってファンタスチックやわ。40過ぎて、サラリーマンのまま日本一周できるなんて。できない、と思っていることの大半は、できない、と思い込んで決めつけているだけで、やってみれば案外できてしまうのかも知れない。
しみじみとそんな感慨にふけってみたけれど、感慨深いのは、私よりもボルティだろう。何しろこの人は、7年と数か月前までは、十数年にわたって倉庫の片隅で埃をかぶり続けていたのだから。十数年前、ボルティは、妻のバイクとして、我が家にやってきた。そして、子供ができて忙しくなった妻は、バイクに乗らなくなった。それからは、私がメンテナンスがわりに時々乗る、つもりだったけど、当時の私は、自分の大型バイクに乗る時間さえ作れなかった。そして、ボルティは、そのままずっと倉庫の奥で埃をかぶり続けることになった。
7年と数か月前、私が幸運とひらめきに恵まれて四国にツーリングに行こうと思い立った時、大型バイクは故障で再起不能になったものの、処分するのは忍びなくて、倉庫の片隅で埃をかぶっていた。その横に、ボルティがいてくれた。倉庫から引っ張り出したボルティのタイヤは、空気が完全に抜けて変な形に凹んでひびだらけだった。エアフィルターに触ると、呪いにかかった悪者が滅びる時みたいに粉々になった。7年と数か月前のボルティは、そんな状態だった。
そこから復活して、ボルティは四国を一周した。7年前の四国ツーリングが終わったとき、ボルティもこんな日が来るとは思わなかっただろう。十数年も放置されて、急に一週間のツーリングに引っ張り出されたけど、こんなのはオッサンの気まぐれで、どうせまた忘れられる。今回、とりあえずまともに走れるように整備してもらって、少しはバイクらしくなっただけマシか。次、思い出されるとしたら、捨てられるときかもな。私がボルティだったらそう言っただろう。そう言われても仕方がない持ち主だった。ひどいもんだ。ホントすみません。
それがまさか、十数年空気すら入れてもらえなかったタイヤを2年に一回交換ながら、毎年あっちこっちを走り回って日本を一周して、7年後に再び四国の地を踏むことになろうとは。もし、私がボルティだったら、こう言うだろう。人生って、ファンタスチックやわ。奇跡の復活のスタート地点の四国に無事戻ってきた今、ボルティは、顔を上げて胸を張るような気分なんじゃないだろうか。
そんなことを想像しながらボルティに乗っていると、自分もなんだか誇らしい気分になってきた。ボルティはすごいけど、俺だって、7年前よりは少しはマシになっているはずだ。また来るよ、と言った四国にも、ちゃんと帰ってきた。ボルティも、少しは私のことを許してくれるはずだ。
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