見出し画像

年頃の病

龍宮窟へと向かう階段を下りて、洞窟の入口に着いた。洞窟の向こうに、砂浜があった。暗い洞窟の中から見ると、日の光が降り注ぐ砂浜は、スポットライトが当たった舞台のようだった。そこに、老夫婦、と呼ぶには、まだ早いくらいの、年配の夫婦が、寄り添うように立っていた。海に背を向けて立ち、何かを見上げていた。洞窟の向こうの、秘密の楽園のような小さな砂浜は、今は、二人のものだった。
私は、そんな二人の雰囲気を気にすることなく、砂浜に向かって歩いた。私の気配に気付いた奥さんが、旦那さんの袖を引っ張った。そして、二人は、砂浜から引き返して、立入禁止のチェーンをまたいで、逃げるように、龍宮窟から出ていった。
二人がいなくなった後、そこに、私一人だけが残った。砂浜に、二人が踏み散らかしたクロックスの汚い足跡が残っていた。静かな龍宮窟は神秘的で、そこを独り占めできるのは、贅沢だった。でも、もう、砂浜は、秘密の楽園のようには見えなかった。
一時期、中国人の観光マナーが取り沙汰されて、中国人をバカにするような風潮があった。一方で、スポーツの国際試合の会場で、ごみを拾う日本人が褒められて、日本人は、周りに気を使える心優しい国民、という風潮もある。でも、私が観光地で見かける風景は、そういう風潮とは、ちょっと違う。中国人のマナーの悪さの典型とされている、悪いとわかっているけれど自分だけならちょっとくらい、ということをする人は、日本人でも、たくさんいる。特に、さっきの旦那さんくらいの、初老の男性に多い気がする。仕事以外のことをやったことがないせいで、観光地に来ただけで浮かれて余裕がなくなっているようにしか見えなくて、みっともなくて、一周まわって、かわいそうになる。
そんなこと言う私も、その年頃に近づきつつある。今は、自分はあんなふうじゃない、と思っているけれど、もしかしたら、あれは、中二病のような、年頃になると発症する症状かも知れない。気を付けよう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?