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タコスを食べるときの服装

夕食の、テイクアウトのタコスを、ジャンバルターコーという店に買いに行った。店は、ホテルから、歩いて10分ほどのところにあった。少し遠いけど、歩いていくことにした。
ジャンバルターコーは、バイクで来ていたら通り過ぎてしまったかもしれないくらい、小さな店だった。アルミサッシの入口を入ると、注文カウンターが正面にあった。ビーフとチキンのタコスを、二つずつ注文した。お店の奥さんが、ニコリともせず、真顔のまま注文を受けて、カウンターの奥の厨房に入っていった。
タコスができるまで、5分もかからなかった。表情の乏しい奥さんからタコスを受け取って、店を出ようとして後ろを振り向いたら、アルミサッシの向こう側、豪雨だった。うわ、と言ったら、アラ、という声が聞こえた。後ろを振り向くと、さっきはニコリともしなかった奥さんの笑顔が見られた。奥さん、笑顔がそんなに素敵なら、もっと愛想よくすればいいのに、というか、奥さん、笑っている場合じゃないですよ。
とりあえず、これが、ツーリング中じゃなくて良かった。この二日間、天気予報にジタバタしながらも、何とか雨に降られずにツーリングできたのだから、ここで豪雨に見舞われたことに、文句はなかった。今、盛大に降ってくれれば、きっと、明日も、いい天気だ。
さて、それはそれとして、どうしたものか。
服が濡れるのは仕方がないとして、パリパリのタコスの皮が濡れてしまうのは困る。そうでしょう奥さん。わーすごい雨、と言って笑ってないで、タコスの心配をしてくれ。そして、私のことも、少しは心配してほしい。
不意に降り出した豪雨は、不意に止むことも多いので、店の入口で1分くらい、モジモジしてみた。もちろん、それくらいでは、どうにもならなかった。奥さんに、ビニール袋を多めにもらって、タコスを厳重に包んだ。
豪雨の中に、踏み出した。すぐに、ずぶ濡れになった。少し歩いて、ポケットの中の財布とスマホが濡れてしまうことに気が付いた。もう少し、ビニール袋をもらっておけばよかった。でも、もう、こんな姿では、店に戻れなかった。通りがかりの店の軒先で、タコスの上に、財布とスマホを置いて、ビニール袋で包みなおした。ジャンバルターコーに向かうときはそんなに遠いと思わなかった道が、帰りは、とても遠かった。
ホテルに着くと、海に落ちたのか、というくらい、全身が濡れていた。濡れていないのは、防水のブーツの内側だけだった。部屋に戻って、風呂場で、服を全部脱いだ。脱いだ服を置いた浴槽の中に、水たまりができた。
下着は替えがあっても、上着やズボンは、替えがなかった。このままでは、明日、着る服がない。全裸で、腕を組み、びしょ濡れの服を見ながら、考えた。ひとかたまりのびしょ濡れの服は、脱水し忘れた洗濯物のようだった。…。そうか、脱水すればいいのか。どうせ、今日は下着を洗濯するつもりだったから、全部まとめて洗濯してしまおう。乾燥機にかければ、問題は解決だ。
次の問題は、洗濯機のところまで、どうやって行くか、だった。服は、浴槽の中の物しかなかった。どうしようかと考えながら、とりあえず、残りの下着を取りに、風呂場を出た。部屋の壁にかかっている、バイクのジャケットと、オーバーパンツが、目に入った。
びしょびしょに濡れた服をビニール袋に入れて、なんとか、洗濯機にたどり着いた。裸ジャケットと、裸オーバーパンツは、やっぱり、着心地が良くなかった。部屋に戻って、すぐに脱いだ。
ベッドに腰掛けて、ビニール袋の中から、タコスを取り出した。タコスは、必死に守っただけあって、皮は、パリパリのままだった。肉と、野菜と、チーズと、ソースの量が絶妙で、うまかった。ビールにばっちりだった。
しかし、明日の服のことは、一生懸命考えたけど、タコスを食べるときの服のことは、何も考えてなかったな。まさか、全裸でタコスを食べることになるとは。チリソースを変なところにこぼさないように気を付けないと。

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