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親切のはかりめ

富津市の名物料理はアナゴで、この辺りでは、アナゴのことをはかりめという。
ツーリングの計画を立てるとき、一番有名な、いそね寿司の営業日を調べたら、定休日だった。他の店を調べると、宿泊先のさざ波館から歩いて5分くらいのところに、平兵衛というお店があった。
鋸山から、さざ波館に着いた。着替えて、すぐに平兵衛に向かった。店に入って、メニューを出してもらう時に、メニューも見ないで、はかりめ重を注文した。すると、店のおばさんが、申し訳なさそうに、はかりめは切らしている、と言った。ここ一週間ほどシケが続いていて、船が出ていない、と言っていた。船が出ていないと在庫がない、ということは、新鮮であることは間違いないわけで、そう聞くと余計に食べたくなった。でも、ないものは、ない。すると、平兵衛のおばさんが、今日は何曜日か、と聞いてきた。月曜日、と答えた。
「いそね寿司さんは休みか。あとはー、いとや旅館さんが、はかりめやってるよ」
何のことを言っているのか、すぐにはわからなかった。少し間が空いた後で、はかりめが食べられる他の店を教えてくれていることに気が付いた。場所を聞いたら、すぐ近くだ、と教えてくれた。でも、この辺りは道が入り組んでいて、行き方がよくわからなかった。スマホでグーグルマップを出して聞こうと思って、スマホを宿に忘れてきたことに気が付いた。一旦、スマホを取りに帰ることにした。
平兵衛の人にお礼を言って、さざ波館に戻った。宿の人に、早かったですね、と言われた。平兵衛には、はかりめがなかった、と言った。一週間くらい船が出てないですからね、という返事だった。はかりめが食べられる別のお店を教えてもらったんですけど、と言って、その店の名前を忘れてしまっていることに気が付いた。なんとか旅館、って言ってたんですけど、というと、宿の人は、いとや旅館さんだと思います、と教えてくれた。そして、ちょうどこれからいとや旅館に行く用事があるので、連れて行ってくれる、と言った。いとや旅館がはかりめを切らしていないかどうかも、先に電話で聞いてくれた。
部屋に戻って、スマホを持って、ロビーに戻った。玄関に、宿の人がいて、いとや旅館にははかりめがある、と教えてくれた。
いとや旅館は、平兵衛よりも、さざ波館に近かった。入口は、普通の旅館の入口で、夕食だけ食べられる店には見えなかった。平兵衛から直接ここに来ていたら、入るのにずいぶん躊躇しただろう。いとや旅館に入ると、さざ波館の人が、さっきの電話のお客さんです、と伝えてくれた。
旅館の食堂に通されて、席に着た。はかりめ丼でいいですか、と聞かれた。客は、他には誰もいなかった。
はかりめ丼が出てきた。ご飯の上に、びっしりとアナゴが並んでいた。アナゴは、ふわふわと身が柔らかくて、おいしかった。お店の人に、はかりめは初めてですか、と聞かれた。富津は初めてです、と答えた。でも、広島の宮島でアナゴ弁当は食べたことはあります、と付け加えた。宮島のアナゴ弁当のアナゴは、もっと身がしっかりしていたので、印象がずいぶん違う、と言ったら、うちのはかりめは二度炊きしているので身が柔らかいんです、と、いとや旅館の人が教えてくれた。

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