回り道と未舗装路
女神湖から蓼科スカイラインに入って、峠を越えた。下り坂を走っていると、唐突に、巨大な白いパラボラアンテナが見えた。アンテナの向かい側の駐車場にバイクを止めた。三笹深宇宙探査用地上局、という看板が、駐車場の入口に立っていた。
予定では、この辺りで蓼科スカイラインからそれて、JAXA臼田宇宙空間観測所の、もっと大きなパラボラアンテナを見ることになっていた。バックパックからスマホを取り出して、yahooカーナビでルートを確認した。画面には、この駐車場の横にあるわき道を通って、臼田宇宙観測所に向かうルートが表示されていた。歩いて駐車場を横切って、わき道を見に行った。そこには、車一台分くらいの幅の未舗装路があった。ストリートビューでここから先の道の様子を見ようとして、グーグルマップを立ち上げた。でも、グーグルマップでは、目の前の道は、存在しないことになっていた。
グーグルマップで臼田宇宙観測所までのルートを検索すると、ここから5kmほど進んだところにあるわき道を通るルートが表示された。ストリートビューで、そのわき道を見てみると、轍の間に脛くらいの高さの草が生えている未舗装路が表示された。yahooカーナビでそのルートを確認しようとしたら、yahooカーナビでは、その道は存在しないことになっていた。地図を見比べてみると、グーグルマップのルートの方が、わき道の距離は短いみたいだった。
両方の地図に載っている道を使うルートを調べてみると、yahooカーナビのルートより、片道15kmほど遠回りすることになった。そのルートだと、未舗装路を通ることはない、というのは、地図を見ればわかった。巨大なパラボラアンテナは見てみたいけれど、片道15kmの回り道をするかどうかは、少し考える必要があった。ふと思い出して、バックパックからツーリングマップルを取り出した。ツーリングマップルの地図では、臼田宇宙観測所は、見開きページのちょうど真ん中になっていて、地図に存在していなかった。
さて。
yahooカーナビの道は、最短距離。ただし、未舗装路を通る。
グーグルマップの道は、5kmほど遠回りになって、そっちも未舗装路を通る。ただし、未舗装路の距離は、yahooカーナビのルートよりも短い。
未舗装路を通らなくてもいいルートは、yahooカーナビのルートより、片道15kmほど遠回りになる。
時計を2つ持つ人は正しい時間がわからない、というのは、私の好きなマーフィーの法則だ。好き、というのは、そういう状況を好む、というわけではなく、それが真理だからだ。深宇宙から何かを受信しているらしい目の前の巨大なパラボラアンテナを見ながら、さらに巨大なパラボラアンテナに向かう道のことを考えた。ボルティに乗っていることからもわかるように、もちろん、未舗装路を走るのは好きではない。ただ、昨年の北海道ツーリングで、サロマ湖展望台に行くときと、カムイワッカ湯の滝に行くときに、未舗装路を走って、走れないわけじゃないことを知ってしまった。少しは自信もついたし、正直、少し楽しかった。
yahooカーナビに表示されているルートを見た。ツーリングではいつもお世話になっている、僕のF.R.I.D.A.Y。普段の彼女なら、それが舗装路であっても細い道を回避するルートを表示する。その彼女が、今回はこのルートを選んだ。ということは、もしかすると、未舗装路はそんなに長くなくて、少し走れば、舗装路に変わるのかもしれない。それに、ここからみるかぎり、駐車場の横のわき道は、カムイワッカ湯の滝に向かう未舗装路と同じくらいの難易度に見える。あのときは、少し楽しかった。
わかったよF.R.I.D.A.Y。僕は君を信じる。行こう、きっと大丈夫さ。
駐車場から、ゆっくりと未舗装路に入った。砂利が敷かれたフラットな道は、しばらく進むと、下り坂になった。進むにつれて、道幅が狭くなった。気が付くと、軽トラ一台がぎりぎり通れるくらいの道幅になっていた。ボルティは小回りが効くから、少し走ってみて、無理そうならUターンすればいい、と思っていたけれど、こんなに狭いとそれも厳しそうだった。そのことに気が付いたときには、道の両側が深い林になっていた。下り坂の勾配も、少し強くなった。アクセルを開けてもぎくしゃくしないように3速でゆっくり進んでいたのに、下り坂のせいで、3速だとスピードが上がってしまった。2速に落とすと、スピードが上がらなくなった。その代わり、アクセルを少しでも開けすぎると、すぐにギクシャクして、後輪が滑りそうな気がした。そのうち、道の真ん中の轍に草が茂り始めた。草は、膝の高さまで生えていて、走れるのは、右か左の轍のどちらか片方だけになった。山側の右の轍を進むことにした。そして、フラットだった道のところどころに、大きな段差が現れるようになった。こういうのは、今まで走った未舗装路にはなかった。ボルティに乗っていることからもわかるように、もちろん、こんな道は、好きでも何でもない。全然楽しくなかった。そんなこと言っても、進めるのは、今進んでいる轍の上だけで、段差をかわす方法はなかった。祈るような気持ちで段差を乗り越えた。7月末なのに、曇り止めの二重シールドの内側が曇った。F.R.I.D.A.Yは、駐車場を出てから、一言もしゃべらなかった。
引き返すならそろそろ決めないといけない、と思うと同時に、もう半分以上進んだから引き返すより進んだ方がマシ、なような気もした。実際の走行距離はわからなかった。駐車場を出るときに、オドメーターを見ておかなかったことを後悔した。山側の轍は、谷側の轍よりも、現れる大きな段差の数が多いような気がした。でも、転んだ時のことを考えると、谷側の轍は通れなかった。3速でリアブレーキを使って減速するのが一番走りやすい、というのを見つけて、そこから先は、気持ちの問題だった。今の状況からは一秒でも早く抜け出したいけれど、スピードを上げても何もいいことはない。安定。今は、それが全て。バイクを止めて、スマホをバックパックから取り出して、ナビで残りの距離を確認したい衝動をこらえた。残りの距離を見ても、距離が短くなるわけじゃない。それに、止まって、スマホを見るのは、安定じゃない。ここまで来たら、もう進むしかない。進めば、その先に道がつながっている。それは、間違いない。F.R.I.D.A.Yが、そう教えてくれた。絞るようにアクセルを開けて、探るようにリアブレーキを踏んで、ガタガタゴトゴトと先に進んだ。
「300m先、右方向です」
突然、F.R.I.D.A.Yがしゃべった。F.R.I.D.A.Yのことは忘れていたので、びっくりした。そのあと、まもなく右方向です、と、彼女が言ったとき、未舗装路の先、突き当りのところに、舗装路が見えた。アクセルを開けそうになるのを、ぐっとこらえた。まだだ。安定。今はまだ、それが全て。
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