見出し画像

山歩きのスキル

烏帽子山の山頂には、櫓のような展望台があった。階段の手前に、上に上がる順番待ちの短い行列ができていた。行列に並んだ。それほど待たずに、順番が回ってきた。狭い階段を上がると、そこには、二畳くらいの広さの展望台があった。五人も入れば、かなり窮屈だった。
でも、この狭さが、この展望台の持ち味だった。展望台は、周りの木が視界に入らないくらいの高さがあった。柵も低めだった。狭い展望台の真ん中に立つと、視界には、山頂から見下ろす視界をさえぎるものが、何もなかった。周りの木どころか、自分のいる展望台も見えなくなった。360度のパノラマビュー、というと、水平方向に一回転で、展望台そのものはなかったことにしてください、となるけれど、烏帽子山の展望台は、上下方向も、270度くらいは視界が開けていた。全天球型のパノラマビューだ。天気が良かったので、海の向こうに富士山も見えた。
その、素晴らしい展望台に行くには、烏帽子山を登らないといけない。烏帽子山の下の方は、300段くらいの階段があって、その先は、山道を10分ほど、歩くことになる。駐車場から、しっかり歩いて30分くらいなので、楽ではなかった。山道は、踏み慣らされてはいるけれど、あまり整備されていない道で、歩きやすいとは言えなかった。でも、登って良かった。
ツーリングであちこちを観光をするようになって、烏帽子山のように、しっかりと歩く機会が増えた。バイクのブーツは歩きにくいので、最近は、歩くための靴を、別に用意するようになった。登山、というほどではないけれど、高いところに向かってコツコツ歩いて、その先にきれいな景色がある、という体験を何回かすると、山歩きにも、興味が出ないわけでもない。過去に訪れた観光地で、時間の都合で歩けなかったところも何カ所かあるので、いつかはちゃんと歩いてみたい、と、思わなくもない。
歯切れの悪い言い方になっているのは、自分の適性に、自信がないからだ。以前から、そうじゃないかと思っていたけど、どうやら、歩くのが下手らしい。デコボコの岩場を歩くと、体がフラフラする。自分よりも体力のなさそうな観光客が、普通のスニーカーで、ひょいひょいと歩いているような岩場でも、なぜか、まっすぐ歩けない。すぐによろける。手をつくこともある。
そして、道を間違える。烏帽子山ですら、間違えた。ずいぶん荒れた山道だ、と思いつつ進むと、どう見ても先に進めなくなった。後ろを振り返ると、自分が進んだのと反対方向に、道が曲がっているのが見えた。
仮に、私が、山歩きを趣味に加えたとしても、行くときは一人だ。ソロツーリングの楽しさを知ってしまったので、いまさら誰かと出かける気にはならない。それはつまり、すぐによろけて、すぐに道を間違えるオジサンが、一人で山を歩く、ということだ。これは、典型的な、遭難するパターンじゃないだろうか。なんでこんな穏やかな山道で、というところで、道を間違えて遭難。そして、足を滑らせて滑落。夜になっても帰らないので、家族が捜索願を出すものの、行先をはっきり伝えていないので、発見が遅れて残念。そんな展開が、簡単に想像できてしまう。
今は、山歩きをする時間があれば、それよりもツーリングをしたいので、山歩きが趣味になる可能性は限りなく低い。でも、いざというときのために、よろけないで歩けるようにはなりたい。歩くのって、どうやったらうまくなるのかな。みんなが普通にできることは、誰も教えてくれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?