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ヌグフール・キルヤム現象

白神岬の手前で、雨が止んだ。空は、相変わらず厚い雲に覆われているけれど、雨は止んだ。
この天気だと、レインウェアを脱ぐのは、まだ早い気がするけれど、グローブくらいは、変えてもいいような気がした。ボルティには、ナックルガードもつけてあった。白神岬で、レイングローブを、皮のグローブに変えた。
15分後、雨が降り出した。そのうち、雨が止むだろう、と、しばらく、そのまま走った。雨は、止みそうになかった。バイクを止めて、グローブを、レイングローブに変えた。30分後、雨が止んだ。皮のグローブに変えた。15分後、雨が降りだした。レイングローブに変えた。雨が止んだ。
なつかしい。これは、ヌグフール・キルヤム現象だ。
ヌグフール・キルヤム現象とは、レインウェアを脱ぐと、雨が降り、レインウェアを着ると、雨が止む、という現象を、気象学者のヌグフールとキルヤムが提唱し、大勢の支持のもと調査した結果、それは全くの気のせいで、雨が降りそうなら、おとなしくレインウェアを着ておいた方がいい、というのがわかっただけ、という現象、とかいう、くだらない冗談を言っていたのは、20年以上前のことだった。なんで、こんなくだらないことを覚えているんだろう。いろんなことを、忘れるのに。人間の記憶力って、いつも不思議だ。とにかく、ここは、彼らの言う通り、おとなしく、レイングローブのままにしておくことにした。
 
その先も、雨は、降ったり、止んだりした。雨が上がって明るくなったときは、景色の中の色が増えたように見えた。同じ海沿いを走っていても、印象がずいぶんと違った。海沿いの景色は、どこでもあまり変わらないので、海沿いを走っているときに、雨が降ったり止んだりする、ということは、いろんな海沿いの景色が見られる、ということで、どっちかというと、運がいい、ということになる。もちろん、強がりだ。雨の景色は、いりません。晴れの景色だけでいいです。
でも、そういうのも、きっと、気持ちの持ちようだ。雨の風景を、愛でられるようになったら、ツーリングは、もっと楽しくなる、かもしれない。雨が降る海沿いの景色にも、美しいところはあるのです。そう、周りに主張したら、強がっているのを認めないただの説教臭い変人のおっさんになるけど、黙って一人でやっている分には問題ないはずだ。ちょっとやってみよう。
灰色の海、灰色の空、色を失った深緑色の崖の斜面の景色を、水滴が転がり落ちるヘルメットのスクリーン越しに眺めると、眺めると、えーと、あのー、…、ダメだ、できない。今の自分には、まだ早い。それに、こういうのは、普段はいつも晴れている景色しか見たことがない人が、たまに、雨の中を走ったときに、雨も悪くない、みたいに言うことのような気がする。私だって、
「先週のツーリングで、初めて雨の中を5分くらい走ったけど、同じ景色でも違って見えて、面白かったよ」
なんていう人生を歩んでみたかった。
また、少し、疲れてきたらしい。
 
太田神社に着いたとき、天気は、かなり回復していた。
太田神社は、日本一危険な神社、という異名を持つ神社だ。理由は単純で、参道が、本当に、危険だからだ。片道一時間の、ガチの登山で、途中には、鎖を伝って、崖をよじ登るセクションもあるらしい。今回のツーリングは、バイクに乗りまくる、がテーマなので、片道一時間は時間がかかりすぎで、残念ながら、チャレンジできなかった。
チャレンジはしないけど、鳥居から、参道を見上げた。鳥居の向こうには、階段があった。階段の角度は、体感的には、60度くらいだった。古い民家の、二階に上る階段を思い出した。その階段が、見上げる限りに続いていた。階段には、ロープが2本、垂れていた。私の知る限り、階段というものは、手すりがついているものであって、ロープが垂れているものではない。
今回のツーリングのテーマは、バイクに乗りまくる、だから、残念ながら、この階段を上っている時間はない。では、仮に、再び、北海道に来ることがあったら、この階段を上るのか。それは、少し考える必要がある。
左の方から、若者が二人やってきた。身支度に、それなりの覚悟が現れていた。行くんですか、と、聞いた。前を歩いていた若者が、ちょっと遊んできます、と、答えてくれた。後ろの若者は、なんで北海道まで来て、こんなことしなきゃいけないんだ、と、ぶつぶつ言っていた。

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