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いつもの癖

三峯神社に着いたのは9時過ぎだった。雨はパラパラと降っているけれど、歩きにくいほどではなかった。
静かな参道を10分も歩くと、本殿に到着した。手水舎には、柄杓がなかった。口をゆすぐのは禁止、という張り紙があった。本殿の前に、間隔を取って並ぶように、という張り紙があった。
三峯神社の見どころは、本殿の色鮮やかな細工で、これは見事なものだった。今日みたいに、雨が降って薄暗い日でも、発光しているんじゃないかと思うくらいに、色がくっきりとしていた。立ち止まっても邪魔にならないところで、他の観光客と距離が近くならないように気を付けて、じっくりと眺めた。
そのあとで、社務所に、お守りを買いに行った。社務所の横に机があった。その上に、全種類のお守りが印刷された、お守りのメニューのような紙が置いてあった。小さなお守りの写真の下に、お守りの個数を書く欄があった。欲しいお守りの下に、個数を記入するらしかった。名前と、個数を記入して、社務所の窓口に提出した。少しすると、紙を提出した窓口の隣の窓口から、名前が呼ばれた。窓口に行って、注文したお守りを受け取った。
お守りを探す時も、買うときも、受け取る時も、行列に並ぶ必要がなかった。とても合理的な方法だった。コロナ対策でそうなっているのか、もともとそうなのかは、わからなかった。ただ、名前を呼ばれて窓口に物を受け取りに行くと、フードコートで番号札を呼ばれて注文の品を受け取るような感じがした。その流れで、受け取るのがお守り、というのは、不思議な感じがした。
 
三峯神社を出発するときになって、急ぐ、という単純な方法では、今の遅れを予定通りに戻せない、と、やっとわかった。どうしようか、と考えながら、三峯神社を出発した。さっきよりも、雨が少し強くなった。霧も出てきた。この調子だと、次の目的地の長瀞岩畳では、景色がまともに見られなさそうだった。予定を変更して、長瀞岩畳に行くのをやめた。ここから、秩父市街にある豚みそ丼本舗野坂に直接向かえば、予定に追いつく。たぶん、少し余裕ができるくらいのはずだ。
豚みそ丼本舗野坂には、予定していたより、少し早めに着いた。店の前には行列ができていたけれど、弁当を予約していたので、名前を告げたら、すぐに受け取れた。店に着いてから、弁当を受け取るまで、それなりに待つつもりで予定を立てていた。三峰神社を出るときに予想したよりも、時間に余裕ができた。三峯神社を出たときは止みそうになかった雨も止んでいた。地図を見ると、長瀞岩畳まで15kmくらいだった。予想よりも時間に余裕ができたので、行ける気がした。予定を変更して、長瀞岩畳へ向かった。
長瀞岩畳には、うっすらと霧がかかっていたけれど、濡れた岩と霧の景色は、水墨画のようだった。川を見下ろす崖の上の岩場に腰を下ろして、豚みそ丼弁当を食べた。豚みそ丼は、豚肉がしっかりとした味で、食べ応えがあった。
長瀞岩畳をゆっくり観光して、駐車場に戻った。予定していた時間から、少し遅れていた。次は、R299で南に向かって、東村山市の志村けんの木を見る予定だった。その次がJAXAだった。JAXAは、遅刻すると、入場できない。余裕があったはずの時間がなくなると、急に不安になった。R299で東京に入った後、道路が渋滞していて、予定より時間がかかりそうな気がした。カーナビで調べると、ここから高速を使うと、時間がかなり節約できそうだった。予定を変更して、高速で東村山市に向かった。
高速道路は、つまらなかった。R299を高速に変えたら、所沢まで高速で移動して、東村山市に行って、また、所沢から高速に乗って、筑波に行くルートになってしまった。これだと、志村けんの木を見るためだけに、一旦、高速から降りていることになる。つまらないルートになってしまった。さっき地図で見たR299は、東京に入る前までは、気持ちのよさそうな道だった。予定を変えない方がよかった気がした。
高速道路を使って作った時間は、東村山市の周りの渋滞で、消えた。東京の道を自分の運転で通るのは初めてだった。目の前の渋滞は、たまたまじゃなくて、毎日同じように発生しているのが、何となくわかった。渋滞というより、行列に並んでいる感じがした。住んでいる人の数に対して、道路の容量が足りていない、と思った。人が多すぎて、いろいろうまく行かなくなっているみたいで、じっと渋滞にはまっているだけで、不健康になって、病気になりそうな気がした。
東村山駅にたどり着いたときには、かなり疲れていた。でも、志村けんの木をツーリングの目的地に入れたのは、正解だった。
東村山駅で、3本の大きなケヤキの木を見上げた。時計を見た。予約していた開始時間までに、JAXAに着くのは無理だった。終了時間までには、たぶん着けそうだった。でも、それも、ここから所沢ICまでの渋滞次第だった。ここまで来たら、予定を変更して、時間を稼ぐ方法はなかった。
焦らないように気を付けて、渋滞の行列に並んだ。朝の、雁坂トンネルのおじさんのことを思いだして、深呼吸した。
所沢ICで高速道路に入って、時計を見た。JAXAには間に合いそうだった。退屈な高速道路を走りながら、やれやれ、と一息ついた。まっすぐな高速道路の上に、青空が広がっていた。雨の中、三峯神社に行ったのは、別の日のことのようだった。
今朝、朝寝坊をしたときから、ツーリングが、予定通りじゃなくなった。その場の思いつきで、ルートを変えて、行先を変えた。ソロツーリングだから、予定を変えても、誰にも気を使わなくてよかった。そこだけ見ると、一人旅で自由を満喫している感じがする。でも、なんか違った。
結果的には、予定していた観光地には全部行けた。うまくやった、ということにはなるんだろうけど、自由、というよりは、狙い通り、という感じだった。時間に無駄が出ないように調整して、予定していたタスクをこなす。それは、いつも仕事でやっていることだ。必要な時間を計算して、すき間なく予定を詰め込む。そういう考え方が、癖になっている。
これではいけない。
そうやって、自分のやったことを振り返って、良くないところを見つけるのも、癖になっている。
つまらないおじさんだ。

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