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月待の滝の意外な効用

袋田の滝に着いて、300円払って、トンネルの中に入った。ゆるい上り坂になっていた。薄暗い、少し湿ったトンネルを突き当りに向かって歩いた。先に進むにつれて、滝の流れ落ちる音が大きくなった。突き当りに着いた。滝の音の方を向いた。目の前に、巨大な滝があった。
袋田の滝は、幅が広くて、落差もあった。巨大な岩の表面を覆うように、さらさらと水が流れ落ちていた。トンネルの突き当りの展望台からは、4段構えになっている滝の、一番幅が広くて、落差の大きい、下から1段目と2段目が、真正面から見えるようになっていた。滝との距離も近かった。ミストのように降りかかる水しぶきが涼しかった。
狭い空間から、広い空間に出たら、いきなり目の前に滝が現れる。この演出は、素晴らしかった。誰が考えたのか知らないけれど、天才だ。袋田の滝を知り尽くし、滝を愛した、名もなき一人の天才の仕業と見た。
 
ツーリングの前に見た週間天気予報には、何も期待できないくらいに雨マークが並んでいた。それでも、袋田の滝では晴れ間が広がった。
日頃の行い、というのは、こういうところに出るもんだ。機嫌よく、R118を走った。急に、空が黒くなった。埃っぽい、湿った匂いがした。バイクを止めた。レインウェアを着終えたのと、雨が降り出したのは、ほとんど同時だった。
雨は、降り出したときから、豪雨だった。前が見えにくくなるほど、強く雨だった。慎重に走りながら、ため息をついた。急に降り出した雨は、急に止む、と信じて進んだ。月待の滝に着いたとき、雨は、ほんの少し弱くなっただけだった。日頃の行い、というのは、こういうところに出る、とは思いたくなかった。
月待の滝の駐車場には、屋根がなかった。バイクを止めて、ヘルメットをかぶったまま、月待の滝に向かって歩いた。駐車場を出ると、すぐに上り坂になった。豪雨のなかでも、レインウェアとヘルメットを身に着けたまま歩くと、暑かった。ピンロックシールドをつけていても、ヘルメットの中が曇った。
月待の滝の手前に、食事処があった。流しそうめんの看板が出ていた。この渓谷の景色の中で食べる流しそうめんがおいしいのは、すぐに想像できた。こんな天気でも、それなりにおいしいかもしれない。ただ、びしょ濡れのレインウェアとヘルメットで、店に入る気には、なれなかった。
10分ほど歩いて、月待の滝に到着した。マップルの写真で見た月待の滝は、細い水が涼し気に流れる、おとなしい女性的な滝だった。この時は、雨のせいか、かなりの水量で、ずいぶんマッチョな見た目だった。
月待の滝は、別名、裏見の滝という。その名の通り、遊歩道の終点は、滝の裏側だった。落差が3mくらいの滝の裏側が、深くえぐれて、洞窟のようになっていた。映画で、山で遭難した時に都合よく見つかる、雨宿りができる岩のくぼみの見本のようなところだった。
ここは、確かに、雨宿りができた。目の前の滝は勢いよく流れているし、滝の向こうは豪雨が降り続いているのに、ここは、雨が降っていなかった。何かの順番が間違っている気がした。ヘルメットを脱いだ。

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