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好きだけど、苦手

新居浜のビジネスホテルにチェックインして、部屋に荷物を降ろした。ツーリングは今日が7日目で、明日、家に帰る予定だった。早く家に帰りたい、というわけではないけれど、疲れていない、というと嘘になる。さっとシャワーを浴びて、グーグルマップで近所のコンビニを探した。歩いて5分もかからないところにあった。
コンビニに向かう途中で、コンビニの向かい側の、とり焼肉、という看板を出した小さな店に気が付いた。外観は新しくて、最近できた店のようだった。とり焼肉って、なんだ。普通の焼き肉と何が違うんだろう。焼き鳥とも違うのか。あまり聞いたことがないけれど、この辺りでは普通の料理なんだろうか。コンビニの駐車場の入口で立ち止まって、とり焼肉の店を眺めた。
今回のツーリングも、結局、夕食はコンビニ飯ばかりだった。高松で骨付鶏を食べたのと、ひろめ市場でカツオのたたきを食べたのが、例外みたいな扱いだ。実は、昨日の夜、いつものようにホテルでコンビニ飯を食べた後、ツーリングの最後の夕食となる今日は何か地元の料理でも食べよう、と、グーグルマップで、今日泊まるホテルの周りを探してみた。残念ながら、ホテルは、街から少し離れたところにあって、ホテルの周りには何も見つからなかった。
とり焼肉か。ビールがうまそうな名前だ。料理がうまいかどうかはわからないけれど、ツーリングの最後の夕食だし、少しくらい贅沢してもいいんじゃないか。そう思いながら、店を見つめた。でも、焼肉なんだよな。たぶん、自分で焼くんだろう。食べてる間に、次の食べる分を忘れずに網に乗せたり、まだ食べている最中なのに焼けてしまった肉を焦げないように端に避難させたりしながら、食べるやつだ。焼肉って、なんだか忙しいんだよな。めんどくさい。今日はUFOライン走ったり、平野林道走ったりして疲れたし、夕食の時くらい、ゆっくりしたい。焼肉って感じじゃないな。やめとくか。
とり焼肉、という看板を見つめて、どれくらいの時間、コンビニの駐車場の入口に立っていたかわからないけれど、そんなことを考えて、やっぱり、コンビニの方に向かって歩いた。
ホテルの部屋に戻って、朝食を冷蔵庫に入れた。ビジネスホテルの小さなデスクの上を片付けて、ほんの少しできたスペースに、サラダと、ファミチキと、フランクフルトを並べた。デスクの前の事務椅子に座って、缶ビールを開けた。喉がキュッとなるまで、缶ビールを飲んだ。サラダの蓋を開けたら、蓋を置く場所がなかった。夕食の時くらいゆっくりしたい、と言っていたわりに、小さなデスクで食べる夕食は、あまりのんびりしていなかった。椅子に座ってはいるけれど、立って食べているようなやっつけ感があった。三日続けてのコンビニの夕食は、内容は同じなのに、二日目よりおいしくなかった。
食べ物を全部飲みこんで、二本目のビールの残り半分を飲んだ。とり焼肉のことが、頭に浮かんだ。今は空腹でもないし、ビールも飲んだ後なので、さっきコンビニの駐車場で佇んでいたときより、気力がある。今となっては、とり焼肉に行けばよかった、と思っている。駐車場では、夕食くらいはゆっくりしたい、とか言って、夕食のひとときは、自分をいたわるため時間と考えていた。実際の食事は、ファミチキだかななチキだかLチキだか知らないけど、そういうものを、おいしいとかとは違う次元で体の中に押し込んでいるだけだった。事務椅子にだらしなく座って、ビールをちびちびとすすりながら、考えた。
問:なぜ、私は、とり焼肉に行かなかったのか。
答:疲れていたから。
問:それはやる気の問題なのか。
答:どうなんでしょう。
頑張ればできることを、疲れていたからやらなかった場合、やる気や覚悟が足らない、とされる。今の自分も、そう思った。でもね、疲れていたら、がんばれないよ。ものすごくがんばらないとがんばれないことを、疲れたっていうんだ。
そんな私は頑張ってどこに行こうとしているかというと、井之頭の背中に追いつこうとしている。この人、最近の私のツーリングに、かなり影響を及ぼしている。とり焼肉だって、店の中に入ったら、そこにはゴローがいる想定だ。一方で、今のところ、井之頭の面影を追いかけた場合、うまく行ったためしがない。ひろめ市場でもダメだった。
そういえば、ソロツーリングを始めた頃、一人旅と言えば気ままじゃないといけない、と、気ままな一人旅を追いかけて迷子になった時期があった。あのときは、何かしようとするたびに、気ままな一人旅ってのはこんなのだぜ、と、いちいち口をはさむ気ままなアイツに嫌気がさして、俺とお前は違うんだ、と距離を取ることにした。ゴローさんも同じなのか。アイツみたいに、偉そうでも、スカしてもいなくて、いい人だと思ったのにな。私は、楽しそうに食事をするゴローさんを見るのが好きなのであって、ゴローさんになりたいんじゃないのかもしれない。そういうことか。
一人旅でも旅先での人との触れ合いはできるだけ避けるような私にとって、見知らぬ土地で知らない店に入るのは、考えてみれば、そんなに簡単な話じゃない。疲れてなくても、頑張らないとできない。たぶん、頑張りの度合いで言うと、ゴローさんより3倍くらい頑張らないといけないんじゃないだろうか。
気が付くと、缶の中には、一口分しかビールが残っていなかった。飲み干すと、缶からアルミが溶けだしたような味がした。

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