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遠足の前の日は、なかなか寝られないはずなのに

目覚ましが鳴る前に、目が覚めた。遠足の前の日に眠りが浅くなるのは、いくつになっても変わらない、と、微笑ましく思った。目覚まし時計を見た。起きる予定の時間を30分過ぎていた。目覚ましを止めて、そのまま寝てしまったらしい。遠足の前の日は、そういうことにはならないって聞いていたのに。
今日は、筑波のJAXAに行く予定だった。コロナの影響で、JAXAは、予約していない人の見学は受け入れてなかった。予約している時間に間に合わないと、入場すらできない。そんなわけで、今日は、普段のツーリングよりも、時間に余裕がなかった。こういう日にかぎって寝坊する、というのは、遠足の前の日はなかなか寝られない、というのと同じくらいありがちな話だ。でも、そっちの方のありがちな話は、あまり微笑ましくなかった。
朝早いので、妻と犬を起こさないように気をつけながら、そっと布団から飛び出した。そっと朝食を大口で飲み込んだ。そっと急いで服を着替えた。日常から、非日常への脱出のはずのソロツーリングの出発が、普段出勤するときよりも忙しくなってしまった。
カーナビに、目的地を設定した。朝早いせいか、予定より高速道路が少ないルートが、おすすめとして表示された。高速を使った場合と、時間は20分くらいしか変わらなかった。高速道路はつまらないし、20分くらいならいいか。急いでいたので、何も考えずに、カーナビの言う通りにした。30分寝坊して、急いで準備したのに、20分くらいならいい、というわけがない。それに気が付いたのは、出発してから1時間後だった。
出発前は、焦ってロクなことにならなかったけれど、バイクに乗っている間は、運転中に焦るとロクなことはない、という意識が、自然に働いた。時計は、できるだけ見ないようにした。高速で中部横断自動車道に入って、南部インターからR52で甲府へ向かい、R140で甲府を抜けて、秩父の方へ北上した。ペースは、悪くなかった。遅れをいくらか挽回できた気がした。時計と走行距離から、挽回した時間を計算しようとして、止めた。挽回できていても、できていなくても、できることは、変わらなかった。ここまで来たら、なるようにしかならない、と自分に言い聞かせた
雁坂トンネルにさしかかった。料金所のオジサンは、快活な人だった。おはようございます、と、とても大きな声で挨拶してくれた。
あいにくの天気だね。
そーですね。
今日はどこ行くの?
これから三峯神社に行きます。
そういう、よくあるやりとりのあとで、オジサンは、神社の近くの道はこんなんだから、と言って、手をくねくねとさせた。
「バイクだと楽しそうだけど、こんな天気だし、ゆっくりね。」
ゆっくりね、という言葉で、正気に返った。
ここまで、時間がないからといって焦らないように、と気を付けていた。でも、焦らないように注意するせいで、余裕がなくなっていた。

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