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失って気づくもの

今年は沈丁花が咲くのが早い。
いつもは3月に入ってから香りに気づくのに、日曜にはもう香りがしていたので、例年より2週間近く早く咲き始めたことになる。

でも、例年は自宅の隣の植え込みから香りを感じるのに、今年は全く気づかなかった。
他の場所ではマスク越しでも香りを感じるので、マスクのせいではなさそう。
日陰だし、咲くのが遅いのかしら?と思って、買い物帰りにその場所を覗いてみて、思わず息を呑んだ。
いつの間にか、沈丁花の樹が根元から切られてしまっていたのだ。

あるはずの場所を暫く見つめた。
いつから?なぜ私は気づかなかったのだろう?
毎年心待ちにしていた、春を告げてくれる花だったというのに。

何でもないことで二人で笑い合って、
公園で語り合いながら二人の未来を語って、
どうでもいいことで不安になって、
でも嫌いになれなくて。

…このツイートを見て、あなたが最初に思い浮かべた人を
あなたは愛してるんだよ。
ああ、僕たちはおバカさんだから、失ってはじめて、その大切さに気づいてしまうんだよな。

夜、珍しく開いたTwitterでTLに流れてきたツイート。
いつもなら読み流すのに、まるで今の私に呼応するようで、画面に目を落としたまま動けなかった。
当たり前のようにいつも近くで咲くものと信じていた花が、もう無いのだと知った時の喪失感は、確かに私がそれを大切に思っていた証拠だ。
そして、その事実に今更ながら気付いてしまった。
もう取り戻せない、大切なもの。


今月に入ってから数えるほどしか見られなかった月が、綺麗に見えた。
あの月も、見たいと思っていた時は、見えなかった。

大切な事は手の中に確かに存在していたのに、気付かないうちに指の間から少しずつ溢れ落ちて、気付いたときにはもう手の中には無い。
大切だと思っていた筈なのに、どこか当たり前になりすぎて、見失っていたもの。
失う前にきちんと握りしめておかなければいけなかったのに。

今まで失くしてきたものを思い浮かべた。
月が滲んで見える。
私たちは、この人生で何度同じことを繰り返してゆくのだろう。

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