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朱鳥 蒼樹 掌編選

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掌編小説を集めました
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#創作小説

闇医者【創作掌編】

 僕がそのお医者様と初めて出会ったのはマシェという山奥の自治区だった。

 その日、山菜採りに山に入っていた僕は木に絡みついていたイバラで足首を深く切ってしまった。その場では何ともなかったが、家に帰って見てみると傷口は化膿して何倍も膨れ上がり、その痛みで一歩も歩けなくなってしまったのだ。
 僕はエルフと呼ばれる種族で、レナウン皇国では人間以下の扱いを受けている。幸いここマシェは多種族の暮らす自治区

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Lachrymatory(創作掌編小説)

【君の涙の粒を集めて】

 流れ落ちる一粒の雫、俺はそれを集め続けていた。透き通った小さな水晶を小さな瓶に入れて眺めていれば、欠けた何かがわかるかもしれない、そんな一心で。

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 それは「涙壺」といった。俺の育ての親であるハイエルフが作った色とりどりの硝子の小さな瓶、大人の中指ほどの長さで片手で握るのに最適。俺は瓶の首に紐をかけ

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思い出の砂時計(創作掌編小説)

 人間は薄情だ。

 肉の器が死を迎え、無事に往生できるようにと儀式を行うまでは飽くまで泣き続ける。ところが焼いて骨になった瞬間に、彼らはまるで泣き尽くしたとでも言うかのように涙の一滴すら流さなくなるのだ。骨は無機物でそこに感情など宿ろうはずもない、という無意識の現れなのだろうか。

 否、忘れたくない、そう思っていても記憶は薄らいでいく。無常が彼らの視界を塗り替えて日常的風景を上書きしていく。そ

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DeathMask(創作掌編小説)

DeathMask(創作掌編小説)

 幼い頃、貴方はこんなことを言われたことはあるだろうか。

 「自分がやられて嫌なことを他人にしてはならない」

 こんな言葉、詭弁だ。例え自分がこの言葉を守って正直に生きていたとしても、他者が自分と同じように守ってくれるとは限らない。よりよく生きるために己に課したルールがある日突然僕を裏切ることだって考えられよう。僕の首をキリキリと絞め上げて、どうだ痛いか、苦しいか、と嘲笑する。その表情を想像し

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空の箱(創作掌編小説)

 ――内緒だよ。

 彼はそう言って、私をある場所に誘った。
 骨董趣味が昂じ、古美術商達の間でも噂の稀少種蒐集家。それが彼だ。
 まだ年端もいかぬ風体の彼がたった一人で住まっている屋敷はそれ自体が第一級の骨董品とも言えるほど。内部は己が百年の時空を越えてしまったかと錯覚するぐらい、生き生きとした骨董たちが所狭しと並んでいる。
 骨董にさして詳しくない私でもわかる。これは一級品だ、とんでもなく状態

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凍て空(創作掌編)

 ふと空を仰いだら一番星が輝いていた暮れ方。《空の染師》の仕事が始まる時間だ。地平線を染める橙に暗い紺色がじわりじわりと染み込んでいくのがなんとも幻想的である。

 《空の染師》の仕事は一日中続く、明け方になれば紺色に光を表現するように白色を染み込ませ、太陽の光をより明るく見せる。少し失敗すれば、色が淀み色斑残る曇り模様。なんとか元の色に戻そうと奮闘しても、にっちもさっちもいかなくなれば水でそれら

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月食(創作掌編)

やや、なんたること
くろき健啖家が
散りばめられし金米糖を
脇目もくれず食らうてをる

赤、青、白、
とりどりの金米糖を
脇目もくれず食らうてをる

天高く
数多の金米糖を身に宿した丸缶詰を
健啖家は見逃さぬ

嗚呼、一際大きなるその缶詰に
彼は飛びついて
脇目もくれず食らうてをる
欠けに欠けるは何事ぞ
丸缶詰はいずこにかをらむ

脇目もくれず食らうてをつた健啖家は
満ち満ちた笑みを浮かべて肥えて

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