見出し画像

行政とスタートアップはなぜ交わらないのか【2. カルチャーギャップ】

前回は、行政とスタートアップが協業して社会課題を解決することの意義や、必要なアクション、そして、行政とスタートアップの間に横たわる溝の存在について説明した。

今回はその溝の中でも、「カルチャーギャップから生まれる行政とスタートアップの溝」について、考えていきたい。

(1)カルチャーギャップの背景

①スタートアップ的カルチャー

スタートアップの定義は様々であるが、今回の連載の趣旨に合う定義としては、東大IPCの「イノベーション(=これまで世の中になかった商品、サービス、ビジネスモデル等)を通じて人々の生活や社会を変革するために立ち上げられる組織」という定義が最もしっくり来る。

つまりスタートアップでは、「これまで世にない」「変革」といった価値観を大事にするカルチャーが醸成され、それに惹かれる人材が集まる。

このメンタリティを、誤解を恐れず単純化すると、保守/革新で言えば革新、漸進/急進で言えば急進、画一/多様で言えば多様(イノベーションの源泉は多様性であるため)であろう。

例えば私の古巣のfreeeでは、「アウトプット→思考(アウトプットしてから考えよ)」「Hack Everything(何でもハックせよ)」といった、急進的、革新的に物事を進めるための価値基準が設定されていたし、それを実行できる人材が評価されていた。

このようなメンタリティ、カルチャーを持った組織、人材が、通信の概念をぶっ壊したインターネットや、お買い物の概念をぶっ壊したEC金融の概念をぶっ壊したfintech等を創造してきたのである。

②行政的カルチャー

では行政機関はどうか。広辞苑では、行政とは以下の通り解説されている。

①国家作用の一つ。立法・司法以外の統治または国政作用の総称。すなわち司法(裁判)以外で、法の下において公の目的を達するためにする作用。
②内閣以下の国の機関または公共団体が、法律・政令その他法規の範囲内で行う政務。

広辞苑

つまり行政機関は、法令に基づいて実務を執行する機関である。

実態として、ルールーメーカー的役人が多数いることも事実(古巣の経産省の友人はそういう人ばかりだ)だが、行政組織全体を見た時の数としては、ルール執行者としての役人が圧倒的に多く、今回はその大多数にフォーカスする。

では、ルール執行者に求められるメンタリティは何か。

国民生活に大きな影響を与えるルールの執行は、絶対にミスできない(999回上手くやっても1回ミスればマスコミに鬼の首を取ったように叩かれる)。したがって、手堅く保守的な人の方がよい。

大きくルールを変えるのは国会・地方議会の仕事であるし、関係者が多すぎて一気に変えることのコストが大き過ぎるため、行政に求められるのは前例を踏襲しながら少しずつ調整することである。つまり、漸進的な変化を志向しがちである。

また、執行に多様性があると困る。行政は、画一的な実務ルール、解釈を組織全体に徹底させ、例え職員個人が多様な価値観を持っていたとしても、それを押し殺し、どんな相手に対してもルールに則り、画一的、平等に対処する必要がある。

なんだかネガティブに聞こえるが、行政がこのようなメンタリティ、カルチャーを持っているからこそ、我々は安心して生活できている

ミスがないお陰で、行政サービスを受けられなくなることはない。漸進的な変化のお陰で、既存の権利が一気に剥奪されることもないし、画一的な対応のお陰で、差別的扱いを受けることもない

スタートアップと行政のカルチャーを誤解を恐れず単純化した図

(2)カルチャーギャップにより実際に起こりがちなこと

このように、スタートアップと行政のカルチャーは、大きく違う。ではこのギャップによって、どのような溝が実際に生じているのか、具体的に見ていきたいと思う。

①革新/保守

数年前、ある規制省庁の担当者に、freeeの「Hack Everything(何でもハックせよ)」という価値基準を紹介した際、ドン引きされた経験がある。「ハックしないでください」と。

新規ビジネスと規制の関係が議論になる場合において、既存の仕組みを疑い、1mmでも隙があればそこをハックして、自分達の価値観に反しない範囲においてビジネスの種を見つけようとするスタートアップと、ビジネスは原則既存のルールの範囲内で行うべき(改正は多大なコストが伴うのでなるべくやりたくない)という行政の間には、大きな価値観の相違が前提としてある。

日々変わるのが当たり前のスタートアップからすると、「あんな何も変えたくない人と話しても埒が明かない」となるし、ルールを守る行政からすると「法律ギリギリのグレーゾーンを狙う怪しい奴らが来た」となる。

このような互いの不信感が生まれ、建設的な規制改正の議論に繋がらない場合(このケースが圧倒的に多い)、新事業は頓挫する、又は後で法令違反を指摘され、大変なことになるのである。

②急進/漸進

スタートアップのKPIは、Q毎(3カ月毎)に設定されることが多い。1Q~2Q(3~6カ月)のKPI進捗を見て、芽が出なさそうであれば、次の事業にピボットすることもある。

「これまで世にない」物を生み出そうとすると、高速でPDCAサイクルを回し続けないといけないので、当たり前の挙動である。

他方で行政は、年度主義が原則である。国であれば、5月頃に政策を検討し、関係者からヒアリングを実施し、夏~秋にかけて財務省に要望し、年末に政府の予算案が決定し、年明けの国会で通過して、4月から新事業がスタートする。

民主主義は、多くの関係者のコンセンサスを得ることで独裁的な意思決定を防ぐ仕組みであるため、意思決定の遅さは、ある種必然である。

そうすると何が起こるか。

スタートアップが、「こんな面白いアイディアがあるので一緒にやりましょう!」と、例えば9月頃に行政に持っていくとする。そして運よく行政から、「いいですね、やりましょう!」という反応があったとする。しかし、次はこうだ。

行:「でも、来年度要求はもう固まっちゃったんですよね。。再来年度要求に回すとすると、事業開始は再来年の4月ですね。」

ス:「え、1年半後ですか??ちょっと、再考します・・」

そして、この話はなかったことになるのである。

③多様/画一

カルチャーギャップは、もっと個人的な部分で顕在化することもある。

あるスタートアップの担当者が、行政との協業プロジェクトについて、「もう下りたいです・・」と相談してきたことがある。

なんでも、その行政の担当者が、極めてランクコンシャスな方で、「こんな大事な話で、なぜ(平社員の)あなたが電話してくるのか?」「あなたに言っても仕方ない!」「あなたの意見は聞いてない!」というコミュニケーションをされ、ツラいとのことだった。

この背景にも、カルチャーギャップがあると思われる。

組織としての画一的な対応を是とする行政機関は、意志表明が組織としてのものなのか、単なる個人の意見なのかを、極めて重視する。したがって、相手が平社員だと、「貴方は組織としての意思決定ができる立場にないでしょ?」となる。

他方でスタートアップは、個々の多様な意思決定を尊重する傾向にあり、かなりの判断裁量が現場に委ねられている。平社員でも大企業の部長くらいの意思決定はその場でしてしまうのだ。これによって、組織として色々と混乱が生じることもあるが、それよりも、多様性から生まれる非連続的なアウトプットを評価するのである。

ここの相互理解がないと、お互い、もうこの人とは仕事したくない、となる。

(3)考えうる処方箋

ではどうすればいいのか?

①個のレベルで突破

これまでのカルチャー比較は、組織の平均値の話であり、単純化し過ぎている。行政で革新的な職員上位10%は、スタートアップで保守的な社員上位10%より、間違いなく革新的である。

例えば行政には、ルールメーカー的マインドで、何かを変革してないと気が済まない人材が多数いる(事業推進官庁の企画系ポジション等)。また、DXや業務改革が大好きで、そればっかりやってる名物職員もいる(自治体のDX部署で、ブログとか書いてる人)。

スタートアップには、元々公共意識が高い人が多いので、短期的な売上を上げることに辟易して、パブリックセクターの仕事に興味を持ち、行政と交流を持っている人材もたくさんいる(GRと呼ばれるポジション等)。

行政とスタートアップが、お互いこのような人材を見つけ出し、協業に合意できれば話は早い。そのような人材は、互いの組織カルチャーを熟知しているので、組織と組織の緩衝材になり、カルチャーギャップの相当部分を埋めることができる。

②人材を混ぜる仕組み

しかし個に依存するやり方は、蟻の一穴としては強力だが、継続性に欠ける。どちらかの担当者が変わることでプロジェクトが頓挫するというケースは、アルアル中のアルアル中のアルアルである。

一番手っ取り早い仕組化は、お互いが相手の組織で働く仕組みを作ることである。単に知り合うだけでなく、実際に働くことで、体感として両者のカルチャーを理解できる。

1/3程度を民間人が占めるデジ庁は言わずもがな、例えば神戸市「イノベーション専門官」と呼ばれる民間人材を採用していたり、渋谷区グローバル拠点都市推進室を設置し、スタートアップ出身者を雇用している。

他にも、東京都の宮坂副知事のケースは有名だが、三重県がデジタル社会推進局長をスタートアップ出身者にする等、スタートアップ出身者をリーダーに据える試みも増えている。

逆に行政からスタートアップに人材を派遣するケースもあり、古巣の経済産業省では、若手職員数名を、メルカリ等のスタートアップに人材派遣している。

雇用までいかなくとも、行政、スタートアップ双方が、相手を呼んで定期的にミートアップを実施する、研修を実施する、社内勉強会を開催する等の簡単な取り組みでも、カルチャーギャップの相当部分は埋まるはずである。

③最後は「本当に交わりたいのか?」という意志

研修や勉強会などは、やることにハードルはほぼない。ではなぜ行われないか。正直、本当に交わりたいという意志がないからである。

ではなぜ意志は芽生えないのか?

ここは、組織、個人のインセンティブの問題が背景にあると思われるので、次回以降、深掘っていきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?