みちくさ創人

小説を読むのも書くのも好きです。物語に触れ、消費して(読んで)いる時間は、至福の時です…

みちくさ創人

小説を読むのも書くのも好きです。物語に触れ、消費して(読んで)いる時間は、至福の時です。物語を創作するのはかなりの労力が必要ですが、こりずに格闘しながら(?)楽しんでいます。津村記久子さんが「浮遊霊ブラジル」で書いた“物語消費地獄”に落ちるのも幸せかも…と思っています。

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(小説)池畔のダーザイン①

 光は変化する。雲の流れや風の揺らめきに応じ、それらと相まって移ろい続ける。水面をキャンバスと見立て、それぞれが競う合うかのように反発し、時にはするりと滲み合い、刻一刻と違う顔を見せる。楽しげに変化を止めない。  池には小さな茂みがあり、鴨が数羽のんびりと漂う。時折鳴き声を上げたり、かなり長く水中に潜っていたり、水面から低く羽ばたくものもいる。鯉なのか、突然ピシャッと水を叩き、魚が跳ね飛ぶ。  元は人工のため池として始まったらしいこの池も、今はすっかり森に溶け込み、当たり前の

    • (小説)なんじゃろうにい③

       あにき、遅うなってごめんな。  今年のお盆は何日も大雨が続いて、日本中あちこちつかって、どげんもこげんも大変じゃったんじゃ。幸い、わしらの住んどる所は被害はなかったんじゃけど、テレビをみょうたら、頭がおかしゅうなりそうじゃった。  アナウンサーやら気象庁の人間やらが、「どこで災害が起こっても不思議ではない状況です」とか、何度も何度も繰り返すもんじゃから、聞く度に不安感が増すばあで、なんもできんのにおろおろおろおろして、わしゃあ、生きた心地がせなんだ。  せえを言い訳にしちゃ

      • (小説)なんじゃろうにい②

        「また行くんかな。ぎょうさん取ってこんでもええで。もう義兄さんはおらんのじゃけえ、あげる人もおらんのじゃから」  ばあさんに小うるそう言われるのにも慣れとる。年を取って膝が痛うて歩くのに難儀をしょうても、口だけは達者で細けえことまで言い募るけえ、勘弁してくれと言いとうなる。せえでも、ええとこもあるし、たまにゃあええことも言うんじゃ。 「義兄さんが、あーよう、あーよう言うて呼ぶ声が、わたしゃあ、忘れられんわあ。そう呼ばれたら、お父さんがあにき、あにき言うて答えて、仲のええ兄弟じ

        • (小説)なんじゃろうにい①

           あにきが亡うなってから、もう七年になるんじゃなあ。信じられん。ついこの間のような、十年以上昔のように感じることもある。  去年は七回忌じゃったのに、コロナ禍で集まったら感染するかもしれんいうて、法要は中止になったんじゃ。せーでえんかのう? えーとは思わんけど、コロナじゃけえしょうがねんか。わしゃあ、ワクチンを二回打っとるけど、安心できりゃあせん。  うかうかおろおろ生きとるうちに、あにきの亡うなった年を五年も超えて、いつの間にか八十半ばになっとる。高齢者はワクチン接種で優遇

        • 固定された記事

        (小説)池畔のダーザイン①

          (小説)池畔のダーザイン14 最終話

           本格的な秋というにはまだ早いが、少し気温が下がってきたその日の午後、多栄子はふっとおでんをつくろうという気になった。久しぶりに作ったせいか、作りすぎてしまったおでんの鍋をしばらく見つめていた多栄子は、あることを思いつき、すぐに行動に移した。  さっと薄化粧をして、二階のクローゼットから蛍光黄緑色のロングスカートを出し、身につけた。スカートはすんなりと脚に馴染み、いつもは気になる不快な纏わりつきが、今日はなぜか心地いいと感じる。  おでんを詰めたタッパを入れたポリ袋を持ち、つ

          (小説)池畔のダーザイン14 最終話

          (小説)池畔のダーザイン13

            十月に入っても昼間はまだ気温が上がる日もあったが、家の中にいてもどこからか漂ってくる金木犀の甘やかな匂いを感じた瞬間から、秋の気配や佇まいが急に濃厚になっていくような気がする。  多栄子は周囲の住人たちのように熱心に庭いじりをしたり、ガーデニングに励んだりはしないが、庭に出て周囲の木々を眺めたり、野鳥の囀りに耳を傾けたりと、何をするでもなく、ただ庭で過ごすのは好きだった。  けれどその庭は、隣人たちには、特に庭造りに心血を注いでいるような人々からは、悪しき評判を集めている

          (小説)池畔のダーザイン13

          (小説)池畔のダーザイン12

           少しだけ新鮮に見える。  半年前まで見慣れていた入口のガラス扉に陽が当たり、表面が艶々と輝いている。そこに映る自分の姿が年齢相応なのか、自粛していた半年の間にさらに老けこんでしまったのか、自分ではわからない。わからないから易々と生きていけるとも言える。  午前中の早い時間に到着したデマンドバスには同世代の老人が数人乗っているだけで、先に女性が二人降り、心身共に不健康そうな男性がゆっくりとした足取りでそれに続いた。入口は同じでも、予想通り女性たちはトレーニング室へ向かい、男性

          (小説)池畔のダーザイン12

          (小説)池畔のダーザイン11

           店舗兼別荘に来るのは三カ月振りだった。すべての窓を開けて空気を入れ替えると、家そのものが少しずつ息を吹き返していくような気がする。みや子はコーヒーをいれ、窓辺のテーブルで一息ついた。  森に囲まれた別荘地なのだから、コロナウイルスとは無縁でいられると呑気に構えていたが、そういうわけにはいかなかった。以前からそれほど多くはない客はゼロとなり、四月から三カ月間店を閉めることとなった。週末の三日間、六時間営業するだけの店とはいえ、やはり生活は変わった。純粋に別荘として利用すること

          (小説)池畔のダーザイン11

          (小説)池畔のダーザイン⑩

           後で知ることになったが、俳優の三浦春馬が三十歳で自殺した日、わたしは大山へ向かった。夕方マンションに到着すると、周囲の赤松林から大音量で響き渡る蜩の声に迎えられた。六月より明らかに生命力も透明感もいや増したその声に圧倒され、同時に何かほっとした。  今回も一週間しか滞在できないが、短い時間を十二分に楽しもうと思っていた。  持参した荷物を部屋へ運び、一息つくと、昨日娘からの電話で話した内容を思い出した。  お母さん、また大山に行くの? それはいいけど、お父さんをほったらか

          (小説)池畔のダーザイン⑩

          (小説)池畔のダーザイン⑨

           かつてのわたしがそうだったように、ファミレスでもカフェでも似たようなグループ、似たような関係性に絡めとられている人間は、よく見かける。学校や職場や町内、老いも若きも、プライベートでも公共の場でも、懲りもせず成長もしない人間は、終わりのない悩みに弄ばれ続ける。  雨は止みそうにない。雨筋が妙にくっきりと浮かび上がり、スローモーションで降り落ちていくように見える。  会計をしている時、振り向くと、放心しているようなボスおばちゃんの顔が目に飛び込んできた。まるで満足感のない疲れた

          (小説)池畔のダーザイン⑨

          (小説)池畔のダーザイン⑧

           自分にこんなことができるとは思っていなかった。一人でレストランに行って食事をするなんて。以前のわたしは、レストランどころか、カフェやイートインでさえ一人では無理だった。人目のある飲食店で、一人で食事をする勇気も度胸も図々しさもなかった。  あのまま瀬戸内の町に張りつき、窮屈で不必要な人間関係にしがみついていたら、多分いつまで経ってもできなかっただろう。飲食店に一人で入るという発想さえ浮かんでこないかもしれない。  明日には大山を立つので、その前に以前から行ってみたいと思って

          (小説)池畔のダーザイン⑧

          (小説)池畔のダーザイン⑦

           あの時の直感的な決断があればこそ、今がある。そしてその決断は間違っていなかった。  わたしはコーヒーを飲みほした。風が吹き抜け、大山の頂きに灰白の雲がかかり始めた。そろそろ帰ろうか。自然の中で十分リラックスできた。その前に池の鴨を眺めよう。  池の畔に向けて歩き始めた時、わたしは何か違和感を感じた。辺りを見回すと、池から別荘地へつながる緩やかな坂道の途中に、女性が立っていた。鮮やかな黄緑色のロングスカートが目を引く。ツバの広い帽子をかぶっているのでよくわからないが、年配の女

          (小説)池畔のダーザイン⑦

          (小説)池畔のダーザイン⑥

           桜はほぼ散っている。  本当は先週来たかったのに、うかうかしているうちに時を逃した。よくあることか。わたしの今までの人生には、そういう残念なことが多い。  と言っても、先週、瀬戸内のあの地で形ばかりの花見をした。ハム、チーズ、レタスを挟んだだけのベーグルとコーヒーを車の助手席に載せ、近くの公園脇の道から桜を眺めた。小さな公園内の十本に満たない桜は、数以上の輝きを放ち、少なくない人を惹きつけていた。隅のベンチではママ友グループがお弁当を広げていたし、数分後には後ろに停めた車の

          (小説)池畔のダーザイン⑥

          (小説)池畔のダーザイン⑤

           冷蔵庫を開けると、中段に魚たちが鎮座している。忘れていた締切を思い出した時のように、俺は一瞬ぞくりとした。  数日後、腐りかけた魚を池に投げ入れる自分の姿が浮かんだ。散りかけた桜の陰から、蛍光黄緑スカートの婆さんがそれを見ている。あの婆さんはその瞬間を見逃しはしない。腐る前の、まだ幾分新鮮さを残した魚を捨てるのであれば、婆さんはほくそ笑む程度で見逃してくれるだろうか?  昼間っからビールを飲んでいるのを見られるのは平気の平左でも、善意の魚をドブならぬ池に捨てるのを見られるの

          (小説)池畔のダーザイン⑤

          (小説)池畔のダーザイン④

          「会社に休みをもらって、後先考えずに慌てて実家に帰ったのがよくなかったんですかね。何だか人間不信に陥りますよ。今までアパートにしては仲が良いと思っていたのは、何だったのかなあって……」 「お前は悪くないよ。悪いのは……」  悪いのは、アパートの住人だ。と言おうとして、俺ははたと考え込んだ。  本当にそうなのか? 悪いのはアパートの住人だと単純に言い切り、断罪できるようなことなのか?   確かに、何の根拠もないのに一方的に香坂を疑い、決めつけたアパートの住人は悪い。多分彼らは見

          (小説)池畔のダーザイン④

          (小説)池畔のダーザイン③

           この間と変わりばえのしないレンチンつまみと、ポテトチップスやピーナツといった乾き物をテーブルの上に並べた。香坂は持参したポリ袋から手土産を披露していく。のどぐろや鯵のてんぷらの盛り合わせと、大きなスルメとサキイカが出てきた。境港の魚市場で買ったのかもしれない。 「美味しそうだな。ご相伴に預かるよ」 「といっても、僕は飲めませんけど」  香坂の前には、ノンアルコールビールが置かれている。 「今日中に車で帰るんだったな」 「泊めてやるから飲んでもいいぞ、とは言ってくれないんです

          (小説)池畔のダーザイン③