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(小説)池畔のダーザイン11

 店舗兼別荘に来るのは三カ月振りだった。すべての窓を開けて空気を入れ替えると、家そのものが少しずつ息を吹き返していくような気がする。みや子はコーヒーをいれ、窓辺のテーブルで一息ついた。
 森に囲まれた別荘地なのだから、コロナウイルスとは無縁でいられると呑気に構えていたが、そういうわけにはいかなかった。以前からそれほど多くはない客はゼロとなり、四月から三カ月間店を閉めることとなった。週末の三日間、六時間営業するだけの店とはいえ、やはり生活は変わった。純粋に別荘として利用することも、この三カ月間はなかった。なぜか足が向かなくなってしまったのだ。
 三年前に亡くなった夫が、定年後道楽のように始めたこの店を引き継ぎ、薄い利益を気に病むことなく、週末の別荘ライフを楽しむつもりでここまで何とか続けてきた。この辺りで少しぐらい道草をしてもいいだろう、と気紛れ心が頭をもたげ始めてもいた。
 七月は例年より雨が多く、梅雨明けも遅かった。九州を中心に各地で豪雨の被害にみまわれた。みや子は店再開のメールを常連客や心当たりのある客に送ったり、お知らせ葉書を近くのリゾートホテルや直売所に置かせてもらったりはしたが、ほとんど期待していなかった。
 人との接触を避けるよう求められるこんな状況では、生活必需品ではない物の購買意欲は生じようがない。不要不急のアンティーク家具や手作りの趣味の工芸品を、今、買おうという人がどれだけいるだろうか?
 けれど不思議なもので、世界的に暗澹たる様相の七月に、みや子の中ではほんの小さな変化があった。

 森の木々が太陽の熱を受け止めてくれるので、平地より涼しい風が吹いてくるとはいえ、真夏の昼間はさすがに暑い。昼間を避け、朝か夕方にみや子は散歩をするようになった。
 本格的に暑くなってきた七月の終わりから、平日も別荘で過ごすことが増えた。もう一月になる。高度は四百メートル程高いだけだが、温度はニ、三度違う。夏が終わるまでは、暑さがとぐろを巻いているような平地の家には帰りたくない。
 別荘を出て、森の中の坂を下り、池の畔を一周するのが、いつの間にかいつものコースとして定着しつつある。散歩をするようになって、今まで関心の薄かったこの別荘地の事情を幾つか気付かされた。
 散歩をしている人は結構多い。夫婦らしき男女が何組か、男性一人、女性一人で散歩をしている人もいる。池の畔の広場で体操を始める男性もいれば、小型犬を連れての散歩を日課にしている女性もいる。ほぼ全員が別荘地の住人で、六十歳以上と思われる。お金も時間も余裕のある生活をしている人たちだろう。
 老人ばかりで若い世代はいないのかと思っていると、タンクトップ姿で池の畔をジョギングしている若い男性や、小さい女の子を連れて歩く、三十過ぎぐらいの欧米系の女性を見かけたこともある。朝七時過ぎランドセルを背負った小学生数人が、スクールバスへ乗り込むのに出くわしたこともある。
 老いも若きもいろいろな世代の人が住み、この森の中でそれぞれの生活を営み、いろいろな想いを描いたり捻り合わせたりしながら、それぞれの人生を積み重ねていっているのだろう。
 まだ散歩歴の浅いみや子は、こんなことを思い出す。みや子の別荘のすぐ近くに、町田ナンバーの軽四が停まっているやや小さめの別荘がある。夜いつも電気がついているので定住者と思われる。ある時散歩をしていたみや子の耳に、子どもの泣き叫ぶ声が家の外に飛び出す勢いで響いてきた。
 おかあさん、ごめんなさい。もうしません。ごめんなさいーー。ごめんなさいーー。
 十歳ぐらいの男の子か? 一字一句明瞭に聞き取れるその声は、切羽詰まってしゃくり上げているのに、妙に明るくあっけらかんと響き渡り、そのまま空に吸い込まれていくようだった。スクールバスに乗り込んだ内の一人だったのか? その時はその年齢の男子にしては福々としすぎている印象で、能天気な生命力を感じたのだったが……。
 薄曇りで少し暑さがやわらいだ夕方、みや子はその日初めての散歩に出た。
 広い別荘地の中でも池の周囲は一等地ということなのだろう、大邸宅と見紛うような別荘が並んでいる。以前は年に数回ほど利用しているだけのようだったのが、今春以降つまりコロナ禍以降、人の気配が濃密になり始めていることに驚く。池の北側の別荘群には関西ナンバーの高級車が並び、カーテンを開け放ったガラス窓越しに暖炉が見え、庭のオープンテラスで肉の焦げる臭いを撒き散らしながら、賑々しくバーベキューをする家も出てくる。
 森の中の、家族と親族だけのバーベキューだからといって、百パーセント安心できるわけではない。アメリカで親族の会食で十人近くが感染し、死者が数人出た例を知らないのか?
 そこに座る空想上の人ではなく、禍々しいほどに白さが際立つデッキチェアーを睨みつけながら、みや子はドーベルマンの警察犬を放ちたくなる。自粛警察のようなものは、誰の心にも潜んでいる。禍々しいものを目撃した時、スイッチが入るか入らないかだけの違いだ。
 夕食前だったみや子はお預けをくった犬のような情けない心持ちで、半ば息を止めるようにして池の北側を歩いていく。喉の渇きを覚え、気分も良くない。いつもの気紛れな散歩は中断し、このまままっすぐ別荘に帰った方がいいかもしれない。
 気分がすぐれない時には、ろくでもない記憶や思考が浮かび上がってくるものらしい。
 性格や人間性の欠点は、長年の生活の澱のようにして顔に表れやすい。憤怒と屈辱と劣等感の入り混じった醜悪な夫の顔の記憶は消えなくても、その主体はもうこの世にはいない。生きている間の所業を許せなかったとしても、やはり先に死んだ人間は負けだ。生きていれば何だってできる。生きていれば良いことも悪いことも経験するけれど、だからこそ生きているだけで丸儲けなのだ。みや子には今、自分の人生を自分の手でしっかりと掴んでいる実感がある。
 ごうごうという水の音でみや子は我に返った。気付くと、森の伏流水が池に注ぐ地点にたどり着いていた。池の中の茂みに身を隠すように数羽の鴨が休んでいる。
 ふと広場側に目をやると、柵の内側、池へと落ち込む斜面の部分に人が立っている。蛍光黄緑色のロングスカートが、暴力的に目に飛び込んでくる。時折森の中で見かける黄緑色の異常さには、みや子も気付いていた。まさか、あの老女なのか! スカートの裾を踏めば間違いなくよろけて池に落ちる。
 脳裏にありありと浮かんだその映像を打ち消すように、みや子は黄緑色目がけて走った。
 息を切らせて柵の外に立つみや子を、老女は不思議そうに見つめた。ふっと表情を緩めて彼女は言った。
「わたしが飛び込むと思った? 落ちても、死にゃあしないわよ。ここ浅いのよ」
「そんな所にいないで、とにかくこっち側に来て下さい」
 老女は大人しくみや子の言葉に従い、よろよろと斜面から離れた。二人で側にある木のベンチに向かい合って座った。久しぶりに走ったせいか、みや子の鼓動はなかなか静まらない。こういう瞬間に自分の年齢を思い知らされる。
「心配させちゃったみたいね。ごめんなさい。そんなに走らせて悪かったけど、何だか嬉しかったわ。こんなわたしを心配してくれる人が、まだいたなんて」
「とっさに走っただけですから。こちらこそ、早合点だったらすみません」
 老女は穏やかで優しい表情を見せた。
「お詫びに、何か飲み物でも持ってたらよかったんだけど、ここは自販機もないしねえ」
「どうかお構いなく」
「そうだ。少しお話してもいいかしら。わたしねえ、夫を殺したの」
 あまりにも唐突すぎる、とみや子は思った。唐突すぎて信じられない。さっきまでは真面な様子を見せていたのに、やはり彼女は頭のネジが外れているか、とっくにそれを突き抜けて狂っているのか?
「また驚かせちゃったかしら。殺したようなもんだということなの。夫は癌を患って長く入院したんだけど、わたしは看病はしないし、ろくに病院にも行かなかったの。その理由はあったんだけど、今さら言ってもしょうがないわね。だからわたしが殺したようなもんなのよ」
「後悔してるんですか?」
 聞くつもりはなかったのに、勝手に口が動いていた。
「後悔はしてないわ。この黄緑色、夫が好きだった色なの。このスカートは、唯一褒めてくれたものなのよ。だからわたし……」
「すみません。そろそろ失礼します」
 また勝手に口が動いた。みや子はそれ以上聞きたくなかった。
 帰ろうとするみや子の背中に、老女は声をかけた。
「この近くのお店の方よね? 今度お店に、お茶を飲みに行ってもいいかしら?」
 みや子が振り返ると、泣くのを必死で我慢している幼子のような顔で、老女がこちらを見ていた。立ち上がった老女の向こう、赤松林の輪郭を薄く赤く染めるように夕焼けが滲み始めていた。老女の姿は逆光の中へと沈み込んでいく。
「いつでもどうぞ。気の向いた時にいらして下さい」
 老女に背を向けた途端、降るような蜩の声がみや子の耳に届いた。もうすぐ夏が終わると予感しながら、みや子は一歩を踏み出した。
                             (続く)
                     


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