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(小説)池畔のダーザイン①

 光は変化する。雲の流れや風の揺らめきに応じ、それらと相まって移ろい続ける。水面をキャンバスと見立て、それぞれが競う合うかのように反発し、時にはするりと滲み合い、刻一刻と違う顔を見せる。楽しげに変化を止めない。
 池には小さな茂みがあり、鴨が数羽のんびりと漂う。時折鳴き声を上げたり、かなり長く水中に潜っていたり、水面から低く羽ばたくものもいる。鯉なのか、突然ピシャッと水を叩き、魚が跳ね飛ぶ。
 元は人工のため池として始まったらしいこの池も、今はすっかり森に溶け込み、当たり前の顔をしてそこにある。
 美しい季節だ。光も風も空気も清々しい。池畔の桜はまだ咲き始めだが、これからもっと楽しませてくれるだろう。
 だから俺は今、ここでビールを飲む。池畔に小ぶりの広場が設えられ、池を見渡せるちょうどいい場所に、木のテーブルと椅子がある。平日の昼下がりの花見。昼間からビールを飲む。不思議と後ろめたさはない。こんな幸せがあるだろうか。能天気な幸せだ。
 二缶目のビールを開ける。つまみは枝豆にカットコーンに鶏の唐揚げ。すべて冷凍食品だ。チンしてタッパに放り込んだだけの簡単お手軽な代物でも、結構満足できるつまみになる。ビールがすすむのを止められないぐらいの力はある。
 七年前に離婚し、定年退職してからでももう五年になる。雇用延長する同僚の方が多かったが、俺はそんな気はさらさらなかった。六十歳までの大半を家族のために働いたんだから、もう十分だ。もうこれ以上、自分の何かを犠牲にして働きたくはなかった。
 長年喧嘩が絶えなかった妻とも別れ、二人の子どもは独立してそれぞれ家庭を持った。退職金とそれまでの貯金と年金で、贅沢をしなければ老後の生活費は何とかなるだろうと計算した所で、俺は引っ越しを思いついた。
 長く働き、長く住んだことで、倦怠と厭世感の漂うこの土地。長いばかりで、赤黒い瘡蓋を剥がすのを繰り返していたような結婚生活。瘡蓋を剥がした後のただれた血の臭いが染みつき、徒労感がずぶずぶと積み重なっていくだけの場所とは、おさらばしたかった。
 海の近くより、山の中がいい。別世界、新天地へ行きたいーー。
 数日間、ネットの土地情報やグーグルマップを浮遊し、突然閃いたのが、鳥取県の大山だった。大山は鳥取県の象徴のような山で、中腹には別荘地やペンション、ホテル、ゴルフ場がある(ゴルフはしないが)。ホテル近くのリゾートマンションに売物件があると知り、頭の中でポンと軽快な音が鳴り響いたような気がした。
 俺の六十年の人生でこんなことは初めてだった。会社に就職する時も、結婚する時も、子どもが生まれた時でさえ、これほどに小気味よい決定的な音が聞こえてきたことはない。
 初めて下見に行く車の中で、既に俺の心は決まっていた。それでも他のマンションや別荘地の物件も見て、三回目に、最初にポンと音がした物件に決めた。不動産会社の女性担当者は、「こんなに早くご決断いただきまして」と驚いていたが。何カ月も悩んだあげく、立ち消えになることも珍しくないらしい。
 即決につながったのは、築三十年の中古物件で値崩れを起こしていたのか、俺でも手の出せる金額だったのが大きい。古い物件なのに、エントランスや廊下やエレベーター等の共用部分が綺麗に保たれていて、三十年も経っているように見えないのも良かった。部屋もコンパクトな造りながら一人で暮らすには十分で、内装の傷みも少ない。東側の和室と風呂の窓から大山が見えるのも、魅力的だった。
 間取りや内装にそれほどこだわりはないので、リフォームは最小限にして費用を抑え、本格的な紅葉が訪れる前には入居の運びとなった。それから四度目の春を迎えたことになる。あっという間というより、まだ一年も経っていないような気もするのだ。
 最初は家事全般、特に料理が心配だった。喧嘩ばかりで険悪だったとはいえ、家事は妻が担ってくれていたので。離婚後、退職するまでの二年間は食事は弁当や外食でお茶を濁し、掃除はろくにしなかった。洗濯だけは洗濯機任せで何とか凌いだ。
 新生活にあたり、掃除ロボットとドライクリーニング機能付きの洗濯機を買った。この二つで家事の半分近くは片付けてくれる。そして三カ月後には冷蔵庫を買い替えた。冷凍室の大きいタイプだ。
 六十過ぎて初めて、俺は冷凍食品のこの上もない偉大さに気付いた。それまでは主婦が弁当のおかずの手抜きのために利用するものぐらいにしか思っていなかったが、とんでもなかった。
 今やありとあらゆる種類の冷凍食品がある。主食、副菜、デザートまで、パン麺類ご飯類、肉、魚、野菜、果物等何でもある。しかもこれが美味いのだ。元妻のワンパターンかつ下手な料理よりよほど美味い。特に冷凍生パスタとお好み焼きとビビンバの美味しさに、俺は打ちのめされている。冗談でも大袈裟でもない。冷凍食品と電子レンジがあれば俺は生きていける、と確信できた。
 冷凍食品に大いに助けられているとはいえ、時々自分で料理をするようになったのは、一つの進歩だろう。自分でも意外だが。やろうと思えば、何とかなるものだ。状況と意欲により人は変わっていく、変わっていけるものなのかもしれない。
 つい三缶目のビールを開けてしまう。持ってきたのは三缶なので、これで最後にするつもりだ。つまみも残り少なくなった。
                             (続く)

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