ロスチャイルドのバイオリン
・あらすじ
田舎町で棺桶屋を営むヤコフは、いつも怒っていた。村人が誰も死なず儲からないからだ。バイオリンの腕はよく小遣い稼ぎはするが、フルート吹きでユダヤ人のロスチャイルドは、ニンニク臭くて気に入らない。
ヤコフはなにがあっても損失ばかりで人生に不満ばかりだ。そんなある日、妻のマルファが死んでしまう。そして、ヤコフも…。死ぬ間際にロスチャイルドにヴァイオリンを渡すことにしたヤコフの気持ち、とは。
『ロスチャイルドのバイオリン』
チェーホフ 浦雅春翻訳 河出文庫
・感想
短編小説が好きで、中でもヘミングウェイの感情を排した文体が好きな私の一番好きな作品。
ハードボイルド好きな自分がなぜ、この小説が好きなのかを説明するのは難しい。
ただ一つ言えるのは、私が書くものにもっとも影響を与えたレイモンド・カーヴァーが、文学的師として仰いだのがチェーホフだからかもしれない。
金の亡者と言える主人公のヤコフに読者は共感することをわざとさせないようにチェーホフは書いている。
それが妻マルファの死によって、物語は転調する。
その転調が訪れるにはヤコフにとって妻の死が必要、という点において救いがないのだが、生きていくには金が必要だ。
ヤコフの仕事は死を必要としている。
誰も望んで棺桶屋なんてしないけれど、家族を養うためには仕方がない…。
と、ここまで書いてハッと気づいた。
私は、この話を十回以上読んだ。
それでも、この話がなぜ好きなのか? をうまく言いあらわせなかった。
なぜ『ロスチャイルドのバイオリン』というタイトルなのか分からなかった。
それが、今、分かった。
・ネタバレ感想
ヤコフが死の間際に考えたこと。
『バイオリンを抱えて墓に入ることはできない。だとすれば、このバイオリンは孤児になってしまうわけで、白樺や松林と同じ目に合う』
私には金の亡者だったヤコフが、何のためにそうなったか、分からなかった。しかし物語半ばで意識が朦朧とした妻マルファが『授かった娘も死んでしまって』と言う。
ヤコフは「お前、幻覚でも見ているんだ」と答える。しかしヤコフは思い出していたのだろう。自分たちには失った娘がいる。子どものために彼は金を貯めた。
死に行く彼が、娘と同じように大切に思っているバイオリンを託したのは…あんなに嫌いだったユダヤ人のロスチャイルドだったんだ、と考えてこのタイトルがとても好きになった。
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